第三百三十四訓 334という数字の並びですぐに「なんでや阪神関係無いやろ!」を連想するのはやめましょう
一瞬だけ真剣な表情をした檀さんだったが、すぐに表情を和らげると、「……って事で」と続けながら、隣の四十万さんに微笑みかけた。
「香苗先輩お願いしまーす!」
「ふぇ?」
ちょうど最後の野菜餃子を口の中に詰め込んだところだった四十万さんは、急に檀さんから話を振られた事にビックリした様子で、頬をリスのように膨らませたまま目をパチクリさせる。
「ほぅあふぁふぃのふぁん? ……檀ちゃん、話終わるのちょっと早くない?」
「うふふ、ごめんなさーい」
慌てて口の中の餃子を水で流し込む四十万さんからの文句に、檀さんは軽い調子で謝り、少し困った顔で「でも……」と続けた。
「さっきも本郷くんに言いましたけど、私はそのルリちゃんって女の子の事を何も知らないんですから、アドバイスなんてこれくらいしか無いですよ」
そう言ってビールをグビリと呷った檀さんは、ジョッキの縁から離した唇を三日月の形に上げる。
「それに比べて、香苗先輩はその子の事を良く知ってるみたいじゃないですか。だったら、私よりも的確な助言を本郷くんにしてあげられるんじゃないですか? ――本郷くんも、そう思うでしょ?」
「えっ? ええと……」
唐突に檀さんから同意を求められた俺は、キョドりつつぎこちなく頷いた。
「ま、まあ……確かにそうかもしれないっすね」
「いや……確かに、あの子に会った事はあるけどさぁ」
俺が檀さんの意見に同意して頷いたのを見た四十万さんは、少し困った顔で頭を掻く。
「間接的にはホンゴーちゃんから色々聞いてるけどさ、直接顔を合わせて話したのは、ほんの十分くらいだよ? その程度じゃ、『良く知ってる』うちには入らないような気がするけどなぁ……」
そうぼやくように言った四十万さんだったが、気を取り直すように小さく息を吐いてから、コクンと頷いた。
「ま……いいんじゃない?」
「え……と、な、なにが……でしょうか?」
「だから……君が考えた“彼氏体験版”のアイディアが、よ」
呆れ顔でそう答えた四十万さんは、箸を丼の中に入れて、浮いた麺を掬いながら言葉を継ぐ。
「やってみればいいと思うよ。君がふざけてる訳じゃなくて本気で考えたって事がちゃんと伝われば、どんな提案でもドン引きしないでちゃんと受け止めてくれるはずよ、あの子ならね」
「……ですよね」
ルリちゃんと面識のある四十万さんの答えが、自分がうっすらと考えていたものと解釈一致していた事にホッとしながら、俺は頷いた。
「そう言ってもらえて、ちょっと自信出ました」
「あ、さっき檀ちゃんが言ってた事とダブるけど、今の意見をあんまり過信しちゃダメだよ。あくまで――」
「分かってますって」
慌てて付け加えようとする四十万さんの声を途中で遮った俺は、微笑みながら答える。
「鵜呑みにしないで、結論は自分で出せ……ですよね」
「ま、分かってるならいいけどさ」
俺の言葉を聞いた四十万さんは、微笑みながらコクンと頷いた。
そして、机の上に置いてあった俺のスマホを指さした。
「……するんだったら、早く連絡した方がいいかもよ。LANEのトークでもいいからさ」
「え?」
「だって、タチバナちゃんは返事を保留して考えてる最中なんでしょ? 早くしないと体験版の事を言う前に、君と付き合うかどうか結論を出されちゃうわよ」
「あっ! そっか……」
確かに、四十万さんの言う通りだ。
もう、昨日の電話から一日近く経っている。もう、返事を考えていたルリちゃんが結論を出してしまってもおかしくない頃合いだ。
「え? ど、どうしよう……。まさか、もう時既におすしってやつ……?」
「くだらないダジャレ言う暇があったら、さっさとLANEの通知でもチェックしなさいよ」
「アッハイ……」
呆れ顔の檀さんに促されて、俺は慌ててスマホを開く。
急いで着信履歴とLANEの通知を確認したが、幸い 、ルリちゃんからは何も来ていなかった。
ひとまずホッとした俺だったが、スマホを手にしたまま当惑する。
「で……ど、どうすればいいっすかね……?」
「どうすればって……だから、連絡しなさいって言ってるじゃん」
「とりあえず、内容は後回しで、LANEで『ちょっと提案したい事があるから、告白の返事はもうちょっと待って下さい』って短く伝えるだけでいいんじゃない? 具体的な話は、その後でゆっくりやり取りすればいいから」
「ら、ラジャっす……」
ふたりのアドバイスを受けて、俺は急いでLANEのメッセージウィンドウに文字を打ち込んだ。
(書いている間にルリちゃんからのメッセージが来たらどうしよう……)と焦りながらメッセージを書き上げた俺は、ふたりに添削してもらってから送信ボタンを押した。
「ふぅ……」
一瞬置いて、ルリちゃんとのトークページの一番下に今打ち込んだメッセージが無事表示されたのを見た俺は、安堵の息を吐く。
「これで……一先ず安心……と」
ホッとすると同時に喉の渇きを覚えた俺は、ジョッキに手を伸ばそうとした――が、三分の一くらいは残っていたはずのビールは、いつの間にか無くなっていた。
「……あれ? 俺、いつの間に飲んでたんだ……?」
「あ、ごめーん、本郷くん」
首を傾げる俺に謝ってきたのは、檀さんである。
さっきよりも一段と赤い顔をした彼女は、片目を瞑りながらぺろりと舌を出した。
「なんか、あんまり減ってなかったから、お酒が苦手なのかなと思って、代わりに飲んじゃった~」
「はぁ?」
檀さんの答えを聞いた俺は、思わず目を丸くする。
(何勝手に他人のビールを飲んでるんだ、この人は……?)と呆れはしたものの、彼女の言う通り、苦味のあるビール……というか、アルコールがまだ飲み慣れていないのは確かだから、目くじら立てて怒るほどでもない……。
「まあ……もういいっすよ、別に……」
結局、俺は大きく溜息を吐くだけに留めて、氷が溶けきってすっかり温くなったコップの水で喉を潤すのだった……。




