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第三百十七訓 ただの推測であれこれ思い悩むのはやめましょう

 「はぁ……」


 日付が変わる間際に赤発条の自宅アパートへ帰ってきた俺は、鍵を回してドアを開けながら、この日ン十回目の溜息を吐いた。


「あぁ……やっちまった……マジでやっちまったなぁ……はぁ」


 そうボヤキながら玄関で靴を放り出すように脱いだ俺は、そのまま明かりも点けずに部屋に上がり、奥の部屋のベッドに体を投げ出す。

 ギシギシと、今にもバラバラになりそうな音を上げるベッドの上で寝返りを打った俺は、ポケットをまさぐり、スマホを取り出した。


「……」


 心臓がバクバクと激しく鳴るのを感じながら、俺は恐る恐るスマホの電源ボタンへ指を当て――数十秒ほど逡巡してから、清水の舞台から飛び降りる覚悟でボタンを押す。

 そして――


「……来てないか……」


 明るくなった液晶画面に、着信やLANEメッセージの新着を通知する表示が出ていない事を確認し、安堵と落胆が程よくブレンドされた息を吐いた。

 ……一応、念を入れて、スマホの着信履歴やLANEアカウントをチェックしたが、やはり何も来ていないようだ。


 ――『あ、後でLANE……ううんっ、電話するからっ! だから……それまで待っててえええぇぇっ!』


 俺の頭の中に、駅前の広場でルリちゃんが最後に叫んだ声をリピート再生される。


「電話するって、一体いつなんだよ……」


 そう恨みがましく呟きながら、俺はスマホの画面に表示されている“RULLY”のトーク画面の一番上――受話器の形をしたアイコンにそろそろと指を伸ばした。

 このままずっとルリちゃんからの連絡を待ち続けるより、いっそ自分から連絡しようと思ったのである。

 だが――指が液晶画面に触れる寸前のところで止めたまま、数分の間逡巡し続けた挙句、結局俺は通話ボタンの代わりにスマホの横の電源ボタンを押した。


「ま……まあ……」


 画面が暗くなったスマホを枕の横に放り投げるように置いた俺は、自分を納得させるように独り言ちる。


「る、ルリちゃんが『自分から連絡する』って言ってたんだから、ここはおとなしく待っているべきだよな、うん。そ……それに、この前みたいに、ちょうど風呂入ってるかもしれないし……うん」


 それがタダの自分から連絡する勇気を出せなかったヘタレの言い訳な事は分かりつつ、あえてスルーした俺は、寝ころんだまま真っ暗な部屋の天井を見上げた。

 その途端――、


 ――『俺……俺じゃ、ダメかな? その……君といっしょに噴水を見る……恋人は――』

 ――『俺は、ルリちゃん……君の事が好きだ!』


「うわあああああああっ!」


 駅前の噴水の前でルリちゃんに告げた時の事がフラッシュバックして、俺は頭を抱えながら絶叫する。


「お、思い返したら……俺は何つー事をしちまったんだよ、マジで……」


 そう呟いた俺は、後悔と恥ずかしさが胸を焼き焦がす勢いで噴き上がるのを感じながら、ベッドの上で悶絶した。

 ……ホント、なんで当分秘めておくつもりだったルリちゃんへの想いを彼女に伝えちゃったのか……自分でも良く分からない。

 ただ……あの時、噴水の前で肩を寄せ合っているカップルを見つめる彼女の寂しそうな顔を見た瞬間、胸がカッと熱くなって……気が付いたら、あんな事を口走っていた……。

 ……ふと、頭の中にこの前読んだマンガのキャラのセリフが浮かぶ。


 ――『バカだな。一時のテンションに身を任せる奴は身を滅ぼすんだよ』


 いや……マジでおっしゃる通りですわ、銀〇さん。

 周りで幸せいっぱいのカップルがイチャついていて、目の前には綺麗にライトアップされた噴水があって、隣には元気のないルリちゃんが居て……そんなシチュエーションにアテられた俺は、すっかり逆上(のぼ)せてしまって……暴走(こくはく)してしまった訳だ。


 ――『若いからって後先考えずに行動しちゃいけないよ~。人生ってのは長いんだから』

「オメ―に言われたくねーよ負け組がッ!」


 なんか急に回想に紛れ込んできて、したり顔で忠告してきた顎ヒゲグラサン(まるでダメなオッサン)を怒鳴りつけた俺は、ベッドのシーツを頭の上から引っ被って丸まった。

 シーツに包まって更に濃くなった闇の中でギュッと目を瞑る俺だったが……


 ――『い、いきなり告白なんかされても、すぐに返事なんて出来るかぁぁっ!』


 そう叫んで、俺の前から脱兎の如き勢いで逃げ出したルリちゃんの姿が、瞼の裏でリピート再生される。


「……あれって、結局どうなんだろう……?」


 そう独り言ちながら、俺はシーツの下で頭を掻いた。


「……俺の告白を断るんだったら、それこそ秒で返せたと思うんだけど。でも、『返事なんて出来ない』って即答を避けたって事は――」


 今度は希望と期待が原油のように噴き上がり、俺の左胸の鼓動が早くなる。


「実は……結構脈あり――だったりして?」


 そう考えた瞬間、暗闇の中にいるにもかかわらず、目の前がぱあっと明るくなり、その光の眩さに俺は思わず口角を緩めた――が、


「……いや、ひょっとして……」


 すぐさま、別の可能性が頭に浮かぶ。


「あ……あの時、周りから変な注目を浴びちゃってたから、そんな中で俺をフるのは悪いと思って……だから、あの場で答えなかったんじゃあ……」


 ……やにわにどんよりとした黒闇が沸き上がり、俺の胸をみるみる内に真っ黒く染め上げていく。


「ど……どっちだ? どっちが正解なんだ……?」


 光と闇、YESとNO、相反するふたつの予測が脳内でぶつかり合い、交じり合って混沌(カオス)を生み――


「どっち……どっ……ち……どっ…………ど…………d……Zzzzz……」


 やがて、俺の意識はその混沌の渦の中に飲み込まれ…………要するに、寝落ちしまったのである……。

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