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第三百三十訓 給料日前は節約しましょう

 「かーんぱーいっ!」

「乾杯っ!」

「……かんぱーい」


 退勤してから、店の搬入口で合流した俺と四十万さん、それに檀さんは、駅前のラーメン屋に入り、『とりあえず生』と注文したビールで、まずは乾杯した。


「ちょっとちょっと~。テンション低いよ、ホンゴーちゃあん!」


 向かいの席に座ったふたりの女性に比べて控えめに乾杯の声を上げた俺に、すかさず四十万さんがツッコミを入れる。


「まあまあ、しょうがないですよ、香苗先輩」


 そんな四十万さんに、ビールジョッキから口を離した檀さんが苦笑交じりで言った。


「目の前にこんな美女がふたりも座ってるんですもの。こんな夢みたいな状況に緊張して委縮しちゃってるんですよ、本郷くん」

「あーなるほど! 完全に理解したわ! あっはっはっ!」


 檀さんの言葉に気を良くして呵々大笑する四十万さん。

 いや、美女っつーか……むしろ、どっちかというと四コマギャグマンガのあのふたりに見えてきたんすけど……。


「まあ、それならしょうがないよねぇ」


 俺が内心でそんな事を考えているとは気付いていない様子の四十万さんは、ひとりウンウンと頷きながら、テーブルの上でメニュー表を広げた。


「何食べよっか? ちなみに、ここのラーメン屋は、味噌バターコーンらーめんが美味しくてオススメよ」

「おつまみ代わりに、この野菜餃子とかどうです?」

「お、さすが檀ちゃん! それ採用っ!」


 メニュー表を指さしながら、和気あいあいと料理を選んでいる四十万さんと檀さんをテーブルの向かいで見ながら、俺はジョッキの中のビールをちびりと飲む。

 ……うーん……前よりは慣れたけど、やっぱり苦手な味だなぁ。


「――ゴーちゃんは何にする?」

「……え? あ、ああ、はい」


 ボーっとしていて、自分を呼ぶ声に気付くのが遅れた俺は、生返事しながら目の前に差し出されたメニュー表を受け取った。


「うーん……何にしようかな……」


 メニューを開いて、載っている美味そうなラーメンの写真に思わず目移りする。

 思い出したように鳴る腹の音がテーブルの向かいのふたりまで聞こえていないか心配しつつ、俺は四十万さんに尋ねた。


「ええと……味噌らーめんがオススメなんでしたっけ?」

「味噌バターコーンらーめんだよ。ほらコッチ」


 そう答えながら、四十万さんはメニューの写真のひとつを指さす。

 確かに、味噌ラーメンの上に山と盛られたコーンと溶けかかったバターがめちゃくちゃ合いそうだ。

 口の中に湧いた唾を飲み込みながら、「じゃあそれで……」と言いかけた俺だったが、写真の横に書かれた値段を見るや、慌てて首を横に振った。


「あ、いや! やっぱ、普通の味噌らーめんでいいっす!」

「え、なんで?」


 俺の言葉を聞いた四十万さんが、怪訝な顔をする。


「せっかくなんだから、味噌バターコーンらーめんにしなよ」

「あ、いや、でも……」

「ははあ……」


 四十万さんに勧められるも、それを断ろうとする俺の顔を見ていた檀さんが、したり顔をした。


「本郷くん、ひょっとして、味噌バターコーンらーめんの値段が高いからって遠慮してるの?」

「え、あ……ま、まあ……」


 檀さんの問いかけに、俺は顔が熱くなるのを感じながら、おずおずと頷く。


「あの……実は、月末で手持ちが乏しくて……だから、夕食代で四ケタ円飛ぶのはなかなか厳しくて……」

「はぁ? そんな事気にしてたの?」


 俺の答えを聞いた四十万さんが、呆れ声を上げながら、首を横に振った。


「いやねえ。もちろん、ここは奢るに決まってるじゃん。だから、君が値段の事を気にする事は無いのよ」

「えっ? 奢りっスか?」

「……何よ、その顔は」


 ビックリして目を丸くする俺の顔を、四十万さんはジト目を向ける。


「この前赤発条でいっしょに飲んだ時も、私が全額出したじゃない。さすがに、自分から誘っておいて、バイトくんに自腹を切らせたりなんかしないわよ」

「す、すみません……」


 不満げに頬を膨らませる四十万さんに睨まれた俺は、恐縮しながら頭を下げた。

 ただでさえ月末の上、昨日の秋祭りで結構散財してしまったせいで財布の中が心許ないのは確かなので、食費がまるまる一食分浮くのはめちゃくちゃ助かる。……けど、さすがに後ろめたさを感じて、俺はおずおずと言った。


「あ、でも……さすがに全額は申し訳ないんで、少しは出しますよ……」

「ふふ、気にしないで大丈夫だって」


 俺の申し出にも、四十万さんは苦笑いを浮かべながらかぶりを振る。

 それを見た俺は、安堵と感謝を感じながら、彼女に向けて頭を下げた。


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……」

「その分、私の送別会を盛大にして返してくれればいいからさ♪」

「…………はい?」


 四十万さんの言葉が耳に入った俺は、思わず目を丸くする。


「そ、送別会を盛大に……?」

「そだよー。……って」


 訊き返した俺にコクンと頷いた四十万さんは、つと表情を曇らせた。


「ひょっとして……私の為に、送別会とかやってくれるつもりじゃなかった?」

「あ、いやいやっ!」


 悲しげな顔をする四十万さんを前に、俺は慌てて首を左右に振る。


「も、もちろんしますって! た、ただ、四十万さんが異動するって今日知ったばっかりで、まだ全然そこまで考えてなくって……」

「あ、なーるほど」


 俺の弁解を聞いた四十万さんは、にっこりと微笑んだ。


「それならいいんだー。楽しみにしてるね」

「あ……はい」


 目を輝かせている四十万さんを前に、俺は(……次の出勤の時に、葛城さんと計画を立てないとな……)と考えながら、ぎこちなく頷く。


「ご、ご期待に沿えるようがんばります、ハイ」

「うふふ、よろしく~♪」


 四十万さんは、俺の言葉に満面の笑みを浮かべたのだった。

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