第三百三十八訓 誤解されたらきちんと状況説明しましょう
「そ……そういう事……って?」
ルリちゃんの言葉を聞いた俺は、その意味が良く分からず、首を傾げながら訊き返した。
「そういう事って……どういう事?」
『ど、どういう事って……もちろん、そういう事だよッ!』
俺の問いかけに対し、声を荒げて同じ言葉を繰り返すルリちゃん。
それに対して、俺は更に眉を顰めながら「だから……そういう事が何なのか訊いてるんだけど」と尋ねかけたが、彼女が続けた言葉がそれを掻き消した。
『お、男が女に誘われて、こんな時間に帰ってくるって……そんなの、どこか静かなところに入って、え……エッチな事でもして――』
「ちょ! ちょっと待てえいッ!」
俺は慌てて、とんでもない事を口走るルリちゃんの声を遮る。
「し、してねえわっ! そ、そんな……エッチな事なんてッ!」
『嘘つけッ!』
必死で否定する俺の答えを、ルリちゃんは鋭い声で否定した。
『あんな美人な人と一緒にふたりっきりでいて、何もしないはずが無いじゃんッ!』
「だから、してないっつーのッ!」
ルリちゃんの決めつける声に負けないくらいの強い口調で、俺は重ねて否定する。
「つうか、実際にしてなかったでしょうがッ! 七月に、終電逃した四十万さんが俺ん家に泊まった時も」
『あっ、そういえば……』
俺の言葉を聞いたルリちゃんが、ハッとした様子で小さく声を漏らした。
その呟きを聞きながら、俺は「それに……」と言葉を続ける。
「そもそも、ふたりっきりでもないし」
『あ、そうなの?』
「そうだよ」
ルリちゃんから訊き返された俺は、彼女の声の調子が少し落ち着いた事にホッとしながら頷いた。
「檀さんっていう、四十万さんの後輩でバイト先の人事をしてる人。訊かれる前に答えるけど、一応若い女の人。もっとも、もう結婚してて、旦那さんとラブラブだから、どう転んでも俺とそういう事にはなり得ません! って事でYou Knowッ?」
『あ、アイノウ……』
一気に捲し立てた俺の剣幕に気圧されたのか、ルリちゃんは少しどもりながら英語で答え……それから少し照れくさそうな声で『……分かった』と言い直す。
『じゃあ……本当に何も無いんだね?』
「だから、最初っから言ってんじゃん……」
彼女の声のトーンから、どうやら誤解が解けたらしいと察した俺は、安堵の息を吐きながら、半ば無意識に心の声を漏らした。
「つうか……俺がそういう事をしたいと思うのは、君だけ――」
『ふぇえっ?』
「……あっ」
スピーカーからルリちゃんが上げた小さな叫び声を聞いて、自分が何を口走ったのか気付いた俺は、顔からサーッと血の気が引くのを感じたが……時既に遅し。
『な、なななな……何いきなり、い、言ってんのさ……』
「あ、いや、その……それは……」
めちゃくちゃ動揺した様子で、声を上ずらせてどもりまくる彼女の声を聞きながら、俺はどうやってごまかそうかと考える……が、(まあ……昨日『好きだ』って告っておいて、誤魔化すのも今更かぁ)と思い直し、
「ま、まあ……言葉の通り……です」
と開き直る事にする。
それに対し、少しの間沈黙してから『…………ガッツリスケベ……』とぼそりと呟いたルリちゃんは、それからすぐに気を取り直すように声のトーンを上げた。
『てっ、ていうか! じゃあ、こんな遅い時間まで三人で何してたのさッ?』
「あ、ああ、うん」
話の流れが変わった事に内心でホッとしながら、俺はルリちゃんの問いかけに答える。
「実は……三人でラーメン食べに行ってた」
『…………は?』
……あ、マズい。
ルリちゃんから返ってきた声が、さっきまでより2オクターブは下がった事に気付いた俺は、自分が地雷を踏み抜いたらしい事を悟った。
青ざめる俺の耳に、静かな……それでいて絶望的な圧を感じさせるルリちゃんの声が響く。
『……ラーメン? アンタ、今までシジマさんたちと一緒にラーメン食べてたの?』
「あ……は、はい……」
『……あたしが昨日からずっと……考えて考えて、考え過ぎて寝不足になるまで悩んでたのに、アンタは呑気にラーメンを食べてたと?』
「あ……そ、その……すみません……」
『「提案があるからちょっと待ってて下さい」みたいなメッセージが来たから、ずっと続きを待ってたのに……その間アンタはアホ面でラーメンをぉッ!』
「た、大変申し訳ございませぇんッ!」
激しい怒りを露わにしたルリちゃんに、完全クレーム対応モードで深く謝罪した俺……だったが、ふと何かが心に引っかかって、「……あれ?」と思わず首を傾げた。
「……『メッセージが来てからずっと続きを待ってた』って……でも、LANEのメッセージはずっと未読のまんまだったと思うけど……?」
『あ……』
「だから、メッセージに気付いてないと思ってて……追加で何か送った方がいいかなって迷ってたら、さっきの『まだ?』ってメッセージが送られてきて……って感じだったんだけど、ひょっとして――もっと前から気付いてた? 俺のメッセージに……」
『そ……それは……』
俺の問いに、ルリちゃんは一瞬言い淀んだ……が、すぐに答えた。
『そ、そうだよっ! アンタがメッセージを送った時に来た通知で読んだの! それからずっと続きが来るのを待ってたのに、アンタはノホホンとラーメンを……!』
「い、いやいや!」
なぜか妙に早口で声を荒げるルリちゃんに、俺は更なる疑問をぶつける。
「読んで内容を知ってたんなら、なんですぐに返信してくれなかったの? 君から返事が来たら……いや、せめて既読になった時点で、ラーメンなんか放っておいてすぐに連絡するつもりだったよ、俺」
『……』
「なんで、読んだのに未読のまんまにしてたの?」
『そ、それは……』
ルリちゃんは、俺の問いかけに答える事を躊躇していたようだが、やがて観念した様子でぽつぽつと言葉を紡いだ。
『だ、だって……メッセージが来てすぐに既読が付いたら、なんか……そ、ソータからの連絡をずっと待ってたみたいに思われそうだな……って……は、恥ずかしかった……から』
「……っ!」
本当に恥ずかしそうなルリちゃんの声を聞いた途端、彼女への愛おしさが心からあふれ出て、たちまちのうちに俺の胸と頬をカッと熱くさせたのだった……。




