第三百六訓 誉め言葉は素直に受け取りましょう
「ちゃ、ちゃんとした恋愛を……ルリちゃんと……?」
と、亜樹子さんの言葉に、一瞬胸を高鳴らせる俺だったが、すぐにあきらめ顔を浮かべながらかぶりを振った。
「いや……たとえ、ルリちゃんと藤岡さんの関係性が亜樹子さんの言う通りだったとしても、俺が彼女の特別な存在になれる事はないですよ……」
「あら? どうしてそう思うの?」
俺の言葉に、亜樹子さんは訝しげに首を傾げる。
そんな彼女の問いかけに、俺は自嘲げな薄笑みを浮かべながら答えた。
「……今の俺が、ルリちゃんの中で『友達』としてカテゴライズされてしまってるからです。だから、もう俺が彼女に恋愛感情を抱かれる事は無いと思います。……ルリちゃんが、藤岡さんから完全に『妹的存在』という認識をされていて、恋愛対象からは外れてしまったのと同じような感じかと――」
「ホダカくんとはだいぶ違うんじゃない?」
俺の声を途中で遮った亜樹子さんは、「だって」と続ける。
「妹に恋愛感情を抱く人は基本的にはいないけど、友達の関係から発展して恋人になる人なんていくらでもいるじゃない」
「ま、まあ……確かに……」
亜樹子さんの言葉に、一瞬だけ希望の光を見い出しかけた俺だったが、すぐにルリちゃんの心を振り向かせるにはネックとなる基本中の基本な問題点を思い出してしまい、がくりと肩を落とした。
「いや……たとえそうだとしても、大してイケメンでもカッコよくもない俺なんかじゃ、ルリちゃんが好きになんてなってくれないんじゃ……」
「やれやれ……ホントにネガティブねぇ」
ウジウジしている俺に呆れた様子で、亜樹子さんは溜息を吐いた。
その言葉に、俺は不満げに口を尖らせる。
「いや……さっき俺の事を“中の中辛”呼ばわりしたその口でそれ言います?」
「言うわよ。だって、“中”プラス“中辛”なんだから、真ん中よりは上って事でしょ。なのに、そんな風にウジウジしてるんだもの。呆れもするわよ」
「うぐぐ……」
もっともなド正論に、俺は返す言葉も無い。
と、亜樹子さんは、しょげる俺を励ますように言った。
「ふふ、もっと自分に自信を持ちなさいな。確かに、ホダカくんと比べちゃうとルックスはアレだけど、君だってそれなりにイケてると思うよ」
「アレだのそれなりだのって……」
どこかフワッフワした激励の言葉に、俺は顔を引きつらせる。
そんな俺の反応に苦笑いしながら、亜樹子さんは「それに……」と続けた。
「ホダカくんとも引けを取ってないところが、君にもひとつあるわよ」
「え……?」
彼女の言葉に、俺は思わず目を見開く。
「俺が、藤岡さんにも引けを取ってないところ……? それって、どこです?」
「それはね……」
その問いかけに、ニコリと微笑んだ亜樹子さんは、
「ここよ」
と言いながらおもむろに手を伸ばし、指先で俺の胸の真ん中をちょんとつついた。
「わあふぅんっ!」
突然ボディタッチされた俺は、めちゃくちゃビックリして変な声を上げる。
「な! 何するんすか、いきなり!」
「あはは、ちょっと胸をつっついただけなのに、リアクションが面白いなぁ本郷くん」
「昔のドラマに出てくるエロ部長かアンタは! セクハラダメ! ゼッタイ!」
俺は、胸を両腕で隠しながら、ニヤニヤしている亜樹子さんに抗議した。
そんな俺のクレームに、亜樹子さんは「ゴメンゴメン」と至って軽い調子で謝ってから、「そういうつもりじゃなくってさ」と続ける。
「私は、『君がホダカくんと引けを取っていないところは、その胸の奥にある優しさだよ』って伝えようとしたんだよ」
「や、優しさ……」
俺は、亜樹子さんの言葉を聞いて目を丸くし――それからがっくりと肩を落とした。
「ああ、優しさね。はいはい……そりゃどうも。ありがとうございます」
「……あれ? なんかテンション下がってる?」
亜樹子さんは、俺の冷めた返事に首を傾げる。
それに対し、俺は大きな溜息を吐いてから、小さく頷いた。
「そりゃ下がりますって。俺がこれまで生きてきた中で、何回『優しい』って言われてきたと思ってるんですか。『他に褒めるところが無いから、とりあえず挙げてみました』って感じで。だから、もう慣れっこなんですよ。……ウンザリしてるとも言いますが」
「いやいや、そういうんじゃないって」
亜樹子さんは、苦笑いしながら首を横に振る。
「私が君の事を『優しい』って言ったのは、そういう消去法とかお世辞とか、そういうんじゃなくって、百パーセント本心よ」
「ほ、本当ですか……?」
「本当よ」
訝しむ俺の問いかけに、亜樹子さんは急にマジメな顔になって頷いた。
「ホダカくんも優しいけど、本郷くんもそれに負けないくらい……いえ、ひょっとしたらホダカくんよりもずっと優しいよ」
「藤岡さんよりも……?」
「うん。ルリから話を聞いたり、この前電話でお話しした時からそう思ってたけど、今日こうやって実際に会って、ますますそう確信したわ」
そう言った亜樹子さんは、「たとえば……」と続ける。
「さっき、私が『ホダカくんはルリの事を“妹”として見てるから、あの子が本当の意味で彼の事を好きになったとしても、結局想いは報われない』って言った時、あなたはホッとしたでしょ? ――『ルリがそんな辛い想いをしないで良かった』って」
「な……なんで分かるんですか……?」
「ふふふ、言ったでしょ? 私は会社の監査担当だって」
心の中を見透かされた事に驚きながら投げかけた俺の問いかけに、亜樹子さんは自慢げに胸を張りながら答えた。
「仕事柄、相手の表情や反応から心理を読むのが得意なのよ」
「そ、そうなんですか……?」
尋ねる俺にいたずらっぽく微笑んだ亜樹子さんは、チラリとキッチンの方に目を向ける。
そして、急に声を潜めて、「だからね……」と言った。
「私には、ルリの気持ちも何となく分かるのよ。……あの子自身も気付いてない、ね」




