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第三百十一訓 帰ろうとしている人をしつこく引き止めるのはやめましょう

 「じゃあ……」


 亜樹子さんのしつこい誘いを何とか振り切った俺は、玄関で靴を履きながら振り返った。


「このへんで失礼します。お邪魔しました」

「ホントに帰っちゃうの~?」


 玄関まで見送りに出てくれた亜樹子さんは、がっかりした声を上げる。


「残念ねぇ。もっとたくさんお話ししたかったのに」

「お話ししたかったって……何を話すつもりなのさ」


 少し遅れて玄関に来たルリちゃんが、白け声で言った。

 そんな娘の言葉に、亜樹子さんはニヤニヤする。


「そりゃあ、色々よ。たとえば……恋バナとか♪」

「うわキッショ」


 母親の答えに、ルリちゃんは思い切り顔を顰めながら辛辣に吐き捨てた。

 そんな娘のリアクションも全く気にかけない様子で、亜樹子さんは俺に微笑みかける。


「また来てね、本郷くん。待ってるからね」

「は、はあ……その、前向きに検討します……」


 亜樹子さんの言葉に、俺はお堅い役人か政治家の答弁みたいな答えを返した。

 そして、上がり框に並んでいる母娘に向けて、軽く会釈する。


「じゃあ……色々とお世話になりました」

「いえいえ、何のお構いも出来ませんで」


 俺の言葉を聞いた亜樹子さんは、苦笑しながら首を左右に振った。

 そして、横に立つルリちゃんにチラリと目を遣ると、俺に向かって頭を下げた。


「むしろ、お世話になったのはこっちの方よ。ウチのルリが、色々と迷惑かけちゃってごめんなさいね」

「あ、いえ……」


 亜樹子さんからの謝罪に、俺はどう答えていいか分からず戸惑う。

 と、彼女はルリちゃんの事を肘で小突いた。


「ほら、あなたも本郷くんにちゃんとお礼を言いなさいな」

「えぇ……?」

「えぇじゃないわよ」


 躊躇する様子のルリちゃんに、亜樹子さんは咎めるように言う。


「本郷くんは、あなたのワガママに付き合って、わざわざ休みを使ってここまで来てくれたのよ」

「う……」

「それに、雷が鳴っている間、ずっとあなたの側に居てくれたんでしょ? それなのに、感謝の気持ちひとつも無いの?」

「そ、そんな訳ないって!」


 ルリちゃんは、亜樹子さんの言葉に声を荒げ、激しくかぶりを振った。


「もちろん、あたしもソータに感謝してるよ!」


 そう言った彼女は、急に顔を伏せ、それから小さな声で「でも……ママの前で言うのはちょっと……」と続けた。


「あぁ……そゆコト」


 そんな彼女の言葉を聞いた亜樹子さんは、したり顔で頷くと、急に彼女の背中を前へ押し出す。


「わっ? な、何するのっ?」

「だったら、本郷くんの事を駅まで送ってきなさい」


 突然背中を押されたせいでよろめき、驚いて振り返ったルリちゃんに、亜樹子さんは有無を言わさぬ口調で告げた。


「私がいると言いづらいんでしょ? だったら、駅に行くまでの道でちゃんと本郷くんにお礼を言いなさい。いいわね」

「え……?」

「あ、そ、そんな、お礼とか……気を遣わなくていいですよ!」


 目を丸くするルリちゃんの顔を見た俺は、慌てて亜樹子さんに言う。


「も、もう十時過ぎで遅いですし、別にひとりで帰れますから……」

「ダメダメ」


 断ろうとする俺に、亜樹子さんはきっぱりと首を横に振った。


「せめて見送るくらいさせないと、ここまでしてくれた君に申し訳が立たないわよ」

「い、いや……そう言っても、帰りはルリちゃんひとりになっちゃいますし……女の子の一人歩きは危ないっすよ……」

「……大丈夫だよ」


 俺の懸念をきっぱりと否定したのは、亜樹子さんではなく――、


「る、ルリちゃん?」

「別に、夜の道なんて歩き慣れてるし、ここらへんはそんなに治安悪くないから平気だよ」


 驚く俺にそう言ったルリちゃんは、三和土に転がっていたサンダルを無造作に履いて、扉のノブに手をかけた。

 ――と、


「ちょっとちょっと。そんな恰好で外に出ちゃダメよ、ルリ?」

「はあ?」


 亜樹子さんに呼び止められたルリちゃんは、不満げな顔で振り返る。


「何さ。送りに行けって言ったり、行っちゃダメって言ったり……」

「別に、『行くな』なんて言ってないわよ」


 と、ルリちゃんの言葉に言い返した亜樹子さんは、彼女の頭を指さした。


「そんな寝ぐせが立ちまくった頭で街を歩くつもり?」

「あ……」

「せめて髪を梳かしてきなさい。そんなボサボサ頭じゃ、隣を歩く本郷くんに恥をかかせちゃうわよ」

「……っ!」


 亜樹子さんの指摘にハッとしたルリちゃんは、手を自分の頭にペタンと置くやみるみる顔を赤くして、くるりと踵を返す。


「ルリちゃ――」

「ちょ、ちょっと待っててソータ! すぐ髪を直してくるからっ!」


 ルリちゃんはそう言い残して、俺の返事も聞かずに小走りで洗面所へと消えていった。


「うふふ……」


 彼女が洗面所のドアの向こうへ消えるのを見届けた亜樹子さんは、口元に手を当てて楽しそうに笑った。

 そして、俺の方に顔を向けると、ドヤ顔で片目を瞑ってみせる。


「さあ、お膳立てはしてあげたわよ。後は頑張ってね、本郷くん♪」

「い、いや、お膳立てって……」


 亜樹子さんの言葉に困惑しながら、俺は首を横に振った。


「そ、そんな事をされたところで、別に何もする気は無いっすよ、俺……」

「えぇ? なんで?」


 俺の返事を聞いた亜樹子さんは、あからさまにガッカリした顔をする。


「君は、ルリの事が好きなんじゃないの?」

「そ、それはそうなんですけど……」

「じゃあ、いつ告白するのよ? 今でしょ!」

「いや、どこの塾講師っすかアンタ。……つか、微妙にネタが古いし……」


 思わずツッコミを入れながら、並々ならぬ暑苦しさを伴ってグイグイくる亜樹子さんに辟易する俺だった……。

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