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第三百四十三訓 行先を決める時はよく話し合いましょう

 「じゃあ……」


 パソコンの画面に映る水族館マップに表示された“サンライズ水族館”の文字を囲むようにマウスカーソルを動かしながら、俺はルリちゃんに尋ねる。


「サンライズ水族館にする? デートの行先……」

『うーん……』


 俺の問いかけに、ルリちゃんは迷うように唸った。


『そうだね……確かに悪くはないんだけど……この前行ったばっかりだから、今回は出来れば別の所の方がいいかも……』

「あぁ……確かに」


 少し間が開いてから返ってきたルリちゃんの答えを聞いて、俺は (それもそうか)と納得し、ならばと再び水族館マップに目を凝らす。


「なら、他の水族館で、良さそうな所は……」

『あのさ……』


 ルリちゃんが、俺に声をかけた。


『ひとつリクエスト増やしていい?』

「もちろん。どんな事?」

『どうせ行くなら、海が近くにある水族館がいい……かも』

「おっけー」


 彼女の言葉に気安く頷いた俺は、地図の海沿いにあるペンギンマークのひとつにマウスカーソルを合わせ、表示された建物名を読み上げる。


「じゃあ……ちょっと遠いけど、ここは? えーと……『アクアランド・大粗(おおあらい)』って所」

『……お……おあら……い』


 水族館の名前を聞いたルリちゃんが、ぼそりと呟いた。

 だが、ペンギンマークをクリックして開いた施設情報を読む事に意識が向かっていた俺は、その呟きを軽く聞き流す。


「ここにいるのはフンボルトペンギンで……へえ、四十羽もいるみたい。……あ、週末なら、ペンギンの餌やりイベントとかもあるみた――」

『……ゴメン。そこはパスで』


 俺の話を遮るように、ルリちゃんが声を上げた。

 その声に、どこか辛そうで頑なな響きが含まれている事に気付いた俺は一瞬戸惑うが、すぐにその理由に思い当たって、ハッと息を呑む。


「あ……大粗って……」

『……ゴメン』


 ルリちゃんは、少し沈んだ声でもう一度謝った。


『もう一ヶ月経ったけどさ……多分、あそこ(大粗)に行ったら、どうしてもあの日の事を思い出しちゃうと思うから……』

「あ……」


 俺の脳裏に、夏の終わりの思い出が蘇る。

 ――早朝の穏やかな陽の光が照らす砂浜で、幼馴染と楽しげに遊ぶルリちゃんの姿を……。


『ワガママ言って、ホントにごめんね……』

「わ、ワガママだなんて、そんな事ないよ!」


 ――その数時間後、藤岡さんへの叶わない想いを諦める事を決めて、昼下がりのファミレスのテーブルで人目も憚らず泣いていたルリちゃんの姿を思い返しながら、俺は上ずった声で叫んだ。


「むしろ、俺の方こそゴメン! あの日君がどれだけ辛かったか知っていたのに、よりにもよって大粗を選ぶなんて……いくら何でも無神経過ぎた……」


 自分の迂闊さを心の底から呪いながら、俺はスマホに向かって深々と頭を下げる。


「いくら謝っても足りないと思うけど……本当にごめんなさい」

『……ううん、だいじょうぶ』


 ルリちゃんは、俺の謝罪にクスリと笑いながら答えた。


『ソータに悪気があった訳じゃないのは分かってるから、そんなに謝んないでいいよ。むしろ、一ヶ月も経ってるのに、何まだ引きずってんだよって話だしさ……』

「いや……それ言ったら、一か月前の俺も同じだし……」

『あ、たしかに……』


 俺の言葉を聞いてそう呟いたルリちゃんが、クスリと笑う。


『ふふ……っ』

「……ははは」


 彼女の笑い声を聞いてホッとしたら、俺もつられた。


「ははは…………さて」


 ひとしきり笑い合ってから、俺は再びパソコンの画面に目を戻す。


「だったら、別の所を探さないとね」


 そう言いながら、俺はマウスカーソルを房総半島の方へ滑らせた。


「……ここはどうかな? 鹿野川(かのかわ)シ―ワールド」

『ああ、カノシー』


 俺の声を聞いたルリちゃんは、鹿野川(かのかわ)シ―ワールドを愛称で呼んだ。


『有名だよね。ペンギンもたくさんいそう』

「えーと……ペンギンの数は……」


 彼女の言葉を受けて、俺は新しいウィンドウで検索する。


「……数ははっきり書いてないなぁ。でも、数十羽はいるみたい。種類は……フンボルトペンギンとジェンツーペンギンとイワトビペンギン……あと、オウサマペンギン」

『オウサマペンギン!』


 俺の最後の言葉を聞いた瞬間、ルリちゃんの声が弾んだ。


『オウサマペンギンもいるんだっ!』

「あ、ああ……うん」


 興奮しきりなルリちゃんの反応に少し戸惑いながら、俺はカノシーのホームページで詳しい情報を確認する。


「……今は、十二羽くらいいるみたい」

『そんなにいるんだ……っ!』

「……ひょっとしなくても、オウサマペンギン好きなの、ルリちゃん?」

『もっちろん!』


 俺の問いかけに即答したルリちゃんだったが、すぐ妙に慌てた口調で付け足した。


『……あっ! べ、別に、オウサマペンギンだけが好きだって訳じゃないからねっ! 他の種類もちゃんと好きだよ! もちろん、ケープペンギンもっ!』

「あ、そ、そうなんだ……」

『だから、そんな目であたしを見ないでぇっ!』

「……見ないで?」


 ルリちゃんの絶叫を耳にした俺は、思わず怪訝な顔をして首を傾げる。


「見ないでも何も、今は音声通話だから、俺から君の事は見えないんだけど……」

『あ、違う! 今のはソータに言ったんじゃないの!』

「……え?」


 俺は、彼女の答えにますます混乱した。


「お、俺に言ったんじゃないって……ひょっとして、そっちに誰かいるの?」

『え? う、ううん……そうじゃなくって……ペンジローが』

「ぺ、ペンジローっ? な、何そのヘンテコな名前ッ? ……っていうか、そんな男が君の近くにいるのッ?」

『だーかーらーっ! そういうのじゃないって!』


 思いもしない第三者の存在を知って取り乱す俺に、ルリちゃんはウンザリ声を上げる。


『男でも人間でも、なんなら生物でもないっつーの!』

「……へ?」

『ペンジローっていうのは、あたしの部屋に置いてあるケープペンギンのぬいぐるみの事だよっ! ――ほら、さっきも話に出た、サンライズ水族館のイベントの優勝賞品だったやつ!』

「あ……!」


 ルリちゃんの言葉を聞いて、俺はようやくペンジローが何者……いや、何()なのかを理解した。


「あの……優勝したホストの人から譲ってもらった、実物大のペンギンのぬいぐるみかぁ……。そういえば、君の部屋のベッドに置いてあったね」

『ようやく思い出したか……』


 俺の呟きに、ルリちゃんは呆れ声を上げる。


『ていうか、普通“ペンジロー”って名前を聞けば、人間じゃない事くらい分かりそうなもんだけど……』

「ぐ……そ、そうかもしれないけど……」


 彼女のツッコミに、俺はぐうの音も出ずに、それでも口を尖らせた。

 ……と、


『……まあ』


 ルリちゃんの呟き声が、スピーカーから零れ聞こえてくる。


『……あたしが他の……緒にいるって勘ち……し……ラシーを……れたのは、ちょっとうれ……』

「……え? なんか言った?」

『ッ! な……なんでもないっ! こっちの話!』

「……?」


 自分の問いかけに対し、何故か妙に動揺した感じの早口でルリちゃんが答えた事に違和感を覚えながら、俺は思わず首を傾げるのだった……。

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