第四十二訓 もらったものはありがたく頂きましょう
唐突に現れて、俺たちを面倒ごとに巻き込んだ後、嵐のように一方的に捲し立てて勝手に去っていったSAY☆YAさん。その背中が雑踏の中に消えていくのを見送った俺は、呆然と呟く。
「な……何だったんだ、今のは……」
「さあ……」
俺の声に、立花さんが小首を傾げた。
そして、ついさっきSAY☆YAさんに押し付けられるように渡された等身大ケープペンギンのぬいぐるみを見つめながら、当惑混じりの声を上げる。
「ていうか……これ、どうしよう?」
「あぁ、それか……」
俺は、実物大の大きなぬいぐるみを懸命に両手を伸ばして抱きかかえている立花さんの姿に、思わず吹き出しそうになるのを堪えながら答えた。
「いいんじゃない? このままもらっちゃってもさ」
「ええ……? でも……」
俺の答えを聞いた立花さんは、困ったような表情を浮かべ、小さく首を横に振った。
「や、やっぱりダメだよ……。こんなレアなぬいぐるみをタダでもらったりなんかしちゃ」
「つっても、持ち主だったSAY☆YAさん自身から、『お詫びの品』だって言って渡されたんだから、問題無いでしょ」
「そうだけど……」
俺の言葉にも、立花さんは躊躇するような素振りを見せる。――が、その顔とは裏腹に、『もう二度と放さない』と言わんばかりに、ぬいぐるみを抱きしめる両腕に力を加えたのが分かった。
それを見た俺は、苦笑を堪えながら口を開く。
「――じゃあ、今からSAY☆YAさんの事を追いかけて、そのぬいぐるみを返しに行こうか?」
「えっ? やだ……!」
俺の提案を、半ば反射的に拒否した立花さんだったが、すぐに我に返ると、バツ悪げに目を逸らしながら言い訳する。
「あ……えっと、その……そうじゃなく……もないけど、いや、やっぱり……ううん……その……」
「ぷぷっ!」
目を白黒させながら必死で言い繕おうとしている立花さんの様子が可笑しくて、俺は遂に吹き出した。
「無理すんなって。欲しいんだったら、正直に言いなよ」
「でも……あたしが優勝した訳じゃないのに、賞品をもらっちゃうなんて……」
「だからって、もうSAY☆YAさんには返せないよ? あの人、めちゃくちゃ足が速いもん……」
俺は、クイズ大会で対戦したSAY☆YAさんの姿を思い出しながら、しみじみ言った。
駆け足……特に“逃げ足”に関してなら、『ヤリ逃げのSAY☆YA』というロクでもない異名を持つらしいあの人の右に出る者はそうはいないだろう。少なくとも、鈍足の俺なんかじゃとても追いつけない。
立花さんも、クイズ大会での事を思い出して納得したのか、それとも自分の欲求に対して素直になる事を決めたのか、
「……そっか」
と、意外とすんなり頷いた。
「そうだよね……あのホストがくれるって言ってたんだから、あたしがもらっちゃっても別にいいんだよね?」
そう、半ば自分自身に言い聞かせるように呟きながら、両腕に抱えたぬいぐるみをギュッと強く抱きしめ、「うふふ……」と顔を綻ばせる。
どうやら、思わぬ形で念願のぬいぐるみをゲットできて、嬉しくてしょうがないらしい。
そんな彼女の事を見る俺の頬も緩む。
と、その時、俺はある事を思い出した。
「あー。……でも、こんな事になるんだったら、あんな事やったのが全然意味無くなっちゃうなぁ」
「……あんな事って?」
独り言のつもりで漏らしたつもりだったが、俺の呟きが立花さんの耳まで届いてしまった。
彼女に怪訝そうに見つめられ、俺はバツ悪げに困り笑いを浮かべながら答える。
「いや……さっきあげたカプセルガチャ――ペンギンのキーホルダーさ。元々、そのペンギンのぬいぐるみを取り逃がしたから、その代わりにと思って取ってきたのに、ぬいぐるみが手に入っちゃったから、労力の無駄だったなって思っ――」
「無駄なんかじゃないよっ!」
自嘲混じりの俺の言葉は、立花さんの発した鋭い声に遮られた。
俺が驚いて口を噤んで彼女の顔を見返すと、真剣な表情で頻りに首を大きく横に振っている。
それから立花さんは、俺の顔を真っ直ぐに見つめると、キッパリとした声で言った。
「確かに、このぬいぐるみはめっちゃ欲しかったし、手に入って嬉しいのは確かだけど……アンタからもらったキーホルダーも、ぬいぐるみの代わりとか関係無しに、同じくらい嬉しかったもん!」
「お……おう、そっか……」
俺は、率直な彼女の言葉に何だか気恥ずかしくなって、照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「いやぁ……そんな三百円ぽっちのキーホルダーでそんなに喜んでもらえて、こっちの方こそ嬉しいよ」
「……あ」
立花さんは、ふと我に返った様子で目をパチクリさせると、慌てた様子で口をパクパクさせながら捲し立てる。
「ちょ……か、勘違いしないでね! あ、あたしは別に、アンタからもらったから嬉しかった訳じゃなくって……レアなペンギンのキーホルダーが手に入った事が嬉しいってだけなんだから……!」
「あ、うん。分かってるよ」
「べ……別に、誰から貰ったとしても同じように嬉しいんだから! い、いい気にならないでよね! 分かった?」
「いや。だから、分かってるって……」
妙に焦った様子で、やたらと『嬉しいのは、キーホルダーが手に入った事だけ』と繰り返す立花さんに辟易しながら、俺はうんうんと適当に頷いた。
……と、彼女の胸の中にあるぬいぐるみの異変に気付いた俺は、慌てて声を上げる。
「……って! ちょっと、ぬいぐるみ抱きしめ過ぎ! な、中の綿がはみ出ちゃうよ!」
「……へ?」
俺の言葉にキョトンとした表情を見せる立花さん。そして、自分の胸元に視線を移し……
「……わぁっ!」
彼女に完璧なベアハッグを極められ、丸みを帯びた身体が逆くの字に折れた状態のペンギンぬいぐるみの姿が視界に入るや、素っ頓狂な悲鳴を上げるのだった……。




