第三十四訓 自慢話はほどほどにしましょう
LANEで連絡を取り合った俺たちとミクたちは、館内のフードコートで落ち合った。
一足先にフードコートに着いていて、俺たちの事を待ち受けていたミクと藤岡の距離感は、トイレ前で別れた時とそんなに変わっていないように見えた。何というか、初々しいというか、まだぎこちないというか……。
この分では、ふたりきりで館内を回っている間に、距離感を縮めるような――恋愛アドベンチャーゲームだと、スチルの一枚絵が表示されるような特殊イベントは起こらなかったようだ……。俺は、心中秘かに安堵する。
一方の立花さんは、藤岡の姿を見るや、
「もうっ! あたしがトイレに行っている間に、何勝手に単独行動してんのよ!」
と怒鳴りながら、藤岡に駆け寄り、鋭いローキックを放った。
だが、藤岡はその場から軽快に飛び退いて、立花さんの鋭い蹴りをあっさりと躱すと、
「ははは、ゴメンゴメン」
そう言いながら、余裕の顔で、じゃれついて来る子犬に対するように立花さんの事をあしらっていた。
さすが幼馴染。立花さんの攻撃にはもう慣れっこなのだろう。
すると、そんなふたりの様子を傍らで見ながら、ミクがくすりと微笑んだ。
「うふふ、仲が良いんですね。ホダカさんとルリちゃん。ちょっと羨ましいです」
「……ッ!」
ミクの言葉を聞いた立花さんの表情が変わるのが分かった。
「あ……ちょ、ちょっと――!」
立花さんの表情の変化を見た俺は、彼女がミクに対して暴発するんじゃないかと思って、慌てて口を挟もうとする。
――だが、その声は、藤岡の笑い声で遮られた。
「はは……いや、そうでもないよ」
「……っ!」
藤岡の声に、身体を硬直させる立花さん。
そんな彼女にも気付かぬ様子で、藤岡は軽く首を横に振りながら言った。
「最近は、顔を突き合せる度に叱られたり怒られたりしちゃってるからね。仲が良いって言うよりは、口うるさいオカンみたいな感じだよ」
「お、オカンッ?」
藤岡の言葉を聞いた立花さんは、飛び出さんばかりに目を見開き、愕然とした表情を浮かべ、それを見た藤岡は、慌ててフォローするように言葉を継ぐ。
「あ……ゴメン。オカンはさすがに失礼だったね。じゃあ、さしずめ、口うるさい妹……いや、どっちかというと“年下のお姉さん”ってトコだよ。もう、半分身内みたいなものだからね」
「い……妹……お姉……さん……は、半分……み……身う……ち……」
あーっ! 違うよ藤岡さんっ! それは、立花さんに対してはフォローにならないっス!
俺は、呆然としながらブツブツと呟き始める立花さんの“ザ・虚無”な顔を見ながら、思わず彼にそんな声を上げかけるが、すんでのところで思い止まる。
その代わりに、
「み、皆さんッ! た、立ち話はそのくらいにして、昼飯食いましょ! も、もういい時間ですからっ!」
と、場と空気を変える為に提案した。
そんな俺の言葉に、ミクが大きく頷く。
「あ、そうだね、颯大くん。もうお昼過ぎちゃいそうだもんね」
「そ、そーそー! もう一時半過ぎじゃん! 俺、めちゃくちゃ腹減っちゃっててさ!」
俺は、大げさな仕草で腹を擦りながら、殊更に明るい声で答えた。
……まあ、空腹のは嘘じゃない。つい一時間くらい前に、二百メートル走×十数本なんてハードな運動をしてきたのだ。腹が減らない訳が無い。
「確かに、そろそろ店も閉まってしまいそうだし。早く注文しないとマズいね」
俺の言葉に、藤岡も頷いた。
「じゃ、じゃあ、行きましょ! いやぁ~、どんなメニューがあるのか楽しみだなぁ~!」
ふたりの同意を得た俺は、大げさに声を張り上げながら、既にピークを過ぎて閑散としつつあるフードコートの中に先頭きって入っていく。
――その際、明らかにショックを受けているであろう立花さんの方に目を向ける度胸は、さすがに無かった……。
◆ ◆ ◆ ◆
「高ぇ……」
俺は、四人掛けのテーブルの上に、フードコートの店から受け取ったトレイを置きながら、げっそりとした声を上げた。
トレイの上には、少し冷めたオムライスとコンソメスープ、そして、小皿に盛られた申し訳程度の量のサラダが載っている。
表面にケチャップでイルカのイラストがオムライスは、見た目こそ小洒落た感じだが、中身のチキンライスは明らかに冷凍食品だし、コンソメスープの具も何となく少ないし、サラダのレタスも心なしかしんなりしているような気がする……。
この“イルカオムライスランチセット”、こんなんで千二百十円もするのだ。
……明らかに、値段と中身が見合っていない。
「古野屋なら、同じ金額で並盛セットが二皿食えるぜ……」
「うふふ、そうだよねえ」
ぼやく俺に、斜め向かいに座ったミクが苦笑しながら頷いた。
ミクは、ちょっと控えめな量のイカ墨パスタをフォークで巻き取りながら言葉を継ぐ。
「こういう所のご飯って、他よりも高いよね。何でかなぁ?」
「そりゃ……高くても売れるからだろ? 他に食える所無えんだもん」
俺はそう言いながら、スプーンで掬ったオムライスを口に運ぶ。
……うん、いたって普通の味だ。これで四ケタ円は……うーん。
「持ち込み出来ないからね、ここは」
と、俺の真向かいで、藤岡がチーズハンバーグをナイフで切り分けながら言った。
その言葉を受けて、ミクが残念そうな表情を浮かべる。
「持ち込み可だったら、みんなの分のお弁当を作ってきたんですけどね……」
「ミクの作った弁当……っ!」
俺の脳裏に、高校時代の記憶が蘇る。
高校時代の昼飯は、ミクが俺の分まで作ってくれた弁当だった。美味かったなぁ、こんな生温い冷凍食品のオムライスなんかより、よっぽど……。
そこまで考えた俺は、藤岡に対して少しマウントを取りたくなった。
「そ……そういえばさ。毎日、弁当を作ってくれたよな、ミク。俺の分まで――」
「え? あ、そうだねぇ」
突然の話に、ミクは少し驚いた様子だったが、すぐに顔を綻ばせると、大きく頷いた。
それを確認した俺は、ニヤリと笑って頷き返し、言葉を継ぐ。
「久しぶりにミクの弁当を食いたいなぁ」
「え? どうしたの、いきなり」
ミクは、俺の言葉に当惑しながら目をパチクリさせた。
「高校の頃は、なんかイヤイヤ食べてたじゃない。てっきり、迷惑なのかな~って思ってたんだけど……」
「あ……い、いや。そんな事は無いよ?」
「え? そうだったんだ……」
「……っていうか、ミクからはそんな風に見えてたの、俺?」
俺は、ミクの意外な反応に戸惑う。
「……あーあぁ」
「な……何さ、立花さんっ? 何、その『やっちまったな、コイツ』みたいな溜息はッ?」
俺は、呆れ交じりの嘆息をした立花さんに抗議の声を上げるが、彼女はジト目で俺の顔を一瞥すると、素知らぬ顔でピザをひと切れ頬張った。
俺は、そんな立花さんの反応が気になりつつ、ゴホンと咳払いをひとつしてから、殺気の話の続きを切り出した。
「え、ええと……そう! ミクの弁当の献立はみんな美味しいんだけど、特に玉子焼きが絶品なんだよなぁ。甘すぎずしょっぱすぎずの、ちょうどいい甘さで……」
そこまで言うと、俺は藤岡の顔をチラリと見て、わざとらしく声を上げた。
「――あ! そういえば、藤岡さんは分かりませんよね、ミクの弁当の味なんか? いやぁ、なんかすみませ――」
「そうだね。未来ちゃんの玉子焼きは美味しいよね、とっても」
「――へ?」
藤岡から返ってきた予想外の返事に、俺は呆気に取られる。
そんな俺の当惑をよそに、藤岡はミクに向かって微笑みかけながら言葉を継いだ。
「でも、僕は未来ちゃんの作る唐揚げの方が好きだな。冷めても美味しいんだから、揚げたてだともっと美味しいんだろうね」
「うふふ、ありがとうございます。ホダカさんは、いつも美味しそうに食べてくれるから、作りがいがあります」
「ファッ?」
俺は、親しげに談笑するミクと藤岡を前に愕然として声を裏返す。
そして、ミクに恐る恐る尋ねた。
「み……ミク? お前、ひょっとして……藤岡……サンに、弁当を作ってたりすんの……?」
「え? うん、そうだよ」
俺にとっては残酷なまでにあっさりと頷くミク。
そして、頬を僅かに染めながら言葉を継いだ。
「さすがに毎日じゃないけど、講義が重なった時とかにね」
「な……!」
「僕、ひとり暮らししてるんだけど、自炊とか苦手でね。毎日研究室でカップ麺を食べてたら、未来ちゃんに怒られちゃって……。それで、弁当を作って来てくれたのが、馴れ初め……ってことになるのかな?」
「なな……っ」
「もうっ! それは恥ずかしいから、そうちゃんには言わないで下さいってお願いしてたじゃないですかっ!」
「あ、そうだったっけ? ゴメン、つい……」
「な……何だ、と……ッ?」
顔を赤らめながら、楽しげに笑い合うふたりの様子をまともに見てしまった俺は、心のSAN値を使い果たし、白目を剥いてテーブルに突っ伏した。
「……バーカ」
という、もうひとりが零した、冷め切った罵声をうっすらと聞きながら……。




