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第三十九訓 女の子にはプレゼントを渡しましょう

 「ああ、見つけた」


 LANEに入っていた、ミクの『先に売店に行ってるねー!』というメッセージに従い、水族館の入場口の脇にある売店コーナーに来た俺は、その前のベンチに腰掛けて、退屈そうにスマホをいじっている立花さんを見つけ、声をかけた。

 俺の声に気付いた立花さんは、ブスッとした顔で、


「……やっと来た」


 と呟くと、ベンチに座ったまま、俺の顔を冷たい目で見上げる。

 そして、訝しげに首を傾げながら尋ねてきた。


「……大丈夫? お腹でも痛いの?」

「へ……?」


 俺は、立花さんの問いかけの意味がすぐに解らずにキョトンとするが、すぐに彼女がそんな事を訊いてきた理由を理解して、慌てて首を横に振る。


「いや! ち、違うからね! 別に、腹を壊して個室でいきんでた訳じゃなくて、()()()()を済ませたついでにちょっと寄り道してただけだから――」

「こ、『個室でいきんで』って……! い、一応あたしも女の子なんだから、もうちょっと言葉を選んでよ!」

「あ……ご、ゴメン……」


 怖い顔をして叱りつけてきた立花さんに、俺はぺこりと頭を下げた。――ていうか、これでも言葉を選んだつもりだったんだけど……。

 釈然としないものを感じつつ、それを肚の中に押し込めた俺は、ふと違和感を覚えて首を傾げた。


「……って、立花さんこそ、こんな所で何してんの?」

「……別に。売店のグッズを見るのにも飽きたから、ここで休憩しているだけだけど」

「あ、そうなんだ……」


 立花さんの声にそこはかとないトゲを感じながら、俺は頷く。

 そして、周囲を見回して、ふと疑問に感じた事を何気なく舌に乗せた。


「あれ……? じゃあ、ミクたちは?」

「……あのふたりは、まだ売店でおみやげ見てるよ」


 俺の問いに、立花さんは売店の仲を指さしながら、更に不機嫌さを増した声で答える。

 それを聞いた俺は、怪訝な表情を浮かべた。


「……ていうか、ふたりと離れちゃってて大丈夫なの? 監視は――」

「あのさあ……」


 立花さんは、呆れ半分怒り半分といった顔をして、俺の顔を睨みつける。

 そして、頬をハリセンボンのように膨らませ、口をタコのように尖らせながら、不機嫌さをコトコト煮詰めたような声で言った。


「好きな男が別の女と楽しそうに笑い合っているのを至近距離で見せつけられ続けて、いつまでも平気な顔でいられる訳ないでしょうが! もう、心のHP(ヒットポイント)を削られまくってゼロになっちゃったから、ここで休んでるんですけど!」

「あ……」

「あーあっ! どっかの誰かさんが、寄り道なんかせずにサッサと戻ってきてあたしに協力してくれてれば、こんなにヘロヘロになる事なんて無かったのになぁ~! あーあ!」

「ええと……そ、それはスマンかった……です」


 俺は、捲し立てる立花さんの剣幕にタジタジとなりながら、ただただ平謝りする。

 と、そんな俺に険しい目を向けながら、今度は立花さんが訊ねてきた。


「で……どこで寄り道して油を売ってたのさ?」

「え? ああ……」


 立花さんの問いかけに、俺は肩から提げていたバッグのポケットにつっこんでいた物の事を思い出す。

 そして、何故か今更になって照れくささを感じ、はにかみ笑いを浮かべた。


「……なにその顔、キモい」

「……」


 すかさず立花さんの容赦ないクレームが入り、気まずげな咳払いをして表情をフラットに戻した俺は、ここに来るのが遅くなった理由を話し始める。


「ほら……さっき、クイズ大会に出たじゃんか」

「あ、うん、そうだね。――それが?」

「立花さん、優勝賞品のペンギンのぬいぐるみ、めっちゃ欲しがってたじゃん。……でも、結局、俺のせいで優勝できなくて、賞品も貰えなくて……申し訳ないと思ってたんだよ」

「……そんなん、別にいいよ」


 俺の言葉に、あの時の事を思い出したのか、立花さんは表情を曇らせながらぼそりと言った。

 その顔を見て、胸がちくりと痛むのを感じながら、俺は言葉を続ける。


「だからさ……その代わりと言っちゃ何だけど、立花さんへのお土産を取ってたんだ。――それが、ここに来るのが遅れた理由」

「あたしへの……おみやげ?」


 怪訝な表情を浮かべながら、キョトンとした表情を浮かべる立花さん。

 俺はそんな彼女の前に、バッグから取り出したプラスチックの球体を差し出した。


「……何これ? カプセルガチャ? これを……あたしに?」

「そう」


 立花さんの問いかけに頷きながら、俺は彼女の手のひらに水色のカプセルガチャを乗せる。


「あのぬいぐるみには及ばないだろうけど……レアっちゃレアなんで……」

「……! もしかして――」


 俺の言葉にピンときた様子で目を見開いた立花さんは、カプセルガチャのフタを開けようと力を込めた。

 “パコッ”という音を立てて、カプセルガチャのフタが開く。


「――わぁ……っ!」


 それと同時に、立花さんの口から小さな声が漏れ、その口元が僅かに綻んだ。

 彼女がカプセルの中から取り出したのは――『海に棲むKAWAII生き物フィギュアキーホルダーシリーズ5』の六種類の内のひとつにしてシークレットである、ケープペンギンのフィギュアキーホルダーだった。

 大きく見開いた目をキラキラと輝かせ、フィギュアの頭を指先で愛おしげに撫でながら、立花さんは上ずった声で俺に尋ねる。


「コレ……当てたのっ? マジでッ?」

「あ、う……うん」


 予想以上にテンションを上げた立花さんの様子に内心驚きながら、俺はぎこちなく頷いた。

 俺の答えを聞いた立花さんは、更に興奮した様子で質問を重ねる。


「これ……シークレットでしょ? まさか、一発で当たった訳じゃないでしょ?」

「ま……まあ、そうだね。確か……三回目くらいだったっけ……かな」


 俺は、微妙に視線を逸らしながら答えた。

 まあ……実は六回目だった訳だが、『運が悪い』と笑われそうで、ちょっと見栄を張ってみる。……いや、この()の事だから、三回目でもからかってきそう……。

 ――だが、立花さんは、俺をからかう事なく、その顔に満面の笑みを浮かべた。


「そうなんだ……! ありがと! 実は結構欲しかったんだぁ」


 彼女はそう言うと、ふと首を傾げる。


「でも……何で知ってたの? あたしが、このケープペンギンを欲しがってたって……」

「ああ……それは――」


 俺は立花さんの質問に対し、彼女が肩から掛けているポシェットのチャック――そこに取り付けられたイルカのキーホルダーを指さした。


「別に知ってた訳じゃないよ。ただ――ここに入る前、そのイルカのキーホルダーを藤岡……サンから貰った時、少しだけガッカリしたように見えたのと、君が無類のペンギン好きだって事を踏まえて推理した結果だね」

「なに、『推理した結果』って。なんだか、どっかの小学生探偵みたい」


 立花さんは、俺の言葉がツボにハマったらしく、クスクスとおかしそうに笑っている。

 そして、ひとしきり笑い終えると、一際明るい笑顔を俺に向けた。


「……ありがとね。でも、ホントに貰っちゃっていいの?」

「あ、もちろん」


 立花さんの問いかけに、俺も微笑みながら頷く。


「そのつもりで取ってきたんだから。遠慮なくどうぞ」

「ありがと。ホントに嬉しいよ!」


 そう、俺に向かってお礼の言葉を言った立花さんだったが、そこでハッと目を見張って言った。


「……っていうか、三回目って事は、二回分無駄にしちゃってるって事じゃん」

「え……? あ、まあ……そうだね」

「――じゃ、いくら何でも悪いから、二回分のお金払うよ! たしか、あのカプセルガチャ、一回三百円だから……六百円だよね!」

「えぇ? いや、別にいいよ。そのくらい」


 俺は慌てて、財布を取り出そうとする立花さんの事を制止した。

 ――まあ、本当は二回分じゃなくて五回分なので、千五百円戻ってくるのならありがたいところではある。

 だが、二回分と言った手前、今更『ホントは五回分です』と訂正するのは気が引けるし、大学生の俺が高校生の女の子から金を受け取るというのも、何だかみっともないし……。

 だが、立花さんは、


「良くないよ! つーか、アンタに変な借りを作りたくないし」


 と言いながら、財布から取り出した五百円玉と百円玉を強引に俺の手に押し付けようとしてくる。

 だが、俺は、


「いや、だからいいって! たかが六百円で“借り”とかみみっちい事言う気ねーし!」


 と、大学生の沽券にかけて、彼女から金を受け取るのを断固として拒否した。


「いいから受け取れぇ!」

「だが断るぅっ!」


 そんな事を言いながら、六百円を押し返し合う俺たち。

 ……その時、


「――あ! き、キミたちぃっ! また会ったねぇ!」


 と、俺たちに向けて上ずった声がかけられた。


「「へ――?」」


 突然の呼びかけに、俺と立花さんは驚いて声のした方に顔を向ける。

 俺たちが振り向いた先にあったのは――巨大なペンギン?

 ……のぬいぐるみを両手に抱えた、金髪のホスト――SAY☆YAさんの引き攣った顔だった。

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