第三百四十訓 一緒に出かけるならまず予定を合わせましょう
……と、
『お、おっほん……』
ルリちゃんは妙にわざとらしい咳払いをしてから、ぽつりと呟いた。
『体験版……デート、ねえ……』
「は、はい……」
考え込むような彼女の声をスピーカー越しに聴きながら、俺は内心ドキドキしつつ、おずおずと尋ねる。
「で……い、いかがでしょう……?」
『…………うん』
探るように俺が問いかけると、少し間を置いてから、ルリちゃんの答えが返ってきた。
『そうだね……まあ、悪い考えじゃあないんじゃないかな……』
「そ、そう思うっ?」
彼女の答えを聞いて、俺は思わず胸と声を弾ませながら身を乗り出す。
「じゃ、じゃあ……体験版……ルリちゃん的にはオッケーって事?」
『ま……まあ……そんな感じ。まあ――正直、“体験版”って喩えのセンスはアレだと思うけど……』
「センスは……正直スミマセン……」
ルリちゃんの容赦ないツッコミに、俺は返す言葉も無かった。
一瞬、(ま……まあ、元々“体験版”で喩えたのは一文字の奴だし)という言い訳が頭を過ぎったが、それを口にしてしまうと、より一層ダサくなると思って、口から出かけた言葉をすんでのところで呑み込んだ。
その代わりに、念押しでもう一度彼女に確認する。
「俺のセンスはともかく……本当に体験版デートを受けてくれるの?」
『そ、そうだよ……』
俺の問いかけに、ルリちゃんは少しどもりながら答え、少しムッとした様子の声を上げた。
『さっきからそう言ってんじゃん。まったく、何回同じ事言わせんのさ……』
「あ、ご、ごめん……」
彼女の声で不穏さを感じ取った俺は、慌てて謝る。
そんな俺の謝罪に、『……ま、いいけどさ』と呟いたルリちゃんは、『それで……』と続けた。
『その……た、“体験版デート”って……いつにするの?』
「そうだね……」
ルリちゃんに尋ねられた俺は、天井を見上げながら、うーんと唸る。
……正直、俺としては、早い方がいい。
ルリちゃんと付き合えるか、それともフラれるか――どちらともハッキリしない宙ぶらりんな状態で、ずっと待ち続けるのが心理的にキツいというのはもちろんあるが……それ以上に、できるだけ早く彼女に会いたかった。
ルリちゃんの顔も見たいし、笑いかけられたいし、電話のスピーカー越しじゃなくて直接声を聞きたいし、その声で紡がれるキツいツッコミを浴びせかけられたい……なんか、最後のやつは真性のドMみたいだけど……。
……そんな自分のリビドーが口から溢れ出て来ようとするのを懸命に堪えながら、俺は問い返す。
「ぎゃ、逆に……ルリちゃんの方は、いつなら都合いい?」
『あたし?』
質問を質問で返されたルリちゃんは、少しビックリした感じの声を上げた。
『ええと……ちょっと待ってて』
ルリちゃんがそう言った後、スピーカーからガサゴソという雑音が微かに上がる。
少しの間、紙をめくるような音が続き、俺はスマホを耳に押し付けたまま、固唾を呑んで待っていた。
『……お待たせ』
再びルリちゃんの声がスピーカーから聞こえてきた。
ド緊張しながら待っていた自分の体感時間的には、軽く一時間くらいは経ったような感覚だったが、実際は一分も経っていなかったようである。
『正直……来月はちょっと忙しいんだよね、あたし。ほら……十月の終わりにウチの学校で文化祭があるから、その準備でさ』
「あ……そういう事情が……」
ルリちゃんの答えを聞いて、俺はハッとした。
「そうなると……十一月に入ってからになっちゃうかぁ……」
『あ、ううん』
それじゃ、一ヶ月以上も会えないな……と思って少しガッカリする俺だったが、ルリちゃんから意外な答えが返ってくる。
『忙しいっていっても、一ヶ月まるまる予定が詰まってる訳でもないから。……そうだね、真ん中の三連休の日曜日とかなら、予定空けられると思うよ』
「あ、マジで?」
ルリちゃんの答えを聞いて、俺は慌ててカレンダーとバイトのシフトを確認した。
「……うん、日曜日ならこっちも大丈夫。ちょうど良くバイトも休みだし」
『じゃあ、その日にしよっか』
「そうだね」
俺は、ルリちゃんの言葉に頷きながら、壁に貼ったカレンダーの日付を数える。
「……ほぼ二週間後かぁ……」
『え? なんか言った?』
「あ……いや、なんでもない」
一か月後よりはだいぶ早くなったものの、それでもルリちゃんと会えるまで時間が開く事に少し落胆した拍子に思わず口からついて出たひとりごとをルリちゃんに聞き返された俺は、慌てて首を横に振った。
そんな俺に対して、ルリちゃんは『それで……』と更に尋ねる。
『その“体験版デート”って……もう、どこに行くかまで決まってるの?』
「……え?」
彼女の質問を聞いた俺は、今更ながらとんでもない事に気付いて、「あっ……」と声を上げた。
「そういえば……ルリちゃんに体験版デートの事を伝える事ばっかり考えてて、まだデートの行先までは考えてなかった……」
『……ぷっ!』
愕然とする俺の呟きに、ルリちゃんが噴き出す。
『うふふ……デートに誘ったクセに、肝心の場所をまだ決めて考えてないって……ほんとソータらしい。あはははは……!』
「ぐ……そ、そんなに笑う事無いじゃんかよぉ……」
俺は、ルリちゃんが上げる楽しそうな笑い声に思わずムッとしながら、頬を膨らませる――が、彼女が藤岡さんへの想いを諦めた頃よりもだいぶ元気になったのが感じ取れて、結構嬉しかった……。




