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第四十訓 二股をかけるのはやめましょう

 「や、やあやあ! こんな所でまた会うなんて奇遇っすねぇ!」


 そう言いながら、巨大なケープペンギンの等身大ぬいぐるみを胸に抱えたSAY☆YAさんは、俺たちに向かってひらひらと手を振ってきた。


「あ……お、お疲れ様です」

「ど……どうも……」


 ほとんど初対面に近いにも関わらず、やたらとフレンドリーな態度で近付いてくるSAY☆YAさんに、ぎこちなく会釈する俺と立花さん。

 と、SAY☆YAさんは、突然ビクリと身体を震わせる。そして、顔をぬいぐるみで隠しながら周囲をキョロキョロと見回し、それから安堵の表情を浮かべて大きく息を吐いた。


「……何してんですか?」

「あっ! い、いや……今、あっちの方から美沙姫っちと麗夢(レム)っちの声が聞こえてきたような気がして……」

「は、はあ……」


 やたらと周囲を警戒している様子のSAY☆YAさんの様子を不審に思いながらも、俺は相槌を打つ。

 だが、一方の立花さんは、胡乱げな視線を彼に向けながら、冷めた声で尋ねた。


「っていうか……何で彼女さんの声が聞こえたと思ったくらいで、何でそんなにビクビクしてるんですか? それに――“レムっち”って、誰なんです?」

「あっ……えーっと……」


 立花さんの質問……いや、もはや“詰問”に、SAY☆YAさんは目を泳がせながら言い淀む。

 そんな彼の反応を見た立花さんは大きな溜息を吐いて、軽蔑の眼差しを向けた。


「当ててあげましょうか? その“レムっち”とかいう女の人はあなたの浮気相手で、美沙姫さんと歩いている時に、ここで偶然鉢合わせしちゃったんでしょ? ……で、盛大な修羅場になって、あなたは命からがら逃げてきた――そんな感じじゃないんですか?」

「ファッ?」


 立花さんの推理を聞いた俺は、そのドロドロっぷりなストーリーラインにビックリして、思わず声を裏返す。

 だが、すぐに苦笑いを浮かべて首を横に振った。


「い……いやぁ、まさかそんなマンガか昼ドラみたいな話、現実で起こるはず――」

「わぁ……大体当たりっす! すごいっスね、エスパーっすか、彼女さんはッ!」

「――って! いや、当たっとんのか―いッ!」


 感嘆の表情で立花さんに向かって拍手するSAY☆YAさんに、俺は思わずツッコむ。

 SAY☆YAさんは、バツが悪そうに苦笑いを浮かべながら、ポリポリと頭を掻きながら言った。


「いやぁ、実はそうなんすよぉ。深海コーナーの暗がりで美沙姫っちとイイ感じになって、ちょっとイチャコラしようとしたら、いきなり麗夢っちが乱入してきて……」

「うわぁ……」

「いやあ、大変っしたよぉ。薄暗がりの中でも、ふたりの顔がヤマンバみたいになってたのが分かったっすから……ハハッ」

「「いや、そこは笑う事じゃないでしょうがっ!」」


 俺と立花さんが思わず上げた、SAY☆YAさんへのツッコミがキレイにハモる。

 だが、SAY☆YAさんは大して堪えた様子もなく、逆に俺たちに向かって拍手をしてきた。


「おっ! さすがお似合いカップル! 見事な息の合いっぷり!」

「か、カップ……いや! そ……そんなんじゃないってッ!」


 お調子者ホストの軽口に、立花さんは顔を真っ赤にしながら怒鳴った。

 ……いや、実際俺たちはカップルなんかじゃないから否定するのは当然なんだけど、そこまでマジギレされると、さすがに少し傷つくんですが……。

 ――と、その時、

 チラリと背後に目を遣ったSAY☆YAさんの表情が凍りついた。

 彼は、さっきまでの呑気な表情から一変、恐怖で引き攣った顔になり、


「ま……マズいっ! ふ、ふたりがこっちに来る!」


 と、震え声で呟くと、縋るような目で俺たちに言う。


「お、おふたりさん、一生のお願いっす! 俺っちは隠れるんで、あのふたりに『ここにはもういない』って上手い事言ってほしいっす!」

「え……で、でも……」

「た、頼むっす! ひ、人助けだと思ってっ!」

「いや……ぶっちゃけ、自業自得ですよね? あたしたちが、あなたの為にそんな嘘を吐かなきゃならない理由なんて――」

「じ、人命がかかってるんすよ! 今、あのふたりに捕まったら、間違いなくサメのプールに叩き落とされちゃうっす、俺っち!」

「いや……さすがにそれは大げさじゃ……」

「ひっ、来た……っ! た、頼んだっすよ! じゃっ!」


 もう一度後ろを振り返り、自分の彼女ふたりが更に近付いてきた事に気付いた事に気付いたSAY☆YAさんは、激しく身体を震わせるや一方的に言い置いて、ぬいぐるみを抱きかかえたまま、売店コーナーの中に飛び込んでいった。

 ――それから間もなく、俺たちの姿に気付いたふたりの女性が、興奮した様子で声をかけてきた。


「……あ! アンタ達、クイズ大会に出てた子たちじゃん!」

「あ……ど、どうも~……」


 声をかけてきたのは、クイズ大会に出た時とは形相が一変した美沙姫さんだった。

 入念にセットしていたはずのボリュームのある茶髪は、まるで落ち武者のように乱れ、ケバいメイクも汗で流れ落ち、アイシャドウがまるでピエロかパンダのようになってしまっている。

 ピッチリと身体に張り付いた服も、掴み合いの喧嘩でもしたのか、あちこちがほつれていて、ただでさえ際どい胸元が、更に危ない事に……。

 美沙姫さんといっしょに歩いてきた、いかにもキャバ嬢風な格好の女性も、彼女と同じような有様だった。

 ……確かに、さっきSAY☆YAさんが口にしていたように、ふたりの凄絶な姿……そして顔つきは、まさに昔話に出てくる山姥そのものだった……。

 ふたりの佇まいにすっかり気圧された俺は、内心で怯えつつ、引き攣った愛想笑いを浮かべてみせる。

 美沙姫さんは、そんな俺と立花さんの顔を一瞥すると、周囲をキョロキョロ見回しながら、険しい声で尋ねてきた。


「ところで、キミたちさぁ。あの腐れチン……SAY☆YAっちの事見なかった?」

「へ……? せ、SAY☆YAさん……デスカ?」


 俺は内心の動揺を必死で押し殺しながら、ブンブンと首を横に振る。


「イヤ……み、見てないでスネ……ハイ」

「……ホントォ~?」


 たどたどしい俺の答えに、もうひとりの女性――多分、麗夢さんとかいう、SAY☆YAさんの浮気相手……もしくはその逆――が、疑わしそうに睨んできた。

 その、無惨な鬼も裸足で逃げ出しそうな殺気の籠もった視線を浴びて、俺は色んな所を縮み上がらせる。

 麗夢さんは、眉間に深い皺を寄せた顔を俺に近付けながら言った。


「もしかして……あのソーロ……セーヤの事を匿おうとしてるんじゃないだろうねぇ?」

「そ! ソソソソンナ事ナイ……っすよ……マジで!」


 俺は、背中が冷や汗でぐっしょりと濡れるのを感じながら、懸命にかぶりを振る。

 そんな俺の様子を見て……ふたりの顔が、一層険しくなった。


 ……すみません、SAY☆YAさん。

 これは、もうダメかも分からんね……(絶望)。

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