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第三百六十八訓 問題が発生した時は「原因」と「理由」をはっきりさせましょう

 「え、え――っと、その……」


 ルリちゃんから横目でジロリと睨まれた俺は、背中を冷や汗が伝うのを感じながら言い淀みながら、壊れかけのロボットのようにぎこちなく頷いた。


「ま、まあ……その、まあ……は、はい、まあ……」

「何回『まあ』って言うのさ」


 動揺で要領を得ない答えに呆れ声でツッコんだルリちゃんは、小さく息を吐いてから、再び俺のスマホの画面に目を戻す。

 そして、液晶画面に映る画像を指で次々と送り(スワイプし)ながら、無表情で俺に尋ねた。


「……マジでまだ理解(わか)ってないの? なんであたしが怒ってるのか」

「い、いや……その……な、なんとなくは……はい」


 呆れと苛立ちが混じったようなルリちゃんの声の圧にたじろぎながら、俺はおずおずと首を縦に振る。

 俺の答えを聞いて、少し大げさに「へぇ~?」と声を上げた彼女は、「そうなんだ? じゃあ、答えてみてよ」と目だけをこちらに向けた。

 彼女の視線と雰囲気から、(ここで答えを間違ったら即ゲームオーバーだ……)と悟った俺は、ごくりと唾を呑んでから、鉄骨渡りの一歩を踏み出すカイジのような心境で慎重に口を開く。


「その……多分、さっきの事が、お気に召さなかったのかと……」

「……さっきの事って?」

「そ、それはもちろん……ぺ、ペンギンショー待ちの行列に並んでた時に、君ひとりで水族館を回ってもらった事が……です」

「…………うん」


 俺の答えを聞いたルリちゃんが、僅かに表情を和らげて、小さく頷いた。


「そこは分かってるんだ」

「ま、まあ、それ以外に無いかな……と」


 彼女の表情の変化に、俺はちょっとだけホッとする。……が、


「……で?」

「……はい?」

「はいじゃないが」


 気を緩めたところで再び問いかけら、思わず間の抜けた声を出してしまった俺を見るルリちゃんの目が、再び険しくなった。


「さっき、ひとりで水族館を回らされた事が()()でイライラしてたのは当たりだよ。……じゃあ、その()()もちゃんと分かってる?」

「え? り、理由……?」


 ルリちゃんの問いかけに狼狽しながら、俺は目をパチクリさせる。


「ええと……理由……理由は……その……」


 曖昧に言葉を濁しながら、俺は彼女がなんで機嫌を損ねたのかの理由を大急ぎで探した。


「た、例えば……目当ての場所が混んでて見れなかった……とか?」

「違う」

「じゃ、じゃあ……途中で転んじゃっ……」

「ハズレ」

「だ、だったら……ひとりで歩いてたら、ウザいチャラ男にしつこくナンパされ――」

「全然違うってばっ!」


 ルリちゃんが突然声を荒げ、俺の言葉を遮る。

 眉間に深い皺を寄せながら、鋭い目で俺を睨んだ彼女は、プイっと顔を背けると、再びスマホの画像のチェックをし始めた。

 そんな彼女の剣幕にオロオロとしながらも、俺は更に話を続けようとする。


「え、ええと……じゃあ……」

「もういい」


 だが……ルリちゃんは、視線をスマホの画面に向けたまま、俺の言葉を冷たい声で制した。


「あたしの気持ちをソータが全然解ってない事は分かったよ。だから、もう答えなくていい」

「い、いや、ちょっと待って……!」


 俺は、彼女の声のトーンに失望と諦めの響きがありありと混ざっているのに気付いて、テキメンに焦る。


(このままじゃ、確実に今回の体験版デートは失敗――つまり、俺はルリちゃんにフラれちゃう……!)


 自分の足が土俵際の俵を踏み越えかけている事を察した俺は、何とか押し返そうと必死に声を上げた。


「た、頼むよ……もう少し考える時間をくれ! そうすれば、きっと正解を――」

「だから!」


 縋るような俺の言葉を荒い声で遮ったルリちゃんは、こちらに背を向けたまま言葉を継ぐ。


「もういいって言ってんじゃん! あたしはもう聞き……たく……」


 ……だが、その激しい声は、途中から急激にトーンダウンした。

 それを奇妙に思った俺は、おずおずと彼女の背中に声をかける。


「あ、あの……どうかしました……か?」

「…………これ」


 俺の問いかけに少し間を置いてから声を上げたルリちゃんは、ゆっくりとこちらに振り返った。

 そして、手に持っていた俺のスマホを指さす。


「これ……なんで撮ったの?」

「これ? ――って、あっ……!」


 彼女が指さしたスマホの画面に映っていたのは――ショーでペンギンを撮りまくっていた時にふと魔が差して一枚だけ撮った、ルリちゃんの横顔だった。

 ……もちろん、彼女には何の断りもなく撮った……いわゆる盗撮画像というやつである。

 俺がこんなものをコッソリ撮っていたと知った彼女がどう思うか……想像したくもないけど、想像するまでもなかった……。


「そ、それは、その……っ!」

「質問に答えて」


 顔面から血の気が一気に引く俺に、ルリちゃんは低い声で回答を促す。

 ……もうダメだ。

 もはや逃げられないと観念した俺は、がくりと項垂(うなだ)れながら、彼女の問いかけに正直に答える。


「その……ペンギンに声援を送ってる君が浮かべていた笑顔が、めちゃくちゃ可愛かったから……」

「えっ……か、かわ……?」

「だから、今日の思い出として、ずっと残しときたいなって思って……つい、ペンギンを撮るふりして、一枚だけ無断で撮っちゃいました。ごめん」

「あ、ええと……別に――」

「俺なんかに盗撮されて、嫌な気分になっちゃったよね。本当にごめん。今すぐ消すから――」

「ちょ、ちょっと待って!」


 スマホを受け取ろうと手を伸ばした俺に、ルリちゃんが狼狽混じりの声で叫んだ。

 同時に、俺に取られまいとするように、スマホを胸元に抱え込む。


「べ、別に消さなくていいよ!」

「え? で、でも、イヤでしょ? 勝手に顔を撮られて……」

「あ、あたしは別に気にしてないから!」


 そう言って、彼女はふるふるとかぶりを振った。


「だから消さないで。むしろ、間違って消えないようにロックしといて! 分かったっ?」

「えっ?」


 予想していたのとは真逆のルリちゃんの言葉に、俺は面食らう。


「分かったっ?」

「あ、うん……」


 念押しするように繰り返すルリちゃんに、俺はコクンと頷いた。


「わ、分かったよ。君がそう言うなら……っていうか、許してくれるなら、喜んで永久保存するよ」

「……うん!」


 俺の返事を聞いたルリちゃんは、さっきまでの不機嫌が嘘のような満面の笑みを浮かべる。


「……」


 そんな彼女に少し強張った笑顔を返しながら、心の中で(……なんで、こんな急に機嫌が直ったんだろう?)と首を傾げる俺だった……。

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