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第三百十三訓 大事な事は忘れずに覚えておきましょう

 薄暗い夜道を十五分ほど歩いた俺とルリちゃんは、駅前につながる大きな通りに出た。

 車道が三車線の広い大通りは、道の両脇に建つ店や看板の照明が煌々と照らし出していて明るく、通行人の喧騒や行き交う車がアスファルトをタイヤで切りつける音やエンジン音で、それまで俺たちが歩いてきた道とは打って変わり、とても騒がしい。

 まっすぐ伸びた道の突き当たりには、ターミナル駅の上に建つ大きな駅ビルが見えた。


「ふぅ……」


 二百メートルくらい先に見える駅ビルに目を向けながら、俺は小さく息を吐く。


「ようやく着いたか。結構歩いたね……」

「そうかな?」


 横を歩いていたルリちゃんは、俺の呟きに首を傾げた。


「ウチから駅までって、そんなに遠くなくない?」

「まあ……確かに歩ける距離ではあるけど、かといって、徒歩十五分は“近い”とも言えないというか……」

「そりゃ、ソータん家に比べたら駅から遠いけどさ」


 苦笑いを浮かべながらの俺の答えに、ルリちゃんは不満そうに頬を膨らませる。

 そんな彼女の横顔を、気付かれないように横目で見つめていた俺だったが、唐突にある事を思い出した。


「……あっ、そういえば……忘れてた」

「どうしたの?」


 俺が上げた声を聞きつけたルリちゃんが、怪訝な顔をしながら尋ねる。


「ウチになにか忘れ物でもしてきた? 一回戻る?」

「あ、いや……」


 彼女の問いかけに、俺は苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。


「君の家に忘れたんじゃなくて、むしろ逆」

「え?」

「つまり、あっちの方ってコト」


 そう言いながら、俺は駅の方を指さす。


「この前、君に電話した時に言ったじゃん。『ウチの母さんから預けられた北海道みやげを渡したい』って」

「あぁ……」


 俺の言葉を聞いたルリちゃんは、目を大きく見開いた。


「そういえば、そんな事言ってたね。その後、あたしの方が秋祭りでか……彼氏のフリをしてほしいって頼んだりしたから、すっかり記憶から抜け落ちてたよ」

「ははは……」


 舌をぺろりと出すルリちゃんの仕草にドキリとしたのを笑ってごまかした俺は、出来るだけ平静を装って話を続ける。


「そ、それで……そのおみやげを一応持って来たんだけど、秋祭りの人込みに持っていったら邪魔になるかなと思って、駅のコインロッカーに預けておいたんだ」

「あぁ、そういうこと」


 俺の言葉を聞いたルリちゃんは、腑に落ちた様子で頷くが、すぐに「……ん?」と首を傾げた。


「……だったら、あたしが駅まで行かないと受け取れないじゃん。なのに、なんでさっきはあたしの家で別れようとしたのさ?」

「ま、まあ、それは……」


 ルリちゃんの疑問に、俺は気まずい思いを抱きながら頬を掻く。


「お、俺もルリちゃんと同じで、なんやかんや色々な事があったせいで、おみやげの事が頭から抜け落ちちゃったからというか……」

「あぁ、なるほどね」


 俺の答えを聞いたルリちゃんは、苦笑しながら頷いた。


「確かに、LANE通話した時のアカネとか、結構インパクト強かったからね。それに、キ……」


 そう言いかけたところで、彼女はふと口を噤み、自分の唇に指を触れる。

 ――それから、ハッとした様子で目を丸くするや、大慌てでブンブンと首を横に振った。


「そ、それに、雷ッ! か、雷すごかったからッ忘れてもしょうがないよねウンッ!」

「う、うん……そうだよね……」


 なぜか早口で捲し立てたルリちゃんに気圧されながら、俺はコクコクと頷く。

 と、肩を上下させながら荒い息を吐いていた彼女は、駅に向かって顎をしゃくった。


「じゃ、じゃあ……駅に着いたら、あたしがそれを受け取ればいいんだね?」

「そ、そうだね……」

「よ、よしっ!」


 ルリちゃんは、俺の答えを聞くや、急ぎ足で歩き始める。


「だ……だったら早く行こっ! モタモタしてたら、ソータの帰る電車が無くなっちゃうかもしれないしっ!」

「う、うん、了解……」


 なぜか妙に急ぎ始めたルリちゃんの様子に戸惑いながらも、俺はスピードを上げる彼女の後を慌てて追うのだった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ――駅前の広場は、深夜十時を過ぎたにかかわらず、たくさんの人でごった返していた。

 タイルで舗装された広場の真ん中には、大きな噴水があって、周りに設置されたLED照明によって綺麗に照らし出されている。

 そして、その周囲には十組くらいのカップルがいて、ライトアップされた噴水の水が躍るさまをうっとりと眺めて……は居らず、そんなものそっちのけで、互いの体を密着させながらイチャイチャしていた……。

 俺がおみやげを預けたロッカーは、噴水の向こう側にある。

 コインロッカーへと向かう俺は、少しの気まずさとたくさんのジェラシーを胸に抱きながら、カップルたちの間を縫うように通り過ぎた。

 ……と、不意に隣を歩くルリちゃんの気配が消えた事に気付く。

 怪訝に思いながら振り返った俺は、噴水の方に顔を向けて立ち止まっているルリちゃんに声をかけた。


「……どうしたの?」

「あ……う、ううん……」


 ボーっとした様子で噴水を眺めていたルリちゃんは、俺の声で我に返った様子で、目をパチクリさせる。


「その……なんでもない」

「……そう?」


 小さく首を横に振った彼女の様子が気になったものの、それ以上突っ込むのも躊躇った俺は、駅の入り口の横に設置されているロッカーを指さしながら言った。


「おみやげを入れてるのはあそこのロッカーだけど……噴水を見ていたいんなら、ここで待ってていいよ。取ってくるから」

「……ううん、大丈夫」


 俺の提案に、ルリちゃんはどこか寂しげな笑みを浮かべながら、小さくかぶりを振る。


「……ひとりで見ててもしょうがないし……」

「……え?」

「あ、なんでもないっ!」


 訊き返した俺に、上ずった声でそう答えたルリちゃんは、噴水にくるりと背を向け、コインロッカーに向かって足早に歩き始めた。

 取り残された格好になった俺も、慌ててその後を追う。

 ルリちゃんから少し遅れてコインロッカーに着いた俺は、ズボンのポケットをまさぐってロッカーの鍵を取り出し、自分がおみやげを入れた扉の鍵穴に差し込んだ。

 ガチリという固い音と共に鍵が回り、扉のロックが外れる。

 扉を引いて開けた俺は、中に入っていた紙袋を取り出した。

 ――と、


「……ん?」


 取り出した紙袋に微かな違和感を覚えた俺は、怪訝な顔をしながら袋の中を覗き込むと……中にはルリちゃんに渡す北海道のおみやげと……どこか見覚えがある、一回り小さな袋が入っている。


(あれ……この袋……確か……)


 俺は、どことなく不穏な予感を抱いた。

 次の瞬間――昨夜、自宅で紙袋をまとめていた時の記憶がフラッシュバックする。


 ――『……あ、そうだ……』

 ――『せ、せっかくだから……おみやげと一緒に、こいつもこっそり返しちゃおうか……』

 ――『だ……大丈夫だよ……。い、今なら、ルリちゃんもそんなに怒らないでくれるに違いない……怒らないんじゃないかな……多分……怒らないといいな……』

 ――『ま、まあ……明日のルリちゃんの機嫌次第で、ヤバそうだったらこっそり抜いて、おみやげだけ渡しちゃえばいいし……』


「――ッ!」


 記憶を完全に思い出した俺は、顔面からみるみる血の気が引いていくのを感じながら息を呑む。


 ――そうだった。

 おみやげに紛れて返そうと、一緒に持って来たんだった……。


 ルリちゃんが俺の家に泊まった時に忘れていった……()()()()()()()()を――。

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