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第三百三十七訓 大事な話は落ち着いた場所でしましょう

 「ひぃ……っ!」


 ――『さっきの続き、ずっと待ってるんだけど』という文字だけにもかかわらず、なぜかルリちゃんが不機嫌そうな声でそう言ったのが聞こえてきた気がして、俺は思わず身を竦めた。

 慌てて周囲を見回し、ルリちゃんの姿を探す。

 深夜の商店街を歩く人の姿はまばらで――当然ながら、その中にルリちゃんはいなかった。


「そ、空耳か……」


 念の為にもう一度首を巡らし、間違いなく彼女の姿が見えない事を確認してホッと胸を撫で下ろした俺は、再びスマホの画面に目を落とす。

 とりあえず、何か返事しないと――と思って、一旦はトーク画面のメッセージウィンドウに親指を触れた俺だったが、


「ど、どうしよう……」


 文字入力する寸前のところで妙に緊張してしまって、動かしかけた指を止めた。

 ……と、


 “ピロリンッ!”


「うひょおっ!」


 俺の躊躇を見透かしたようなタイミングで鳴った通知音に、俺は裏返った悲鳴を上げる。

 慌てて目を落としたLANEのトーク画面の下に、新しいメッセージが表示されていた。


『既読付いてるってことは、あたしの見えてるよね?』

『もうめんどいから通話していい?』

「え、えぇっ?」


 新着メッセージを読んだ俺は、驚きと当惑が混じった声を漏らす。

 今からルリちゃんの声を聴けるのは少し……いや、だいぶ嬉しいけど、ちょっとまだ心の準備が出来てない。

 しかも、今はまだ家への帰路の途中だ。どうせなら、もっと落ち着いた状況で彼女と話をしたい。……これからルリちゃんにしようと思ってる提案は、今後の俺の恋の行方を左右する結構重要なものになるし。


「……よし」


 歩道で立ち止まったままだった俺は、大きく深呼吸してからスマホの上に指を走らせ、文字を次々と打ち込む。


『今、まだ家に帰る途中なので、もうちょっと待っててください』

『駅前の商店街を歩いてるから、あと十分しないくらいでこっちから連絡します』

『連絡は、メッセージじゃない方がいいですか?』


 文字を打ち込んでいる間にルリちゃんから電話がかかってきてしまうんじゃないかとハラハラしながら、大急ぎでメッセージを次々つるべ打ちした俺は、向こうからの返事も待たず、早足で家へと急ぐのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「はぁ……はぁ……ふぅ」


 気が逸るあまり、最後には全力ダッシュした俺は、ルリちゃんにメッセージを返してから三分くらいで家に着いた。

 息を切らせながら鍵を回してドアを開けた俺は、足をばたつかせてスニーカーを脱ぎ、そのまま部屋に飛び込むように入る。

 朝起きた時のまま乱れているベッドの上に腰を下ろした俺は、まず手に持っていたスマホを覗き込んだ。

 最後に俺が送った『連絡は、メッセージじゃない方がいいですか?』のメッセージの後に、新たに受話器を耳に当てている猫キャラのスタンプが返信代わりに押されている。もしかしなくても、『音声通話で』という答えだろう。

 走ってきたせいで乱れている息を何度も深呼吸して整えてから、俺は「……よし」と自分に声をかけ、LANEの音声通話の発信ボタンをゆっくりと押した。

 一瞬間を置いて画面が切り替わり、発信画面にな――


『あっ、はいっ!』

「早ッ!」


 瞬時にスピーカーから上がったルリちゃんの声に、俺はビックリして思わず叫んでしまう。


『はぁ?』


 間髪を入れずに、スピーカー越しに不機嫌そうな響きを湛えた声が返ってきた。


『なにさ? 出るのが早かったら悪いの?』

「あ、いや……ゴメン」


 見えなくても、頬を思い切り膨らませているだろう事がありありと分かるルリちゃんの声のトーンに気圧されながら、俺は謝る。


「べ、別に悪い訳じゃ全然ないんだけど……あまりに早かったから、ビックリしちゃって……」


 下手に取り繕ったら逆効果だと判断して正直に釈明した俺は、彼女の機嫌を損ねないよう注意しながら、おずおずと「……っていうか」と続けた。


「ひょっとして……俺が電話かけるのをずっと待ち構えてた?」

『当ぜ……あ、う、ううんッ!』


 ルリちゃんは、一旦口にしかけた言葉を、慌てた様子で言い直す。


『べ、別に待ってた訳じゃないよ! た、たまたまスマホをいじってたらソータからの着信が来たから、思わず取っちゃっただけで……』

「あ、そ、そうなんだ……」

『だ、だから、ソータから連絡が来たから嬉しくて秒で出ちゃったとかじゃ絶対に無いんだからねッ! あまりうぬぼれんなよコノヤローッ!』

「アッハイ……分かっております……」


 妙に必死な声で頑なに否定するルリちゃんに違和感を覚えつつ、俺は少しガッカリした。

 ……と、


『……っていうか』


 少し声のトーンを落として、ルリちゃんが尋ねてきた。


『今家に帰ってきたって……遅くない?』

「あ……まあ、うん」

『……ソータのバイトって、いっつもこんなに終わるの遅いの? 疲れちゃわない?』


 彼女の声には、心配そうな響きが含まれている……ような気がする。


『あんまり働き過ぎたら、体壊しちゃうよ? 大丈夫?』

「あ……いや」


 どうやら、ルリちゃんは俺の体の事を気遣ってくれているらしい。

 その事に嬉しさと後ろめたさを感じながら、俺はおずおずと答える。


「その……実は、バイトが終わったのは九時過ぎくらいで……」

『え?』


 俺の答えを聞いたルリちゃんが、怪訝な声を上げた。


『九時にバイトが終わったのに、今帰ってきたの? もう夜中の十二時過ぎだよ?』

「ええと……それがですね……」


 ルリちゃんからの疑問の言葉に気まずさを感じながら、俺は言葉を継ぐ。


「君も前に会った事があるでしょ、四十万さん……」

『……あ、うん。シジマさん……ソータのバイト先の上司だっていう、美人な女の人だよね?』

「う、うん」

『で……そのシジマさんが、ソータが帰るのが遅い理由と何の関係が?』

「じ、実は……あの人に誘われて――」

『ええッ?』


 “バイトが終わった後にラーメン屋で晩ご飯食べてました”と続けようとした俺の声は、ルリちゃんが上げた素っ頓狂な声によって唐突に遮られた。


『あ、「あの人に誘われて」……って、あ、アンタまさか……あのシジマさんと……そ、そそそ……()()()()()を……ッ?』

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