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第三百三十三訓 アドバイスは経験豊富な人から聞きましょう

 「……っつーか」


 俺は、『どうせここまでぶちまけちゃったんだから』と腹を括って、ふたりに向けて尋ねた。


「そういうのって……女性の側から見たらどうなんですかね?」

「どうなんですかね……って、何が?」

「だから……」


 訝しげな表情を浮かべた四十万さんに訊き返された俺は、汗をかいたコップの中の水を一口飲んで喉を湿してから答える。


「仮想恋人として体験版デートっつーか、試乗会デートっつーか……そんな感じの事をした上で付き合うかどうか考えてほしいって男の方から言われたら、女性側はどう感じるものなのかなぁ……って」

「あぁ、そういう事ね」


 俺の説明を聞いて納得した様子で頷いた四十万さんは、檀さんの方に顔を向けた。


「……檀ちゃん的にはどう?」

「えっ? 私から答えるんですか?」


 ちょうどナルトを食べようとしていた檀さんは、四十万さんからの問いかけに少し驚いた様子で目を丸くする。

 そんな彼女に、四十万さんは苦笑いを浮かべながら「うん」と頷いた。


「ここは、経験豊富な檀ちゃんの見解から聞いた方がいいでしょ」

「いや、経験豊富って……」


 四十万さんの言葉に、檀さんは当惑顔で首を傾げる。


「人生経験だったら、私より香苗先輩の方が上じゃないですか。だって、私よりも二歳も上――」

年齢(トシ)の話はやめよっか」

「あっハイすみません」


 檀さんは、歳の話が出た瞬間に凄惨な笑顔を浮かべた四十万さんに慌てて謝った。

 四十万さんは、気を取り直すようにジョッキのビールをぐびりと呷り、ふぅと息を吐いてから言葉を継ぐ。


「私が言ってるのは、“恋愛経験”の事。檀ちゃんは豊富でしょ? なにせ人妻なんだからさ」

「いやいや、そんな事無いですってぇ」


 檀さんは、四十万さんの言葉に苦笑しながら手をひらひらと横に振った。


「確かに人妻ですけど、ウチの旦那とは初恋同士でそんなに波風立つような事も無いまま、気付いたら結婚してたって感じですから、そこまで経験値的なものは……」


 そう言うと、檀さんは急に俺の方に顔を向け、ニヤリと微笑みかける。


「むしろ、そういう恋愛経験値は、本郷くんの方が貯まってるんじゃないかしら」

「えっ?」


 急に話の矛先を向けられて、当惑の声を上げた俺は、すぐに首を横に振った。


「い、いや、そんな事は……」

「そんな事あるわよ。……だって、私には、酔った勢いで彼氏持ちの幼馴染に告白して玉砕なんてした経験は無いもの」

「ぐふぅあっ!」


 檀さんに古傷 (……と言えるほど古くもないけど)を抉られた俺は、胸を押さえて悶絶する。

 だが、そんな俺の事をあっさりとスルーした四十万さんは、「まあまあ」と話を続けた。


「それでも、私よりは檀ちゃんの方が経験値あるっしょ。だから、先攻でお願い!」

「……ま、そうかもしれないですケド」


 両手を合わせる四十万さんに、檀さんは苦笑しながらしぶしぶ頷き、ぼそりと呟く。


「……そんなんだから、いつまで経っても葛城くんの気持ちに気付かないん――」

「ちょ、檀さん! シーッ!」


 檀さんの呟きを耳にした俺は、慌てて人差し指を唇の前に立てて彼女を制止した。

 葛城さんがいないところで、あの人の気持ちを対象である四十万さんが知られるのは、どう考えてもマズい。


「え? 檀ちゃん、なんか言った?」

「な、何でもないっす! よね、檀さんッ?」


 四十万さんの問いかけに彼女が答える前に無理やり割り込んだ俺は、持っていたレンゲをマイクに見立てて握ると、檀さんの前に突き出した。


「は、ハイッ! では、檀さんからお答え下さいッ!」


 マイク……もとい、レンゲを目の前に突き出された檀さんは、一瞬だけ目をパチクリさせたが、すぐに俺の意図を了解した様子で軽く頷き、「そうねぇ……」と微かに首を傾げた。


「正直、“体験版”って言い方はちょっと無いなぁって。何だかオタクっぽくって、普通の女の子が面と向かって言われたらドン引きしそう」

「ぐはっ!」


 ド正面からのダメ出しを受けた俺は、思わず仰け反る。

 ……でも、まあ、確かに檀さんの言う通りかもしれない……。

 心の中で(ま、まあ……そもそも“体験版”に喩えたのは、一文字だから……)と言い訳する俺にジト目を向けていた檀さんだったが、ふっと息を吐くと、


「……でも、まあ」


 と続けた。


「告白に対する返事をする前にお試しで彼氏体験してもらうっていうのは、悪くはないアイディアかもしれないわね」

「ま、マジっすか?」


 檀さんの答えを聞いた俺は、思わず訊き返す。

 そんな俺に軽く頷いた檀さんは、レンゲの上でミニラーメンを作りながら言葉を継いだ。


「今まで相手の事を恋愛対象として見てなかったのは、そのルリちゃんって子の方も同じなんでしょ? だったら、その“試乗会”で恋人としての魅力を目一杯アピールした方が良いかもしれないわ」

「で、ですよねぇっ!」

「……まあ、その結果、自分で自分の首を絞める結果になる可能性も大いにあるけど」

「で……ですよねぇ……」


 檀さんの言葉に、文字通り一喜一憂する俺。

 と、檀さんが「……とはいえ」と続け、ふっと表情を和らげた。


「そのリスクを覚悟の上で、それでも“お試し”させてくれる本郷くんの誠実さが分かるから、相手の子としては悪い気はしないと思うわ。だから、『悪くはない』って回答ね」

「なるほど……!」

「……あ、勘違いしてほしくないから言っておくけど」


 頷いた俺に、檀さんが釘を刺す。


「これは、あくまでも『私の感覚では』って事だからね。正直、私はそのルリちゃんって子と面識も無いから、自分と同じタイプの思考をするのかどうかも分からない」


 そう言った檀さんは、いつになく真剣な眼差しを俺に向けた。


「だから……あくまで今の意見は参考程度に考えて、結論は自分で出しなさい。でないと、後で後悔するから。――いいわね」

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