第三百二十六訓 過去ではなく未来の事を考えましょう
取り乱す一文字をようやくの事で落ち着かせた俺は、あの日――ルリちゃんが俺の家に泊まった日の事を彼に話した。
……あ、さすがに忘れ物のブラジャーの件は伏せている。もし、あの事をコイツが知ったら、またさっきみたいにめんどくさい事になるのは火を見るより明らかだからな……。
「……って訳で、確かにルリちゃんが部屋に泊まった事は確かだけど、誓って俺は手を出したりしてません! って事で、オッケー?」
「……」
俺の説明を聞き終わった一文字は、黙ったまま疑惑の目をこちらに向けていたが、「……まあ」と首を縦に振った。
「確かに……ボクが良く知る本郷氏なら、たとえピチピチのJKと一つ屋根の下で一夜過ごしたとしても、ガチのヘタレだから決して手なんか出せないだろうねぇ」
「が、“ガチのヘタレ”は余計だッ!」
一文字の容赦ない一言に声を荒げる俺。……まあ、事実その通りではあるんで、否定はできないんだけど。
そんな俺の顔を見てニヤニヤ笑いを浮かべた一文字は、「それに」と言葉を継ぐ。
「最近のキミの言動や行動を思い返しても、“卒業”した感じは微塵もなかったしね。まだボクと同じステージに留まっている事は間違いようだ」
「い、いや、お前と同じステージって何だよ?」
「そりゃもちろん、どうて――」
「ストオオオオォォップ! それ以上言うなっ!」
俺は、公共のスペースでセンシティブすぎる単語を口にしようとした一文字を慌てて制した。
それに対して、
「訊いてきたのはキミの方じゃあないか……」
とぼやきながら、缶のコーンポタージュを一口啜った一文字は、「まあ、それは置いといて」と続ける。
「じゃあ……キミがあのJKが好きだと思ったのは、そのお泊りの日が最初だったんだね」
「……多分」
一文字の問いかけに、俺はぎこちなく頷いた。
「まあ……明確に好きだと意識したって訳じゃなくて、自分でも知らないうちに、心の奥で惹かれてたって感じだから、ハッキリ断言はできないけど……」
「たしか……キミがJDに失恋したのが八月の上旬頃なんだろ? その日から昨日までって事は……」
俺の答えを聞いた一文字は、日数を数えるように太い指を折る。
「……大体五十日くらい、自分の気持ちに気付かずに過ごしてきたって事になるねぇ」
「まあ……そうなるな」
「いやぁ、鈍感にも程がないかい? ステゴサウルスかな?」
「誰の脳味噌がクルミの実サイズやねんッ!」
呆れ声を上げる一文字に脊椎反射でツッコミを入れた俺だったが、“鈍感”という指摘には反論できず、口をへの字に曲げた。
そして、テーブルの上の缶コーヒーをがぶ飲みし、小さく息を吐いてから再び口を開く。
「まあ……いつから好きだったかはどうでもいい。肝心なのは、好きだって気付いた後……つまり、今後どうするべきかだ」
「どうするべきも何も……」
俺の言葉に対して、コーンポタージュの缶の口に太い指を突っ込みながら、一文字は冷めた声で言った。
「もうキミは告白したんだろ? あとは、それに対してJKが何て答えるかなんだから、キミに出来る事は何も無いんじゃないかな?」
「ぐ、ぐうっ……」
ド正論すぎる一文字の答えに、俺はぐうの音も出ない。……いや、出てるけど。
「もうキミは彼女にボールを投げたんだ。後は、彼女からどんなボールが返ってくるのか待つ事しか出来ないんだよ」
「そ、それがキツいんだって!」
俺は、一文字の言葉に抗うように首を左右に振った。
「確かに、『必ず答えるから待ってて』とは言われたけどさ! だからって、それまでじっと待ってるのは色々と辛すぎるんだよ……」
「いや、JKに『待ってて』って言われて、カッコつけて『いいよ』って言ったのはキミ自身なんだろ?」
項垂れて缶コーヒーを啜る俺に、一文字が呆れ声を上げる。
「それなのに、『待ってるのが辛い』なんて言われても、“自業自得じゃあないか”としか答えようが……」
「ぐはぁっ!」
鋭すぎる一文字からガチの正論を食らった俺は、思わず吐血……もとい、吐コーヒーする。
もうやめて! とっくに俺のライフはゼロよっ!
「た……確かにそうなんだけどさ……」
口元に垂れたコーヒーを手の甲で拭いながら、俺はしわがれ声で答える。
「そ、それでも……このままおとなしく待ち続けてるのが不安でたまらないんだから、しょうがないじゃんか」
「まあ、それは分からなくもないけどさ……」
「さっきも言ったけど……昨日まで、俺は自分の気持ちに気付いてなかったからさ。ルリちゃんとは完全に“友達”ってスタンスで接してきたんだよ。……多分、向こうもそうだったと思う。だから……正直、今のままじゃ、ルリちゃんがオッケーしてくれるっていうイメージが全く湧かなくて……」
「ははあ……なるほどね。何となく、キミの言いたい事が分かったよ」
底に残ったコーンを取ろうとするように激しく缶を振りながら、一文字はうんうんと頷いた。
「要するに……恋愛シミュレーションゲームで、狙ってるヒロインキャラへの好感度上げが不十分のまま、ラストイベントの前日まで来ちゃったみたいな感じなんだろ? だから、このまま待ち続けるのが怖い。フラれるから」
「ま、まあ、そんな感じ……かも」
ぶっちゃけ、恋愛シミュレーションはあんまりやった事無いから、一文字の喩えが合ってるのかは良く分からないけど、とりあえず肯定しておく。
それを聞いた一文字は、コーンを取るのを諦めたのか、単に飽きたのか、コーンポタージュの空き缶をテーブルの上に置くと、ぺろりと唇を舐めながら俺に言った。
「だったら……もう一回JKと直に会うイベントを起こせばいいんじゃないかな? そこで、ここぞとばかりに好感度パラメータを上げまくるのさ。――“友達”としてではなく、“恋人”になる為のパラメータをね」




