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第三十五訓 誤解はきちんと解きましょう

 「楽しいね、水族館!」


 フードコートの丸いテーブルを四人で囲んで遅い昼食を摂っていた時、ミクが目を輝かせながら、嬉しそうに言った。

 その発言に対し、満面の笑みを浮かべる藤岡と、彼とは対照的に表情を険しくさせる立花さんの顔をチラリと見ながら、俺は油の切れたロボットのようにぎこちなく頷く。


「そ……そっか。そんなに楽しかったんだ? ミクたちは、どこを回ってたんだ?」

「ええと、大体全部回ったかな?」


 ミクは、ショルダーバッグから館内パンフレットを取り出し、目を通しながら答えた。


「アシカコーナーに行ったら、ちょうどショーをしてたり、カワウソの餌やりの時間だったりで、色々とタイミングが良かったんだ~」

「ウミガメと一緒に記念撮影できるイベントもやってたんだけど、ちょうど最後の一枠が空いてたり……未来ちゃんの言う通り、かなり運が良かったね」


 ミクの言葉に続いて、藤岡も答える。

 『いや、別にアンタには聞いてねーよ』と、俺は藤岡に対して内心でムカッとするが、ミクの手前、露骨に不満げな態度を出す訳にはいかないと考え、懸命に耐えた。

 

「へぇ~……そりゃ良かったな」


 俺は当たり障りのない相槌を打ちながら、強張った微笑みを口元に浮かべてみせる。

 すると、ミクがいたずらっぽい笑いを浮かべ、俺に言った。


「颯大くんたちは、ペンギンコーナーの方にいたんでしょ? それで、カップル限定のクイズ大会に出てたでしょ!」

「ファッ? な、何でそれを……?」


 ミクの言葉を聞いて、俺はビックリして、思わず声を裏返した。

 そんな俺の反応を見たミクは、してやったりという顔で答える。


「だって、途中まで見てたから! 颯大くんとルリちゃんの勇姿をねっ」

「ま、マジか……っ? 全然気付かなかった……」

「気付かれないように、こっそり見てたからねー。ふたりの気が散っちゃうとマズいなって思って」


 愕然とする俺にいたずらっ子ぽい笑みを浮かべながら、ミクは答えた。

 そして、ちょこんと首を傾げながら、更に問いを重ねる。


「で……どうしてクイズ大会に出る事になったの? そうちゃん、そういう目立つイベントって嫌いじゃなかったっけ?」

「……嫌いだよ。つうか、さっきのは成り行きというか何というか……」


 俺はそう言いながら、自分をクイズ大会に引きずり込んだ張本人である立花さんの方をチラリと見るが、彼女は素知らぬ顔でピザにパクついていた。……どうやら、完全黙秘を決め込むつもりらしい。

 と、藤岡が申し訳なさそうな顔をしながら、俺に向かって頭を下げた。


「……すまないね、本郷くん。大方、ルリが無茶な事を言って、君の事を無理やり巻き込んだんだろう?」

「ちょ! ひ、人聞きの悪い事を言わないでよ!」


 藤岡の謝罪の言葉を聞いた立花さんが、血相を変えて声を荒げる。


「別に無理やりなんかじゃないよ! あたしは、あのクイズ大会の優勝賞品が欲しかったから、カップルのフリしてもらうようにお願いしただけだよ! ま……まあ、ちょっとは強引だったところもあったり無かったりだったかもしれないけどさ……」

「“ちょっとは”……ねえ……って、痛ったい!」


 あの時のやり取りを思い出しながら、顔を引き攣らせた俺は、テーブルの下で思い切り足を踏まれ、思わず悲鳴を上げる。

 涙目で横を見ると、立花さんが俺の事をすごい目で睨みつけていた。


「やれやれ……」


 俺と立花さんのやり取りを見ていた藤岡は、大体の事情を察したのだろう。呆れ顔を浮かべながら、立花さんに言った。


「ルリ、ダメじゃないか。知り合ったばかりの本郷くんにまで、ワガママを言っちゃ」

「だ、だから……ワガママなんかじゃないったら……」


 立花さんは、藤岡の苦言にモゴモゴと言い訳をしながら、さっきまでの威勢の良さが嘘のようにシュンとしてしまった。

 それを見た俺は、慌てて口を挟む。


「あ、だ、大丈夫っすよ! 別に俺は気にしてませんから!」

「そうなのかい?」

「は、はいっ!」


 訝しげに訊く藤岡に、俺は力強く頷いてみせる。

 すると、彼は少し首を傾げてから「そうか……」と呟くと、俺に向かって微笑みかけながら言った。


「本郷くん」

「は、はい……」

「これからも、ルリと仲良くしてあげてほしいな。ご覧の通り、かなりのお転婆だけど、根はいい()だからね」

「あ、まあ……はい」


 藤岡の頼みに、俺は曖昧に答える。


「ええと……前向きに善処します」

「な……何だか、随分と含みのあるように聞こえるけど……」

「あ、あたしはヤだよ!」


 俺と藤岡の会話の間に割り込むようにして、立花さんが憤然と異を唱えてきた。


「別に、あたしは仲良くなんかしたくない! 仲が良い男なんて、ホダカひとりだけで充分だもん!」


 そう言いながら、首が千切れ飛ばないか心配になるくらいに激しく首を左右に振る立花さん。

 まあ、その反応(リアクション)は、ある程度予想出来てはいたが、そこまで激しく拒否されると、さすがに少し傷つく……。 

 と、その時、


「あ、でも……」


 ミクが、妙に弾んだ声を上げる。


「颯大くんたち、結構息が合ってたように見えたよ」


 そうミクは言うと、俺と立花さんの顔を順々に見回しながらニコリと笑った。


「なんだか、本当のカップルみたい――」

「「そ……それは無いッ!」」


 ミクの言葉を即座に否定した俺と立花さんの声は、それはそれは見事にハモったのだった……。

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