第三百七十一訓 採点基準は明確にしましょう
「じゃあ……」
俺の答えに応じたルリちゃんは、少し間を置いてから話を続ける。
「ふたつめは……『電車の中で眠くなったあたしに肩を貸して寝させてくれた』……プラス十……いや、十五点」
「えっ?」
彼女が口にした評価と点数に、俺は思わず声を上げた。
それを聞いたルリちゃんは、訝しそうに尋ねる。
「……どうしたの?」
「あ、いや……」
彼女の問いかけに、俺は戸惑いながらかぶりを振った。
「その……プラス評価もあるんだと思って……」
「何言ってんのさ。当たり前でしょ」
俺の言葉を聞いて、ルリちゃんは呆れ混じりの声で言う。
「ダメなところしか無かったら、さすがに途中で帰ってるよ、あたし」
「で、ですよねぇ~……」
彼女の答えに、(あ……下手したら、途中で失格敗退とかも有り得たのか……)と察してゾッとしつつ、そうならなかったという事実にほんの少し安堵する俺。
というか……今のところ、獲得している点数は――トータルでプラス十点。
(……あれ? ちょっと希望が出てきた? ――まだ、水族館に着いてもいないけど)
そう考えて、少しだけ目の前が明るくなった気になる俺をよそに、ルリちゃんは話を本題に戻す。
「で、三つめは……『午前の部のペンギンショーの人出を見誤ったせいで、出遅れて一番後ろの席になっちゃった』……マイナス十点」
「うわああああああっ!」
期待を抱いた瞬間、間髪入れずポイントをプラマイゼロにされた俺は、崖の上に渡された鉄骨から足を滑らせたような気分で絶叫した。
……だが、
「――と言いたいところだけど、見通しが甘かったのはあたしも同じだったから、ソータだけのせいにするのも不公平だよね」
と言って、ルリちゃんはクスリと笑う。
「――だから、これはノーカウントって事で」
「ほっ……よ、良かった……」
彼女が続けた言葉を聞いて、思わず俺は胸を撫で下ろした。
……とはいえ、まだ油断はできない。そう考えて気を引き締めた俺は、彼女の顔を横目で恐る恐る見ながら、おずおずと続きを促す。
「じゃ、じゃあ……次は……」
「ええと……次は……」
ルリちゃんは、思い出そうとするように顎に指を当てた。
「――『通路にいたペンギンの写真を撮る時に協力してがんばってくれた』プラス十点」
「おっしゃ!」
「……でも、どさくさに紛れてエロい事を考えてそうだったから、マイナス三点」
「うええぇっ?」
プラス評価にガッツポーズをした俺は、思わず不満の声を上げる。
「そ、そりゃ無いでしょっ? あの時、ルリちゃんが自分の体に触れていいって言ったんじゃないか!」
「た、確かに触れてもいいとは言ったけど、エッチな事を考えてもいいとまでは言ってないもんっ!」
俺の抗議に対し、口を尖らせながら言い返したルリちゃんは、眉間に皺を寄せた。
「……それとも、あたしと密着しながら、全然エッチな気持ちにならなかったって言うの?」
「そ、それは……その……」
「なってたんでしょ?」
「う……ま、まあ……」
彼女から向けられた冷たい視線に耐えられずに目を逸らしながら、俺は不承不承頷く。
「その……い、一応俺もいたって健康な性人……もとい、成人男性でして……なんつって、ハハハ……」
「ガッツリスケベの上にオヤジギャグが寒い。マイナス十点!」
「げえええええっ?」
無情な宣告に、俺は悲鳴を上げながら、ルリちゃんに縋りついた。
「ま、待った! い、今のダジャレは聞かなかった事にっ! お慈悲を……お慈悲を下さいぃっ!」
「ダーメっ!」
だが、ルリちゃんは、俺の必死の懇願をにべもなく断り、ベーっと舌を出した。
……とはいえ、その返事とは裏腹に、彼女は別に本気で怒っている訳ではなく、どちらかというと俺の事をおちょくって楽しんでいるみたいだ。
それなら良かったけど……ルリちゃんの俺への評価点数は、これでトータルマイナス七点……。
合格ラインが何点なのか分からないけど……このままじゃ落第しそうな気しかしない……。
忍び寄る絶望の気配を感じて青ざめる俺を横目で見ながら、ルリちゃんは指を折る。
「で……次は四つ……いや、五つめ。それは――」
そこで彼女は一旦言葉を切り、じっと俺の顔を見つめてから、満面の笑みを浮かべた。
「――『お昼の時、あたしが作ったお弁当を全部食べてくれた』! プラス三十点ッ!」
「お、おおおおっ? え、マジっ?」
思わぬ大量得点に、俺は喜ぶよりも先にビックリする。
「た、ただ弁当を食べただけだけど、そんなにたくさん点数が付いていいの?」
「なに? 不満なの?」
「あ、いや、不満って訳じゃ全然無いんだけど……」
ルリちゃんに睨まれた俺は、慌ててかぶりを振りながら言葉を継いだ。
「その……ただ、ちょっと不思議で」
「……だって……」
俺の問いかけに、ルリちゃんはふいっと視線を逸らし、やや俯きながらぼそりと呟く。
「その……嬉しかったんだもん。前は、あたしが作ったけど失敗しちゃった焦げまくりのハンバーグを無理しながら食べてたソータが、今日は本当に美味しそうに食べてくれたのが……さ」
「あ……」
そう言ったルリちゃんは、ゆっくりと俺の方に顔を向け、ニコリと微笑みかけた。
「それがプラス三十点の理由だよ。……なにか反論ある?」
「い、いえいえっ!」
ルリちゃんの問いかけに、俺はもう一度千切れんばかりに首を左右に振る。
「反論なんてとんでもないっ! 謹んでお受けいたします!」
「……うん」
俺の返事に、ルリちゃんははにかむように表情を緩め、こくんと頷いた。
そんな彼女の表情と仕草にぐっとくるものを感じながら、俺は期待で胸を高鳴らせる。
(これでトータルプラス三十七点! 勝てる……勝てるんだ……!)
あの有名なネットミームを思い浮かべながら、俺はハッピーエンドのファンファーレを幻聴く。
――だが、
「――でも」
と続けたルリちゃんの表情が、唐突に険しくなった。
低い声で「そして、六つ目……」と続けたルリちゃんが、冷たい光を宿した瞳で俺の顔を睨みつける。
そして、これ以上なく嫌な予感を覚えて凍りついた俺に、怒りの籠もりまくった言葉を投げつけた。
「――『午後のペンギンショーが始まるまでの間、あたしをひとりにした』! マイナス五十点ンッ!」




