第三百四十六訓 困った時に頼れるツテは一つでも多くキープしておきましょう
それから――。
ウチに泊まるとゴネるルリちゃんを何とか説得した俺は、百景島シーユートピアを彼女との“体験版デート”の行先にする事にした。
もちろん、ペンギンとのふれあいイベントがある事を知ったルリちゃんに異論などあるはずも無く、俺の提案は快諾される。
本当なら、そのまま具体的なプランまで詰めたかったところだったが、さすがに夜も更け、ルリちゃんの眠気も限界だった事から、「詳しい話はまた今度」となって、その日の通話はお開きとなったのだった――。
◆ ◆ ◆ ◆
その翌日の夕方――。
「ぐーむ……」
自分ん家のベッドに寝転がってスマホで検索をしていた俺は、難しい顔をして唸り声を上げる。
「結構金がかかるな、水族館って……」
スマホの画面に映った百景島シーユートピアの料金案内表を睨むように見ながら、俺は溜息を吐いた。
「ワンデーパスの大人料金が五千七百円……いや、行くのは日曜日だから、六千円か……。つまり、ふたりで一万二千円……」
そう呟きながら、俺は頭の中で体験版デートの費用がどのくらいかかりそうか計算する。
「……それプラス、電車代で往復三千円くらい……もちろん、昼飯も中で食べるだろうから、それもかかるとして……」
……ひょっとしなくても、水族館の中のレストランとかはボッタク……観光地価格なんだろうなぁ……そんな嫌な予感――もとい、確信を抱きながら、俺はシーユートピアのホームページの“レストラン一覧”を開いてみた。
……だが、
「……ん? そうでもないぞ」
いくつか並んでいる飲食施設のアイコンをクリックして、提供メニューの内容と値段をチェックした俺は、意外な結果に驚く。
「いや……確かに、一番大きなレストランは思ってた通りの値段だけど、結構庶民価格な店もあるっぽいな……。おっ、ミックまで入ってんじゃん!」
店一覧の中に、見慣れたファストフード店を見つけて、思わず俺は歓喜の声を上げた。
ワンコインで食えるミックのバーガーセットなら、かなりの経費節約が出来――
「い、いやいや!」
俺は、慌てて首を左右に振って、思い浮かべていた胸算用を頭から消去した。
「せ、せっかくのルリちゃんとのデート……体験版だけど……なのに昼飯がミックとか、どう考えてもダメでしょ、それは!」
そう自分にダメ出ししながら、俺は一番最初に見たシーフードレストランのページに戻る。
「やっぱり……デートなんだから、このくらい本格的な所じゃないとカッコつかないよなぁ……値段もめちゃくちゃ本格的だけど……」
メニュー一覧に並ぶ美味しそうな料理の横に添えられた四ケタの価格の圧倒的存在感に慄いた俺は、一旦ウェブページを閉じ、別のアイコンをタッチした。
新しく開いたのは――銀行のインターネットバンキングアプリである。
パスコードを入力してマイページにログインした俺は、恐る恐る自分の口座の残高照会画面を開いた。
「……マズい」
自分の銀行口座が思っていたよりやせ細っているのを目の当たりにした俺は、焦燥と絶望が入り混じった声を漏らす。
「え、う、ウッソだろ? さすがにこんなに少ないはずないぞ? ま、まさか……不正利用でもされた……?」
残高額がやにわに信じられなかった俺は、慌てて利用履歴を確認した。
……だが、
「なんてこった……全部身に覚えがある……」
仔細に確認した結果、何一つ間違っても不正利用されてもいないという残酷な結論を導き出した俺は、部屋の隅に置かれたカラーボックスを見る。
「そういえば……先月アレを見かけて、思わず衝動買いしちゃったんだっけか。それの支払いで貯金が一気に減って……」
そう言いながら、俺はカラーボックスの中に収納された『テレビアニメ版・怪進撃の巨神』ブルーレイディスクボックスの背表紙に恨めしげな目を向けた。
壮大で緻密な設定のダークファンタジー作品で、リアルタイムで追いかけていたテレビアニメのブルーレイボックスだ。
『怪進撃の巨神』は、サントラまで買うほどハマった作品なので、発売された事を知るや後先考えずに買ってしまったのだ。
初回購入特典付きで五万円近くしたが、後悔はしていない (キリッ)…………と、つい数十秒前までは思っていたのだが……。
「こんな事になるなら、買うのをガマンすりゃよかったな……」
そう思うが、まさに『後悔先に立たず』というやつだ。
……とはいえ、いくらここで嘆いたところで、減った貯金は戻らないし、ましてや増えない。
何とかして手持ちを増やさねば、体験版デートに全力ブッパできず、ルリちゃんをガッカリさせてしまう。
それはつまり……体験版デートの失敗――すなわち、失恋……っ!
「ひっ……! ど、どうすれば……」
絶望的な結末を連想して身を震わせながら、俺は懸命に頭を働かせる。
――一番確実なのは、バイトのシフトを増やして、月収を増やす事だが……あいにくと、次の給料日は一か月近く先で、ルリちゃんとの体験版デートは二週間後……今からシフトを増やしても間に合わない。
ならば……、
「だ、誰かから借りるしか……」
やっぱり、それしか無いよなぁ……と結論づけた俺だったが、
「借りるっていっても……誰から?」
と、当惑混じりの声を上げる。
……真っ先に思い浮かんだのは、一文字の顔だった。
でも……アイツの事だから、俺が借金を頼んだりした瞬間、したり笑いを浮かべて『デュフフ。しょうがないなぁ、本郷氏。まあ……余人にはビタ一文貸したくはないけど、他ならぬ親友の君になら快く応じてあげるよぉ』と恩着せがましく言ってくるに違いない。
そう考えた瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた俺は、ぶるりと身を震わせながら、首を激しく横に振った。
「……いや、あいつはパス。これ以上あいつに借りを作りたくねえし。……特に金銭関係で」
そう呟いた俺は、他にアテはないか考える。
ええと……俺の知り合いで、他に借金を頼めそうなのは……。
――藤岡さん……?
「……いや、ダメだろ」
穏やかな微笑を浮かべる年上の男の顔が脳裏に浮かんだが、すぐにかぶりを振った。
……確かに、藤岡さんなら、俺が頼み込めば快く金を貸してくれるだろう。
けど……彼は、かつて俺が片想いしてたミクの彼氏だし……何より、ルリちゃんが片想いしてた人だ。
今となっては、藤岡さんに対してネガティブな思いは抱いていないものの……それでも、ルリちゃんとのデートの為の借金を彼に頼むのは――俺のちっぽけな矜持が許さない。
「……あの人に金を借りるのは……無しだな」
そう呟いた俺は、観念して小さく息を吐き……スマホの電話帳を開いた。
「できれば頼りたくなかったけど……しょうがない」
そう自分に言い訳しながら、俺は電話帳に並んだ名前の中のひとつをタッチし、通話ボタンを押す。
かけてから3コールで、応答があった。
『……もしもし?』
「あ……俺だけど」
スピーカーから上がった久しぶりに聞く声に、俺は少しはにかみながら応える。
「ちょっと相談したい事があってさ……。今、話しても大丈夫かな? 母さん」




