第三百四十二訓 提案は常に二手三手先を読んで行いましょう
その日――。
二時限目から大学の講義に出た俺は、当然のようにエンカウントした一文字に、昨夜の件を話し、ルリちゃんとの“体験版デート”の行先に対するアドバイスを求めた。
――だが、俺の話を一通り聞き終えた一文字は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、「……逆に訊くけど、このボクが“女子とのデート場所”に関して適切な助言が出来ると思うのかい?」と返すだけだった。
……まあ、言われてみれば、その通りだ。
明らかに訊く相手を間違えているのは明白……なのだが、だからといって、他にこんなデリケートな事を相談出来るような同世代の知り合いは、俺にはいない。
……いや、
正確に言えば、いなくはないんだけど。
そう――ミクとか、藤岡さんとか。
でも……正直、『自分が少し前まで想いを寄せていた幼馴染』や『今自分が好きな女の子が少し前まで想いを寄せていた (彼女の)幼馴染』には、なかなか相談しづらい訳で……。
今更、(こんな事なら、もっと積極的に他人とコミュニケーションを取って、気楽に恋愛事を相談できる友達をたくさん作っておけば良かった……)と、これまでの人生で貫いてきた陰キャ仕草を悔やむも、“時すでに遅し”だった……。
そんな感じで、溺れかけて掴んだ藁からあっさりとつれない答えを返された俺は、午後の講義の間中ずっと、頭の中に刻み付けられているルリちゃんとの思い出を捲りながら、彼女が喜んでくれそうなデートの場所を考えた。
そして、出た答えは――。
◆ ◆ ◆ ◆
『……水族館?』
その日の夜八時、
昨夜と同じようにLANE通話をつないだスマホのスピーカーから、ルリちゃんの少し怪訝な声が聞こえてきた。
「う、うん……」
半日がかりで出した結論を彼女に伝えた俺は、自宅のベッドの上で正座したままでコクンと頷き、緊張しながらおずおずと尋ねる。
「い、いかがでしょう……」
『……』
ルリちゃんは、俺の問いかけに対し、すぐには答えなかった。
胸をドキドキさせながら彼女の答えを待つ俺だったが、自分の提案にはそれなりに自信がある。
……とはいえ、
『……そだね』
少し考えていたルリちゃんから返ってきた答えは、俺が考えた通りのものだった。
『いいんじゃないかな、初めて行くデート……“体験版”だけど……の行先としてはさ。っていうか、水族館なら普通に行きたい』
「そ、そうっ?」
彼女の答えを聞いた俺は、思わず声を弾ませる……が、少し心配になって、恐る恐る尋ねる。
「……本当に水族館で大丈夫? もし、他にも行きたい場所があるのに俺の意見に合わせてくれたんなら、そういう気遣いはいらないから、遠慮なく言って。もちろん、君の希望の方を優先するから――」
『いや……別に気遣ってなんかないけど』
俺の問いかけに対し、ルリちゃんは当惑混じりの声で答えた。
『まあ……昨日アンタに「考えといて」って言われたから、いくつか行きたいところは考えてたけどさ』
「だったら……」
『でも……“水族館”は、その候補の中にも入ってたし、今実際にソータから言われたら、行きたいって思えたから、水族館で……ううん、水族館がいい』
そうキッパリと言った彼女は、少し間を置いてから、『出来れば……ペンギンがたくさんいるところがいいけど』と続けた。
それを聞いた俺は、にんまりと笑う。
「ペンギン好きだもんね、ルリちゃん」
『ま、まあね……』
「――そう言うと思って、あらかじめ調べてあるよ。ペンギンがいる水族館がどこかとか」
実は、『もし、デートの行先が水族館に決まったら、ルリちゃんはペンギンを一番見たがるはずだ』と予測していた俺は、見事予想が的中した事に得意満面の表情を浮かべながら、ベッドの上からローテーブルの前へと移動し、テーブルの上に置いていたノートパソコンを開いた。
『ホント? ……なんか、妙に準備がいいなぁ』
スピーカーモードにしてパソコンの横に置いたスマホから、ルリちゃんの怪訝な声が聞こえてくる。
『なんか、いつものソータっぽくない』
「え? そ、そうかな……?」
ルリちゃんにズバリと言われて、口では疑問の声を上げつつ内心では(そうかも……)と同意してしまいながら、俺はノートパソコンのWEBブラウザの上部に並んでいるタブのひとつを押した。
「えーと……」
とひとりごちながら、開いたWEBページに表示された関東地方の地図に目を這わせる。
「ペンギンと会える水族館マップ」とタイトルが付いた地図のところどころに付いているペンギンマークにカーソルを合わせると、ペンギンを飼っている水族館の情報がポップアップ表示された。
その中には、見覚えのある名称もある。
「サンライズ水族館か……」
『あぁ……あそこね』
懐かしさを覚えた俺が思わず漏らした呟きに、どこか少し複雑な響きを含んだ相槌が返ってきた。
『六月だったっけ……みんなでいっしょに行ったよね』
「うん……」
『……色々あったけど……楽しかったよね』
「……そうだね」
少ししみじみとした感じのするルリちゃんの声を聞きながら、俺も少し感傷を覚えながら頷く。
正直……あの時は、互いの幼馴染が過剰にイチャコラしないように監視と牽制してた事ばかり覚えていて、展示されていた魚たちや海洋生物に関する記憶は薄かった。
……でも、成り行きでルリちゃんと一緒に参加する羽目になった『第25回・最高のカップルは誰だ? チキチキ! 走って答えてクイズ大会』でのあれやこれやは、今でも鮮明に覚えている。
あの時の事を思い返したら、無意識に頬が緩んだ。
「ふふ……」
『え? 何笑ってるの?』
「あ、いや……」
思わず漏れた笑い声を聞きつけたルリちゃんの問いかけに、俺はどこか気恥ずかしくなって、「別に……なんでもないよ」とはぐらかすのだった。




