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第三百二十五訓 相談事は落ち着いたところでしましょう

 ……結局、俺は一文字の誘いに乗った。

 もちろん、最初のうちは頑として固辞していたのだが、あまりにも一文字がしつこく食い下がってくるのに根負けしたのと――なんだかんだ言って、俺自身が昨日の事を自分ひとりの胸の内に秘め続ける事に耐え切れなくなっていたのだ。

 まんまと『ずっとひとりで抱えて悩んでいるより、誰かに相談して気持ちを楽にした方が建設的だと思うよ、ボカァ』という一文字の言葉に従う形になったのが癪だが……仕方がない。

 出来れば、悩みを打ち明ける相手は一文字以外が良かったのだが……あいにくと、他に適当な人が居なかった……。

 ま、まあ……確かに一文字(こいつ)なら、本人が言ってた通り、他に言いふらされる心配はしなくていいし……。

 そう、あれだ。

 童話の『王様の耳はロバの耳』で、知ってしまった王様の秘密をひとりで抱え続ける事に耐えかねた床屋が、その衝動を発散する為に掘った穴みたいなもんだ。


(むしろ……“ぼっち・ざ・オタク”な一文字なら、寧ろあの穴よりもずっと安心だとも言えるだろう……そういう事にしておこう、うん)


 そう考える事にして、半ば無理やり自分を納得させた俺は、一文字と共にラウンジへと向かったのだった……。



 そして、現在――。


 「ふぅん……」


 屋外のラウンジの椅子に深く腰掛けて俺の打ち明け話に耳を傾けていた一文字は、話を聞き終えると短い声を漏らし、自販機で買った缶のコーンポタージュを一口啜った。

 缶から口を離した彼は、眼鏡越しにジト目で俺の顔を見る。


「パッとしな……()()()見た目によらず、随分と好色なんだねえ、キミは」

「こ、好色ちゃうわッ!」


 一文字の暴言に、俺は慌てて叫んだ。

 ビックリした様子で振り返った周囲の学生たちの視線を一身に浴びた俺は、慌てて首を竦め、涼しい顔でコーンポタージュの缶を呷る一文字を睨みつける。


「お、俺のどこが好色なんだよっ。ただ……幼馴染に失恋した後で違う娘の事が好きになっただけじゃんか。そんな事で“好色”呼ばわりされるんだったら、人類の九割は色情魔扱いだぞ!」

「まあ、世間一般的にはそうなのかもしれないけどさ。ボク基準から見ればって話」

「お前みたいな奇行種を基準にすんなしっ!」


 ゲップと共に妄言を吐き出した一文字に、思わず声を荒げる俺。

 だが、そんな俺の怒声も意に介さぬ様子で、一文字は「それで……」と話を続ける。


「キミは、()()本能の赴くまま後先も考えず、意中の相手に劣情をぶつけてしまったという訳だね」

「い、いやっ! 言い方ぁっ!」


 大いに誤解を招きかねない一文字の言葉のチョイスに狼狽えながら、俺は慌てて叫ぶ。


「そ、それじゃ、まるで俺が野獣みたいにルリちゃんの事を襲ったみたいに聞こえるじゃねえかよっ!」

「ああ、確かにそうだね。申し訳ない、伊藤氏」

「俺は誠じゃねえよッ!」


 タチの悪いボケを口にする一文字のニヤニヤ笑いにイラっとしながら、俺は思わず強い口調でツッコんだ。

 だが、一文字は俺の怒声(ツッコミ)にも物怖じした様子ひとつ見せず、ポークウインナーのように太い指でテーブルの上の缶コーヒーを指さす。


「まあまあ、それでも飲んで落ち着き給え、本郷氏。短気は損気だよ」

「……」


 ブスッとした顔で一文字の顔を睨みながら、俺は無言で缶コーヒーを手に取った。

 ラウンジの自販機で買ったきり、まだ開けていなかった缶の口を開け、ごくりと飲み込む。

 コーヒーの風味と微糖の仄かな甘みが口の中に広がり、さっきまでのイラつきが少しは収まった。


「ふぅ……」


 缶の縁から口を離し、小さく息を吐く俺に、一文字が「でもさぁ……」と呆れ声を上げた。


「キミ、どのタイミングであのJKの事が好きになったんだい?」

「え……?」

「さすがに、昨日いっしょに秋祭りに行った時に初めてフォーリンラブったって訳じゃないんだろう?」

「いや、『フォーリンラブった』って、どんな動詞形だよ……」


 一文字のヘンテコな言葉遣いに軽くツッコミを入れてから、俺は今までのルリちゃんとの事を改めて思い返してみる。

 そうしたら、何となく心当たりがあるタイミングが見つかった。


「……やっぱり、あの日かなぁ?」

「あの日?」

「ああ」


 訊き返す一文字に頷きながら、俺は何気なく答えを口にする。


「俺がミクにフラれた次の……いや、次の次の日か……。ルリちゃんが俺の家に泊まった日。多分……あの日のあれやこれやで――」

「ふぁ……ファアアアアアアァァァァ――ッ?」


 唐突に、一文字が俺の話を遮るように奇声を上げた。

 まるで甲子園のサイレンのような甲高い一文字の絶叫にビックリしながら、俺はおずおずと尋ねる。


「な……なんだよいきなりっ? どうしたんだよおま――」

「と、とととととトマ泊マッタああああああああッ?」


 俺の問いかけに対し、一文字は汚れたメガネの奥の目を飛び出さんばかりに剥き出しながら、更に素っ頓狂な叫び声を上げた。


「きききキミの家にじぇ、じぇじぇじぇじぇJKがととととととトマト牧場ぅぅぅぅっ?」

「いや、JKとトマト牧場ってなんだよっ? 落ち着け!」

「あ……『あれやこれや』って……つつつつ……つまり、『男と女、密室、一夜。何も起きないはずがなく……』ってアレですかあああああっ?」

「はっ? い、いや、違うって! 変な誤解すんな!」

「こいつら交尾したんだあああぁっ!」

「交尾言うな」


 発狂したように喚く一文字に、ネットでよく使われる画像ネタに則って真顔のツッコミを入れた俺だったが、


「…………あ! い、いや、そうじゃなくってっ!」


 カフェテラス中の視線が、非難と疑惑に満ちた光を湛えて俺ひとりに向けられている事に気付いて、慌てて首を千切れんばかりに左右に振る。


「お、俺はヤッてないッ! 潔白だああああ――っ!」

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