第三百二十三訓 やってない事はやってないとハッキリ告げましょう
「……という訳でして……ハイ」
渡された北海道みやげの中に自分のブラが混ざっていた事に激昂しながら、今すぐにでも電話を切ろうとするルリちゃんを必死で引き止めて、何とか経緯の説明と釈明をし終えた俺は、固唾を呑んで電話の向こうの反応を待つ。
『……………………つまり』
だいぶ沈黙が続いた後に、ようやくルリちゃんの低い声が返ってきた。
『あの日……アンタん家に泊まった日に、あたしがこのブラをお風呂場に忘れていって、アンタはそれをずっと持ってたってこと?』
「は……はい……」
ルリちゃんに地を這うような低い声で問いかけられた俺は、まるでピンを抜いた手りゅう弾でお手玉しているような気分で、恐る恐る頷く。
『……それで、今日持ち主に返した……と』
「い……イグザクトリィ……」
『……いや、なんで英語なのさ?』
「あ……それは、ジョジ〇の第三部に出てきたダービージュニ……あ、申し訳ございません……」
ネタ元の説明をしようとした俺だったが、スマホ越しに木星帰りのニュータイプばりのプレッシャーを感じて、深々と頭を下げた。
……と、
『…………あのさ』
また少し間を置いてから、ルリちゃんがぼそりと声を上げる。
『……アンタ……そ、その……このぶ、ブラで……なんかした?』
「な……なんかとは……?」
『な、なんかって、そりゃ……ナニカだよッ!』
思わず訊き返した俺に、ルリちゃんが上ずった声で怒鳴った。
『た、たとえば……マンガでエッチな男キャラが良くするみたいなことッ! ぶ……ブラを自分の胸に付けてみたり! 頭に乗せて猫耳みたいにして遊んだり! 目隠しみたいに顔に付けたりッ!』
「し……してねえわそんな事ッ!」
てっきりもっと生々しい“ナニカ”の実例を挙げられると思って、ドキドキしつつ身構えていた俺は、意外と彼女の発想がピュアだった事に内心でホッとしながら、強い口調で否定する。
「それどころか、最初に風呂場で見つけてから速攻でコインランドリーで洗って、その袋に密閉して保管してましたっ! 直接触ったのも、その時だけだって!」
『……一回は直接触ったんだ?』
「い、いや、触らないと回収できないっしょ!」
ルリちゃんの非難混じりの声に、慌てて反論する俺。
……その拍子に、回収したブラのビジュアルと肌触りのいいフワフワとした布の感触を思い出してしまってドキドキしているのは内緒だ。
「と、とにかく! 俺はやましい事なんてひとつもやってない! ……や、やってない証拠を出せって言われたら困るけど……信じてくれ!」
『……』
ルリちゃんは、俺の必死の訴えに対して、すぐに言葉を返してこなかった。
重苦しい沈黙が続く中、俺は被告人席で判決文の朗読を待つ冤罪犯のような心持ちで、ずっと耳を澄ませる。
そして……ようやくスピーカーからリアクションが返ってきた。
『……ホントに? ホントにしてないの?』
「は、はいっ! してませんっ!」
『ホントに、洗ってから触ってない? か、被ったり付けたり……もっとアレなことしたりとか……』
「してないって! 天地神明に掛けて誓えます!」
ここが先途と、俺は断言する。無実を証明する手段は皆無だが、実際にやっていないからこそ、ハッキリと容疑を否定する事でアピールするしかない。
……また、少しの間沈黙が続いた後、ルリちゃんの微かな声が聴こえた。
『…………なんにもしてないのは、それはそれでなんかムカつく……』
「……え?」
『な、何でもないっ!』
訊き返した俺に慌てた様子で叫んだルリちゃんは、『はぁ……』と大きな溜息を吐いてから言葉を継ぐ。
『まあ……確かに、そもそもはあたしがソータん家にブラを忘れていっちゃったのが悪いんだもんね』
「え、ええと……それは、まあ……」
『……分かった。今回は、ソータの言うことを信じるよ。……信じていいんだよね?』
「も、もちろんっすッ!」
ルリちゃんの念押しに、俺は首がもげ落ちるくらいに大きく頷いた。
「誓って、君に言えないような事はしてないです! 花〇院の魂を賭けてもいいっ!」
『か……キョウ……何それ?』
再びのジョジョネタに当惑混じりの声を上げたルリちゃんだったが、『……まあ、いいや』と呟いた。
『じゃあ……今回の件については、不問に伏してあげる』
「ま、マジっすか! あ、あざます!」
ルリちゃんの言葉を聞いた俺は、なんとか首の皮一枚つながった事への安堵感で力が抜け、ベッドの上にばたりと倒れる。
……と、『まぁ……』というルリちゃんの声の後にパリっという音が上がった。
『いっふぁいふぉみやふぇもくれたし……』
どうやら、俺が渡したおみやげを早速開けて頬張っているらしい。この咀嚼音から考えて……多分『白き恋人』だろう。
(母さんから託された北海道みやげを渡しておいて良かった……)と、ホッとしている俺の耳に、『それに……』という彼女の声が入る。
『あ……あたしの……を……だって……れたしね。……ふふ』
「……え?」
お菓子の包装を破く音と被ってしまったせいで、ルリちゃんが何を言ったのか聴き取れなかった。
なので、俺は彼女に訊き返す。
「なんて言ったの? ごめん、ちょっと聴き取れなく――」
『っ! な、なんでもないっ!』
すると、なぜかめちゃくちゃ慌てふためいた様子のルリちゃんの金切り声が返ってきた。
なんでルリちゃんがそんなに焦っているのか分からず、スマホを耳に当てたまま首を傾げる俺の耳に、更に上ずった彼女の声が届く。
『じゃ、じゃあ、あたしもう寝るねっ!』
「え? あ、ああ、うん。分かった……」
『……あ、アンタの告白に対する返事……必ず答えるから、待ってて』
「う、うん……」
ルリちゃんが口にした“告白”という単語にドキリとしながら、俺はぎこちなく頷き、言葉を継いだ。
「いつまでも待ってるから、じっくり考えて。その上で君が出した結論なら、どんな内容でも俺は受け入れるから……自分の心に正直な返事を聞かせてくれ」
『…………うん』
少し間を置いて、ルリちゃんの小さな声が返ってくる。
その微かに震えた声に、愛おしさと……少しだけ名残惜しさを感じながら、俺は「じゃあ……」と続けた。
「……おやすみ、ルリちゃん。――またね」
『うん……おやすみ』
俺の別れの挨拶に、少し沈んだ声で挨拶を返してくれたルリちゃんは――最後にこう付け加える。
『……ありがと、ソータ』
――と。




