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第三百三十九訓 一度試してみてから結論を出しましょう

 ――と、


『そ、そんな事はどうでもいいからっ!』


 まるで場を誤魔化すように、ルリちゃんが声を荒げた。


『さ、さっきアンタが送ってきた「提案したい事」って、一体何なのさっ!』

「あっ、それね……」


 彼女の言葉で、俺は今回伝えたかった“本題”の事を思い出す。


「なんか、話が変な方向に逸れてたから、半分忘れてたわ……」

『はあっ?』

「あっいや、ウソウソ! ジョーダンっす。ちゃんと覚えてますってば……」


 独り言をルリちゃんに聞き咎められた俺は、慌てて言い繕った。

 そして、どういう感じで彼女に“提案”の事を話そうかと、頭の中で言葉を組み立てる。


「ええと、その……“提案”っていうのは、ね……」

『……うん』

「その……昨日の俺の告は……()に対する答えを決める前に、一度お試ししてみるのはどうでしょうか……って、そういう感じのアレでして……」

『……はい?』


 俺の言葉に対して返ってきたのは、大いに当惑の響きを含んだ半疑問形の『はい?』だった。


『ええと……“お試ししてみるのはどうでしょうか”って……何を? ……ごめん、言ってる意味が良く分かんない』

「あ、ですよねぇ……」


 なるべく簡潔に伝えようとし過ぎたせいで、必要な主語やら修飾語やら目的語もすっ飛ばしてしまい、結果として彼女を逆に困惑させてしまったようだ。

 マズったと顔を顰めた俺は、気を取り直す為にコホンと咳払いをしてから、改めて話を切り出す。


「あのさ……俺たち、今まではお互いを“友達”として見てた訳じゃん?」

『……何を今更?』


 唐突な俺の確認に、キョトンとした顔がありありと思い浮かぶ声でルリちゃんは答えた。


『……そうだよ。見てたっていうか……あたしとソータは友だちだよ。……まあ、昨日アンタに、その……こ、告られたから、もう今は“タダの友だち”とはちょっと違う感じなのかもしれないけど……』

「ま、まあ……それは……うん」


 だんだんと尻すぼみになるルリちゃんの答えを聞きながら、俺は曖昧に頷き、「……って事はさ」と続ける。


「俺が“友達”じゃなくて、“恋人”になったらどうなのか――とは、今まで想像もしてなかった訳でしょ」


 そう言って、俺は苦笑を浮かべた。


「現に、俺自身もそうだったしね。――昨日、君への気持ちに気付くまでは」

『……っ』


 ルリちゃんがスピーカーの向こうで息を呑んだ気配がしたが、俺は聞こえなかったフリをして、「だから」と続けた。


「今のままじゃ、まだ色々足りないと思うんだ」

『足りないって……何が?』

「俺と付き合ってもいいかどうかを君が判断するのに十分な材料――例えば……お互いへの理解とか……さ」


 ようやく言いたかった“提案”につなげられる――そう思いながら、俺は言葉を継ぐ。


「それで……一回実際にどこかへ一緒に出かけてみるのはどうかな……って」

『出かけてみる……?』

「まあ……ストレートに言うと、友達としてじゃなくって、恋人……カップルとして、デートしてみようって……」

『で……でで……デートっ?』


 俺の言葉を聞いたルリちゃんが、狼狽した様子で声を裏返した。


『で、でも……デートっていっても……あ、あたしたちは、そんな関係じゃないじゃん……まだ……』

「そうだね、確かに。だから――」


 ルリちゃんの声に軽く頷いた俺は、小さく深呼吸してから言葉を継ぐ。


「その時だけ、俺と君がカップルだという“設定”にしてさ……お試しというか……そんな感じでデートしてみるんだよ」

『お試しで……デート?』

「そう」


 俺は、さっきラーメン屋で四十万さんたちと話をしていた時の事を思い返しながら、訝しげな声で訊き返すルリちゃんに分かるよう、説明を補足した。


「つまり……分かりやすく喩えると、“試乗会”というか……」

『……シジョウカイ? ……って何……?』


 ……あ、ルリちゃんには、“試乗会”じゃうまく意味が通じなかったみたいだ。

 まあ――まだ免許を持つ年齢じゃないし、車に興味がある感じでも無いから、ピンと来ないのも無理はないか……。


「あ、いや……」


 彼女の怪訝な声を聞いてそう判断した俺は、慌てて言い変える。


「つまり……“体験版”的な? シミュレーションというか……ロープレというか……」

『……体験版とかシミュレーションとかロープレとか……ゲーオタかい』

「あ、げ、ゲームの話じゃなくって……」

『あはは、だいじょうぶ』


 またうまく伝わらなかったと思って、慌てて言い直そうとする俺の耳に、ルリちゃんの笑い声が届いた。


『今ので、ソータの言いたい事は、なんとなく分かったよ。要するに……試しに一回“恋人”としてデートしてみてから、あたしにソータの告白に対する返事を出してもらいたい――って事なんでしょ?』

「ま、まあ……そんな感じです……ハイ」


 俺は、なんとかルリちゃんに自分の言いたい事が伝わったようだとホッとしながら、コクンと頷き、それから期待と不安で胸を高鳴らせながら、おずおずと彼女に尋ねる。


「ど……どうかな? た、体験版デート……?」

『……はぁ』


 俺の問いかけに返ってきたのは、微かな溜息だった。


『…………別に、今さ……そんなこ……ても、あた…………けど……』

「え、なんて……? ゴメン、良く聴こえな――」

『な、何でもないッ! ただの独り言!』


 聴こえるか聴こえないかくらいの微かなトーンで紡がれた声をまんまと聴き逃した俺が問いかけると、ルリちゃんはなぜか慌てた様子で声を荒げるのだった……。

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