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第三百五十七訓 眠かったら無理せず仮眠を取りましょう

 「かわ……あ、むぐぐ……っ」


 いたずらっぽく舌を出したルリちゃんの横顔を見て、思わず再び「可愛いなぁ」と漏らしかけた俺は、慌てて掌で自分の口を塞いだ。


「……どうしたの?」

「あ、いや、その……」


 訝しげに首を傾げたルリちゃんの問いかけに、俺は曖昧に言い淀む。

 そして、きょろきょろと周囲に視線を彷徨わせ、彼女の注意を逸らせる話のネタを探し――向かいの座席の後ろの窓から見える青空を指さした。


「えーとぉ……あの…………きょ、今日は晴れて良かった……デスネ」

「え? あ、うん、そうだね」


 妙に外国人っぽいイントネーションになった俺の言葉に、ますます怪訝な表情を浮かべながらもコクンと頷いたルリちゃんは、俺が指した指の先に目線を向ける。


「昨日の天気予報だと曇りだって予報だったけど、結構晴れ…………って、あっ!」

「えっ? な、なに? どうしたの?」


 話の途中で唐突に声を上ずらせたルリちゃんにビックリした俺は、思わず訊き返した。

 だけど、彼女は俺の声も聞こえていない様子で勢いよく立ち上がると、揺れる車内でフラフラしながら、向かいの席へと向かう。

 そして、席に座っている人に「あの、すみません。上の荷物取ります」と断ってから爪先立ちし、網棚の上に乗っている籐編みの大きな蓋つきバスケットを下ろした。

 籐編みのバスケットを大事そうに抱えて戻ってきたルリちゃんに、今度は俺の方が怪訝な表情で首を傾げる。


「……なに、それ?」

「え? ――あぁ、これね……」


 俺の隣の席に腰を下ろしたルリちゃんは、俺の問いかけに一瞬キョトンとした顔をした。

 ……が、すぐに質問の意味を理解したらしい彼女は、どう答えようか思案するように、自分の膝の上に置いた籐編みのバスケットに目を落とし、撫でるように蓋へ手を載せたルリちゃんは、ふっとはにかみ笑いを浮かべながら、


「……ナイショ」


 と答えた。


「え? 内緒?」


 予想外に意味深な答えが返ってきた事に、俺は当惑する。


「そ、そんなに重要なものが入ってるの、その中に? 一体何が……?」

「だから……それはナイショだって言ってんじゃん」


 問いを重ねる俺に、ルリちゃんは呆れ顔を浮かべた。


「ま……そのうち分かるから、楽しみに待ってなよ」


 そう言うと、今度は意味深にほくそ笑む。

 俺は、そんな彼女の横顔を見ながら、「わ、分かった……」と答えるしかなかった。

 ……と、その時、


「……ふわぁあ……」


 急にルリちゃんが口元を手で隠し、小さなアクビを漏らした。


「眠いの?」

「……見てないでよ、バカ」


 尋ねた俺を目尻に涙が浮いた目で睨むルリちゃん。

 だが、すぐにもう一度「ふわあぁあ……」と大きなアクビをした彼女は、ごしごしと目をこすりながら、少し恥ずかしそうに続ける。


「実は……今朝はだいぶ早起きだったから、ちょっと寝不足でさ……」

「早起き? あぁ、そっか……」


 ルリちゃんの言葉を聞いた俺は、納得して頷いた。


「まだ七時過ぎだもんね。じゃあ……起きたのは五時とかそのくらい? そりゃ眠いか……」

「…………四時」

「へっ?」


 頷きかけた俺は、ルリちゃんがぼそりと呟いた答えを聞いて、思わず目を丸くする。


「よ、四時? それはさすがに早起き過ぎじゃね?」

「まあ……うん」

「どうしてそんなに早起きしたの? 君のところから赤発条までは、十五分もあれば着くと思うけど……」

「い……いいじゃん別にッ!」


 問いを重ねる俺に、ルリちゃんは鬱陶しそうに声を荒げる……が、すぐに眠そうな目になって口元を押さえた。


「ふ……わあぁあ……」

「ガチで眠そうだね……」


 涙で潤んだ目をゴシゴシとこするルリちゃんの横顔を見ながら苦笑いを浮かべた俺は、自分のスマホの画面を指さす。


「次の乗り換えまでは一時間くらいあるから、少し眠ったらいいんじゃない?」

「え……?」


 目を丸くしたルリちゃんは、俺が指し示したスマホの画面に表示された乗換案内画面を見た。


「あ、ホントだ……」


 と、ホッとした様子で呟いたルリちゃんだったが、困ったような表情を浮かべて、俺の顔をチラリと見た。


「でも……それはさすがに悪いよ……」

「悪い? 何が?」

「いや……」


 俺が訊き返すと、ルリちゃんは少し躊躇いながら、おずおずと答える。


「だって……せっかくので……デートなのに、あたしが横で寝ちゃってたら、ソータがつまらないでしょ?」

「あぁ……そういう事ね」


 彼女の答えを聞いた俺は、微笑みながら首を横に振った。


「俺の事は気にしなくて大丈夫だよ。スマホでも観て過ごすからさ。……今日のデートコースの最終確認とかね」

「あ、なるほど」


 俺の言葉に、ルリちゃんは深く頷きながらポンと手を叩く。


「ソータはいつもひとりだから、黙って過ごすのは慣れてるってコトね」

「そうそう。……って、オイイイイイッ!」


 首を縦に振りかけたところで我に返った俺は、慌ててツッコんだ。


「誰がぼっち・ざ・ろっくだ! お、俺だって友達のひとりくらい居るわ!」


 ……即座に脳裏に浮かんだ“友達”が、小汚いメガネをかけたデブだった事実は無かった事にする。


「ふふ、ごめんごめん。冗談だってば」


 クスクス笑いながら、必死に虚勢を張る俺に軽く謝ったルリちゃんだったが、不意に顔を顰め、出かけたアクビを嚙み殺した。


「……ゴメン。ちょっと眠気がマックスだから、ソータの言葉に甘えちゃってもいい……?」

「あ、ああ、うん。もちろん」


 眠そうに目を擦りながら申し訳なさそうに言うルリちゃんに、俺は慌てて頷く。


「乗換駅近くになったら起こすから、安心して寝ていいよ」

「うん……ありがと……ふわぁあ……」


 お礼の言葉を言い終える余裕もない様子でアクビを漏らしたルリちゃんは、座席のシートに深く身を(うず)めた。


「じゃ……おやふみぃ……」

「うん……おやすみ」


 半分寝言みたいなルリちゃんの声に応えた俺は、目を瞑る彼女の顔を気付かれないよう横目で盗み見ながら、ガタゴトという電車の音並みに胸を高鳴らせるのだった……。

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