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第三百十四訓 問題を先送りするのはやめましょう

 「……!」


 おみやげが詰まった紙袋の一番上に鎮座している、ルリちゃんのブラジャーがINした小袋を凝視したまま、俺は石化したかのように固まっていた。


(ど……どうしよう……?)


 自分の顔面がゾンビよりも青白くなっている事を確信しつつ、俺は激しい焦燥に駆られながら必死に考える。


(こ、このまま渡し……たりなんかしたら、やっぱり確実にブチギレられるよな……。い、いや、でも……ルリちゃんなら、案外と笑って許してくれそうな気も……それは無いな、うん)

(……じゃあ、こっそりこれだけ抜いて、おみやげだけ渡す……? ――いや、それはそれで、後々バレたりしたらますます印象が悪くなりそうだし……)

(つか、そもそも、なんでこんなモン持って来たんだよ、俺……。あのまま、“御神体”としてウチの本棚の上に祭ったままにしておけば……)


 頭の中で様々な状況をシミュレートしつつ、昨夜の自分の行動を激しく後悔する俺。

 ――と、その時、


「……ねえ、どうしたの?」

「ッヒィッ!」


 背後からかけられた怪訝な声に、横隔膜と声帯が同時に捻挫したような声を上げる。

 咄嗟に紙袋の中の小袋を取り出して隠そうとしたものの、そうする前にルリちゃんが俺の肩越しからひょこっと顔を出した。


「あぁ、それがさっき言ってたおみやげね」

「あ……ま、まあ……その……はひ……」


 紙袋の中に手を突っ込んだままの格好で、俺は潤滑油の切れた機械のようにギクシャクと頷く。

 そんな俺のリアクションに、ルリちゃんは更に訝しげな顔をしながら首を傾げた。


「ん? ホントにどうしたの? さっきから、なんか変だよ?」

「あ、いや、その……」

「……まあ、ソータが変なのは前からだけどさ」

「うん、まあ…………って、オイイイイイイィィィッ!」


 流れで頷きかけた俺は、一拍遅れてツッコミの声を上げる。


「だ、誰がナチュラルボーン奇人変人だってぇっ?」

「いや、さすがにそこまでは言ってないけど」


 目を剥く俺に呆れ顔でそう言ったルリちゃんは、俺が持つ紙袋を指さした。


「まあ、それはいいから、受け取るね、それ。結構重たいでしょ?」

「あ……」


 彼女の言葉に、俺は返答に詰まってオロオロする。

 と、


「……ていうか、なんでさっきから手を袋の中に突っ込んでるの、アンタ?」

「い、いや、これは……」


 まさか、『君のブラジャーを入れた小袋だけ抜き取ろうとしてました』とは言えない。……いや、その場しのぎで誤魔化す言い訳なら他にいくらでもあるはずなのに、混乱の極みでテンパっていた俺は、そこまで頭が回らなかった……。

 ――当然の事ながら、歯切れの悪い俺の反応で、ルリちゃんはますます不信を募らせる。


「ひょっとして、なんか変なものでも入ってるの?」

「い、いや! 変なものだなんて、滅相も無いッ!」


 ルリちゃんの言葉に、俺はブンブンと首を横に振った。

 それを見た彼女は、ずいと手を伸ばす。


「じゃあ、早くそれを渡してよ」

「あ、い、いや、それは……」

「そんな風にためらうって事は、やっぱりやましい事が……」

「ち、違うってばぁっ!」


 ジト目を向けるルリちゃんにたまらず、自棄混じりの叫び声を上げた俺は、中に突っ込んでいた手でブラジャーの入った小袋を底まで押し込んでから、紙袋を彼女に向けて差し出した。


「は、はいどうぞぉっ!」

「? ありがと」


 ルリちゃんは、頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべながら、俺が差し出した紙袋を受け取る。


「わわ……意外とたくさん入ってるね」

「あ……ゴメン。なんか、母さんが『息子が世話になってるルリちゃんの為に!』って張り切っちゃったみたいで、色々買ってきたみたい」

「そうなんだ……別にいいのに」


 俺の答えを聞いたルリちゃんは、困ったようなはにかみ笑いを浮かべた。


「ていうか……お世話になってるのは、あたしの方もだし」

「い、いや……そんな事は……」


 彼女に微笑みかけられて胸がドキリとするのを感じた俺は、慌てて視線を逸らしながらかぶりを振る。

 そんな俺の反応に首を傾げたルリちゃんは、受け取った紙袋の口を開けて中を覗き込んだ。


「どれどれ……あっ、『白き恋人』もあるじゃん! あたし、コレ好きなんだ!」

「あ、そ、そうなんだ。良かったね」

「うん! 嬉しーっ!」


 『白き恋人』の金属製の四角い箱を手にして無邪気にはしゃいでいるルリちゃんを見て、俺の口元も思わず綻ぶ。

 と、再び紙袋の中を覗き込んだ彼女が、訝しげに首を傾げた。


「あれ……? この小さな袋は何だろ? おみやげ……じゃなさそうな感じだけど」

「ッ!」


 ルリちゃんの声を聞いた瞬間、呑気に微笑んでいた俺の背中が凍りつく。


「なんだろ?」

「ちょ、ちょおおおおっと待ったあああああッ!」


 『白き恋人』の箱を小脇に抱えて、紙袋の中に手を突っ込もうとしたルリちゃんを慌てて制止する俺。

 彼女は、急に俺が上げた大声にビックリした様子で、丸くした目を向ける。


「な、なに急に?」

「あ……いや、その……」


 ルリちゃんに訊き返された俺は、答えに窮しながら、とにかく首を横に振った。


「そ、それは、今ここでじゃなくて、そ、その……出来れば後で確認してほしいんだ……」

「え、なんで?」

「いや、なんでって……そ、それはその……あの、ここで口にするのはアレというか……き、禁則事項というか……」

「キンソクジコー? 何それ?」

「と、とにかく! 後生だから、ここで開けるのだけは……いや、というか……で、出来れば、そのまま開けずにタンスの中にしまって、そのまま俺が渡したという事実自体を忘れてくれた方がいいというか……」

「はぁ? 何言ってんの?」


 しどろもどろな俺の答えに、ますます怪訝な表情を浮かべるルリちゃん。

 ……だが、「何とぞ……何とぞ……!」と、俺が拝み倒す勢いで懇願すると、大きく息を吐きながら頷いた。


「……分かったよ。いや、何なのか全然分からないけど、そこまで言うんだったら、ここで開けるのはやめておくよ」

「そ……そうして頂けると幸いです……」


 ルリちゃんの言葉に、俺はホッと胸を撫で下ろす。


 ……まあ、肝心の問題は何一つ解決してなくて、露見するのが少し先になっただけなんだけど……。

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