第三百五十一訓 大切な人の幸せは一緒に喜びましょう
「……そうちゃんが元気そうで安心したよ」
いっしょに駅へ向かう道すがら、ミクがそうぽつりとこぼした。
それを聞いた俺は、ミクと最後に会った時のやり取りを思い出しながら、苦笑いを浮かべる。
「まあ……あれから一ヶ月も経ってるからな。だいぶ立ち直ったよ。……っていうか、何回かLANEしてたじゃん。そんなに元気なさそうだったか、俺?」
「確かに、LANEのメッセージはいつものそうちゃんの調子っぽかったけど……やっぱり、直接顔を見て、声を聞かないと、確証を得られないっていうか……」
そう答えながら、ミクは右手の人差し指で頬を掻いた。照れ隠しをする時の彼女の癖だ。
「……でも、今日会って、『ああ、いつものそうちゃんだぁ』って感じられたからさ……本当に安心したよ」
「そっか……」
ミクの言葉を聞いて、俺も何だか照れくさくなって、わしわしと頭を掻いた。
……あ、やべ。寝癖ついてる。
「……それより、さ」
ぴょんと跳ねた後ろ髪を撫でつけた俺は、ミクの右手を指さす。
「お前の方こそ……順調みたいだな」
「え? ……あぁ」
唐突な俺の言葉に一瞬目を丸くしたミクだったが、俺が何を指さしているのかに気付くや、パッと頬を赤く染めた。
「うん……おかげさまで」
そう答えてコクンと頷いたミクの右手の薬指には、シンプルでセンスのいいシルバーの指輪が嵌っていて、昼の太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
はにかみ笑いを浮かべる彼女の幸せそうな横顔を見て、俺も口元を綻ばせた。
「藤岡さんも元気?」
「うん。元気だよ」
「……最近会ってるか?」
「うん。この前の日曜日にも会ったよ」
俺の問いかけに、ミクは嬉しそうに答える。
「いっしょにお台場に行ったんだ。何て言ったっけ……あの、入り口に大きなロボットが立ってる――」
「あぁ、台場シティトーキョーか」
「そう、そこ!」
ミクは、俺の言葉に目を輝かせながら、大きく頷いた。
「あそこすごかったよ。いろんなお店が入ってるの! 一日中居ても回り切れないくらいに広くって、面白いアトラクションとか、美味しいものとかがいっぱいあったよ」
「そっか。楽しかったか?」
「うん! とっても楽しかったよ!」
そう答えるミクの笑顔は眩しいほどに輝いていて、本当に幸せそうだ。
――あぁ、俺がミクへの想いを諦めた甲斐はあった。
今、彼女の笑顔を見て、本心からそう思えた。
「良かったな」
「――うん」
素直に口から出た俺の言葉にコクンと頷いたミクは、つと足を止める。
そして、つられて立ち止まった俺の目を見つめながら、唐突に「本当にありがとうね、そうちゃん」と言った。
「え……?」
俺は、突然のミクからの感謝の言葉にビックリして、目をパチクリさせる。
「な、何だよ、いきなり? 別に俺は、お前から感謝されるような事なんか全然――」
「ホダカさんに言ってくれたんでしょ? 『なかなか会えなくて、ミクが寂しがってる』って」
「え? あ……っ」
ミクに言われて、俺は思い出した。
そういえば……偶然藤岡さんと会って、回転寿司を奢ってくれた時に、そんな事を言ったような気がする……。
「九月に会った時にさ……私も、そうちゃんに言われたじゃん。『ホダカさんに会いたいなら、正直に会いたいって伝えろ』って」
「あ、ああ……そういえば言ったかも……」
「だから、その後、ホダカさんから電話が来た時に、『会いたいです』って伝えようとしたの。でも……私が言う前に、ホダカさんから謝られて」
「謝られた? なんて?」
「『最近、ちゃんと会えてなくてごめん。次の休みにデートしよう』って」
その時の事を思い出したのか、ミクの顔はますます顔を真っ赤になった。
「私……嬉しかったけど、それ以上に、あんまりタイミングが良かったからビックリしちゃって。それで、どうして急にデートのお誘いをしたのかホダカさんに訊いたの。そうしたら、『実は、本郷くんに怒られた』……って」
「あ、いや、それは……」
ミクの言葉で、あの時の事を鮮明に思い出した俺は、どう反応したらいいか分からなくて、とりあえず頭を掻く。
そんな俺に微笑みかけながら、ミクは更に言葉を継いだ。
「ありがとう、そうちゃん。私の為に怒ってくれて」
「い、いや……別に、そんな改まってお礼を言われるような事じゃ……ねえよ」
そう言いながらも、俺の顔は緩む。
お礼に少し気を大きくした俺は、できる限りキリッとした顔になるよう表情筋に力を込めながら、微笑むミクに言った。
「まあ……なんだ。これからも、藤岡さんに何か言いづらい事とか困った事が出来たら、気軽に俺に言えよ。お前の幼馴染として、俺があの人にバチコーンと言ってやるからさ」
「うん……分かった」
俺の言葉に、ミクは目を輝かせながら大きく頷いた……が、ふとその表情を曇らせると、おずおずと口を開く。
「でも……」
「……でも?」
「その……出来れば、なるべく暴力はやめてあげてね……」
「ふぁ、ふぁっ?」
ミクの言葉を聞いた俺は、不意を衝かれて思わず上ずった声を漏らした。
「ぼ、ぼぼぼ暴力って……」
「ホダカさんが言ってたの。『本郷くんにいいパンチをもらって、目が覚めたよ』って。そうちゃんが私の為に殴ってくれたのは分かってるし、ホダカさんも感謝してるみたいだったけど――やっぱり、パンチとかするのは……あんまり良くないと思うから……」
「か……彼氏さんの事をぶん殴ってしまって、すんませんっした――ッ!」
俺は、申し訳なさそうに言うミクに向かって、五体投地する勢いで深々と頭を下げたのだった……。




