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第三百三十六訓 あまり遅い時間に連絡を取るのは控えましょう

 ラーメン屋の前で、酔っぱらって足元もおぼつかない檀さんを介抱しつつ家まで送り届ける四十万さんと別れた俺は、まっすぐ帰路についた。

 バイト先の最寄り駅と自宅のある赤発条駅までは、電車で十分ほどかかる。

 ラーメン屋で飲んだビールのせいか、なんとなく胃の気持ち悪さを電車の中で感じていた俺は、駅前のコンビニで酔い覚まし代わりの清涼飲料水を買ってから、自宅のアパートに向けて歩き出した。


「ふぅ……」


 静寂に包まれた夜の商店街を歩きながらペットボトルのフタを開け、グビグビと飲んだ俺は、良く冷えた清涼飲料水によって胃の中の不快感が和らぐのを心地よく感じながら、一息つく。

 それから、何の気なしにポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。


「……」


 胸の高鳴りを感じながら、スマホのスリープを解除し、メッセージの新着通知が届いていないか確認する。

 ……が、


「……来てない、か」


 特に何のポップアップも表示されないスマホの画面を見ながら、俺は安堵と失望が入り混じる複雑な思いを抱いて溜息を吐いた。


「やっぱり……もう寝ちゃってるのかな?」


 そう思いつつ、俺はスマホの上に表示された現在時刻を確認する。

 “23:57”……まだ、ギリギリ日付を跨いでなかったが……。


「そういえば……八月に俺の家に来た時も、十二時過ぎに爆睡してたしな、ルリちゃん……」


 ふと、俺はひと月半前の事を思い出す。

 そう、あの時は……花火大会の日にミクにフラれた俺の事を心配して、わざわざ家まで様子を見に来てくれたんだっけ。

 それで……コーヒーを淹れている間に、テーブルに突っ伏して爆睡したせいで終電を逃したルリちゃんが、そのままウチに一泊して――。


「……っ!」


 あの時見たルリちゃんの安らかな寝顔を思い出した俺は、顔面を火照らせた。

 自分の気持ちに気付いていなかった当時でもドキリとしたが、彼女に恋している事を明確に自覚した今の俺に、あの緩み切った可愛らしい寝顔は特効過ぎる……!


「い、いかんいかん……!」


 鮮明に再生された画像を記憶野の奥に引っ込めようと激しく首を横に振りながら、俺は一度閉めたペットボトルのフタを開け、残っていた清涼飲料水を一気に飲み干した。


「ふぅ~……」


 空になったペットボトルから口を離した俺は、気を落ち着かせようと大きく深呼吸する。


「……そうだ」


 冷たい液体と深呼吸で何とか平静を取り戻した俺は、ふと思い立って、LANEを起動した。

 さっき取り急ぎ送ったメッセージだけじゃ不十分だと思って、「今日はもう遅いので、詳しい内容は明日改めて伝えます」と追加しようと思ったのだ。

 ……が、


「……えっ? き、既読付いてるっ?」


 トークページの一番下――さっきラーメン屋で俺が送った『ちょっと提案したい事があるので、昨日の件の返事はもうちょっと待って下さい。あとでまた連絡します』というメッセージの右側に、『既読』という小さな文字がいつの間に付いていた事に気付いて、俺は仰天した。


「え……つ、ついさっきチェックした時には何も付いてなかったのに……」


 確か……最後にLANEの画面を見たのは、コンビニに入る前だったから、まだ十分も経っていない。

 ……つまり、ルリちゃんがここ十分以内に俺からのメッセージを読んで、既に内容を把握しているという事……!


「やべぇっ! ……かどうかは分からないけど……ど、どうしよう……?」


 さっきまで『既読』の表示が付かない事にモヤモヤしていたクセに、いざ読まれたと分かった途端、クソ狼狽する俺。


(ルリちゃんは、コレ(メッセージ)を読んでどんな反応を返してくるんだろう……?)


 そんな事を考えながら、俺は商店街の道の真ん中に佇んだまま、心臓を早鐘どころかドラムロールのように高鳴らせて画面を凝視する。

 ……が、


「……返ってこないな……反応」


 たっぷり一分近くもスマホとにらめっこしていたのにも関わらず、ピクリとも動かないトーク画面に、俺は思わず怪訝な声を上げた。

 ……てっきり、ルリちゃんの性格だったら、メッセージが届いている事を知ったら即リプしてくるものと思っていたのだが、まさかの無反応。

 正直……拍子抜けだ。

 ――いや、


「ひょっとして……これは、いわゆるひとつの『既読スルー』というヤツを食らっている……?」


 フッと頭を過ぎった可能性を何気なく口に出した俺は――みるみる顔面から血の気が引いていくのを感じた。


「や、やべえ……! ルリちゃんに、反応するのも面倒くさがられて……いや、鬱陶しがられて……い、いや、まさか愛想を尽かされた……?」


 次々と悪い可能性が思いつき、口をついて出る事で自分の中での信憑性がみるみる増していき、不安感が雪だるま式に膨らんでいく……。


「ど、どうしよう……! と、とりあえず、やっぱりさっきのメッセージの補足を送るべきか……いや、でも、もうすぐ日が変わりそうだし……こんな深夜にメッセージを送ったら、デリカシーがないと思われそうだよなぁ……」


 スマホの画面を穴の開くほどに凝視しながら、俺は今すぐ新たなメッセージを送るか、それとも明日の朝になってから送るべきか激しく迷う。

 ……と、その時、


 ――“ピロリンッ”


「ヒッ!」


 唐突にスマホから上がった通知音に驚き、体をビクリと震わせた俺は、恐る恐る画面を覗き込んだ。

 ……さっきまで最新だった俺のメッセージの下に、新しいメッセージの吹き出しが増えている。


『まだ?』

「……うぃっ?」


 二文字だけのシンプルなメッセージに、俺は当惑の声を漏らした。


「ま、『まだ?』って……なにが?」


 思わずスマホに向かって問いかける俺。

 と……、


 “ピロリンッ!”


「うひぃっ?」


 まるで俺の問いかけに応えるようなタイミングで再び上がった通知音に、俺はさっき以上に素っ頓狂な声を上げ、慌ててスマホを覗き込む。

 そこに記されていたのは――。


『さっきの続き、ずっと待ってるんだけど』


 という、そこはかとなく不穏な圧を感じるメッセージだった……。

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