第三百七十五訓 援護射撃はわかりやすく行いましょう
――と、
「まあ、それはともかく……」
四十万さんが、大皿に盛られたフライドポテトをひとつ摘みながら俺を見つめた。
その目は、溢れる好奇心でキラキラ……いや、もはや獲物を見つけた猛獣のようなレベルでギラギラしている。
即座に『なんて事だ。もう助からないゾ』と観念した俺に、四十万さんが興味津々といった声で訊ねてきた。
「どう? 彼女ちゃんとのラブラブ恋愛生活は?」
「い、いや、ラブラブて……」
ド直球な四十万さんの問いかけに辟易しながら、俺は隣に助けを求めようとする。
「た、助けて下さい、葛城さ……」
……だが、俺の隣に座る葛城さんは、四十万さんに負けずとも劣らないくらい……いや、それ以上に瞳を輝かせていた。
「すみません、本郷さん……私も気になります!」
「いや……どこの岐阜県在住の女子高生さんっすか……」
頬を紅潮すらさせて食いつく葛城さんに思わずツッコんだ俺は、大きな溜息を吐いてから、しぶしぶ答える。
「ど、どうと言われても……まあ、その……普通っす」
「え~? 何よ、その当たり障りのない感想は」
俺の答えを聞いた四十万さんが、不満そうに眉を顰めた。
「もっとこう……あるでしょ? 『毎日がバラ色で幸せです~』とか、『彼女のこういうところが可愛くて~』とか、『彼女に会いたくて会いたくて震える』とかさ」
「いや、最初のはともかく、後のやつは失恋後の心境じゃないっすか! っていうか、十年以上も前に流行った歌のフレーズがパッと出てくる時点で、年齢が――」
「あ゛?」
「アッスミマセン」
“年齢が”と聞いた瞬間に四十万さんの顔から表情が消えたのを見て、慌てて謝る俺。
そんな俺をジロリと睨んだ四十万さんだったが、すぐに気を取り直した様子で表情を緩め、マイクに見立てたマドラーを向けながら、
「で……どうなの? 晴れてリア充になった気分は?」
と、再び尋ねてくる。
今度も適当にはぐらかしたいところだが、これ以上四十万さんの気分を損ねるのは得策ではない……そう判断した俺は、しょうがなく正直に答えることにした。
「ま、まあ……そりゃ、もちろん嬉しいっすよ、はい……」
「まあまあまあ~」
俺が頭を掻きながら答えると、四十万さんがニマニマしながら何度も頷く。
「照れちゃってかわい~……くはないけど、初々しくてオモシロ~い♪」
「う、うるっさいなあ!」
おちょくるような四十万さんの言葉に、俺は顔を真っ赤にしながら声を荒げた。
「そ、そりゃ、女の子と付き合うなんて生まれて初めてなんですから、照れますって! つーか、人の恋路を面白がるなし!」
「うふふ、ゴメンゴメン」
俺の抗議に対し、四十万さんは大して悪いとも思ってないような顔で謝る。
と、テーブルの上に頬杖をつくと、「でも……」と続けた。
「正直、羨ましいわよ。付き合う相手が出来てさぁ」
そう言って、四十万さんはアンニュイな溜息を吐く。
「私なんて、学生の頃は何度か付き合ったりした事あったけど、就職してからはさっぱりでさぁ」
「え、そうなんですか?」
四十万さんの言葉に驚きの声を上げたのは、葛城さんだった。
そんな彼の顔を、四十万さんがジロリと睨む。
「何よ? 学生時代とはいえ、私に交際経験があるのが、そんなに驚く事?」
「あ、い、いえ、そうじゃなくて……!」
葛城さんは、慌てて首を左右に振った。
「む、むしろ逆です……」
「逆?」
「そ、その……」
訝しげに首を傾げる四十万さんに、葛城さんはどもりながら答える。
「その……前に一緒に飲んだ時に、“今は”フリーだとお伺いしたので……て、てっきり、四十万さんは彼氏さんがいらっしゃる方が普通なんだろうなと……」
「あはは、そういう事ね」
葛城さんの答えを聞いた四十万さんは、苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。
「正直、あの時はちょーっと見栄を張っちゃったんだよね。ホントは、彼氏なんて全然出来なくってさー」
「そ、そうだったんですね……」
四十万さんの答えに、葛城さんがぎこちなく頷く。ちらりと横目で見ると、彼は瞳を希望で輝かせていた。
「……」
そんな葛城さんの顔を横目で確認した俺は、二人に気付かれぬように、テーブルの下でこっそりとスマホを操作し、一通のメッセージをあるアカウントへ送信する。
「はぁ~……」
一方の四十万さんは、つまみの野菜スティックを齧りながら、大げさに肩を落とした。
「私もそろそろ彼氏が欲しいなぁ~」
「……っ」
嘆く彼女に、何か言いたげに口を開きかける葛城さんだったが、すぐに躊躇した様子で唇を結ぶ。
……彼が何を考えているのか、俺には手に取るように解った。
何せ、ちょっと前まで、自分も今の彼と同じような立場だったのだから。
「あー、近くにいないかなぁ? 私の事を好きになってくれる人~」
『……いや、案外近くにいると思いますよ。例えば、すぐ目の前にとか』――思わずそう口走りそうになるが、ぐっとこらえ、ソファの傍らに置いたスマホをチラリと見た。
――と、
次の瞬間、暗転していたスマホの液晶画面が明るくなる。
――“ピロリンッ”
「あっ! LANEだ!」
“それ”が来るのを今か今かと待っていた俺は、LANEのメッセージ通知音が鳴り終わる前に大げさに叫び、すぐにスマホを手に取った。
すかさず届いたメッセージを開いて、画面に表示された内容を一瞥すると、わざとらしくふたりに告げる。
「……あ、すみませーん。ちょっと早いっすけど、俺はこの辺で失礼しますわ」
「えーっ?」
俺の言葉を聞いた四十万さんが、不満げな声を上げた。
「もう帰っちゃうのぉ? 早くない?」
「いやまあ、そうなんですけど……」
四十万さんがそう言うであろう事は想定済みだった俺は、いかにも残念そうな顔をしてみせながら、自分のスマホの画面を彼女に見せる。
「なんか……今、ルリちゃんからこんなメッセージが来たもんで……」
「あ……そういう事ねぇ」
今しがた俺のスマホに届いたLANEのメッセージの内容を読んだ四十万さんは、残念そうに溜息を吐きながら小さく頷いた。
「それじゃしょうがないねぇ。早く帰って、タチバナちゃん……カノジョに連絡してあげなさい」
「すみません……」
四十万さんの親身な言葉にちょっとだけ申し訳なく思いながら、俺はカバンを肩にかけて立ち上がる。
そして、ふたりに向けて頭を下げた。
「すみません。……それじゃ、お先に失礼します」
「あ、はい。お疲れさまでした」
「おつかれ~」
俺の挨拶に、葛城さんと四十万さんも手を振って応えてくれる。
そんなふたりに手を振り返した俺は、四十万さんに顔を向けた。
「それじゃ……新店準備頑張って下さい、四十万さん。応援してます」
「うん、ありがと」
俺の激励に軽く頷いた四十万さんは、微笑みながら言葉を継ぐ。
「ホンゴーちゃんも頑張ってね」
「あ、はい」
「タチバナちゃんの事を悲しませたりしちゃダメだよ。せっかく出来た彼女さんなんだから、大切にしてあげなね」
「あ、そっちっすか……」
四十万さんの忠告に苦笑いを浮かべた俺は、大きく頷いた。
「……もちろん、分かってますって」
「また一緒に飲もう。タチバナちゃんとのノロケ話をたくさん聞かせてね」
「ま、まあ、そのうちに……」
四十万さんの誘いに曖昧な返事を返した俺は、次に葛城さんへ目を向ける。
「ええと……葛城さん――」
そう声をかけた俺は、目配せで四十万さんを指し示した。
「頑張って下さいね」
「えっ……?」
葛城さんは、俺の激励の意味がすぐには分からなかった様子だったが、俺がもう一度目配せをすると察したらしく、ハッと息を呑んだ。
表情を緊張させた彼は、「……はい。頑張ります」と頷く。
その眼差しに覚悟の色を見止めた俺は、彼に微笑みかけながら、激励の思いを込めて力強く親指を立てるのだった。




