第三百五訓 自分の事を他の人と比べてヘコむのはやめましょう
「……っていうか」
そう言って肩を竦めた俺は、自嘲の笑みを浮かべながら首を横に振った。
「さっきは、なんだかテンションが上がって、危うく事故るところでしたけど、冷静になって考えてみたら、告白しても無駄だったと思います」
「あら、どうしてそう思うの?」
「……俺じゃ、全然タイプが違いますから」
俺は、亜樹子さんの問いかけに、とある男の顔を思い浮かべながら答える。
「彼女が好きだった……あの人とは」
「ああ、ホダカくんね」
亜樹子の言葉に、俺はコクンと頷いた。
「俺と藤岡さんとは雲泥の差がありますから。顔も、身長も、スタイルも……」
もう一ヶ所、俺がどう足掻いても太刀打ちできない『すごく……大きいです』な部分を挙げかけたが、すんでのところで思いとどまり、慌てて出かけた言葉を呑み込んでから、改めて言い直す。
「そ、それにその……性格も……」
「ふふ……確かにそうかもねぇ」
「ぜ、全肯定ッ?」
正直、「そんな事無いわよ」という慰め混じりの返事をちょっとだけ期待していた俺は、バッサリと斬り捨てられて目を白黒させた。
「も、もう少しこう、何というか、手心というか……」
「だって事実だもの」
懇願する俺に無慈悲なトドメを刺した亜樹子さんは、まるで撮影アングルを確認するカメラマンのように、両手の指で作った窓の中から俺の事を覗き込んでみせる。
「まあ……本郷くんも、言うほどルックスは悪くはないと思うわよ。中の上……いや、中の中……よりは少し上くらい……中の中辛くらいかなぁ?」
「い、いや、何すか“中の中辛”って! カレーかよっ?」
意味不明なルックス判定に、俺は思わずツッコんだ。
そんな俺のリアクションを面白がりながら、亜樹子さんは更に話を続ける。
「でも、ホダカくんと比べちゃうとねぇ。相手が悪いわよ」
「ぐ……」
「あの子の事は生まれた時から知ってるけど、昔からイケメンだからね。まあ、さすがにテレビに出てるアイドルや俳優さんクラスには敵わないと思うけど、もしもU-TUBERになったら、女の子に人気出て上位狙えると思うなぁ」
「……だったら、俺の言う通りじゃないっすか」
亜樹子さんの言葉に項垂れながら、俺は力なく言った。
「そんなイケメンの藤岡さんの事がずっと好きだったルリちゃんが、俺みたいな中の中……辛? と、とにかくそんな中途半端なツラした俺なんかを好きになるはずないじゃないですか」
そう吐き捨てるように言った俺は、大きな溜息を吐く。
「……だから、告白しても無駄でしょ」
「あら、そうでもないわよ?」
「え?」
亜樹子さんの言葉に、俺は思わず顔を上げた。
キョトンとする俺に、亜樹子さんは優しく微笑みかけながら言葉を継ぐ。
「ほら……この前、君と初めて電話した時に言ったでしょ。ルリがホダカくんに向けてる『好き』は、恋愛的な意味の『好き』とはちょっと違うってさ」
「そ、そういえば……言ってたような気も」
『あの子のホダカくんへの気持ちは、厳密に言うと“恋愛感情”とは少し違うと思う』――確かにあの時、亜樹子さんはそう言っていた。
そして……同じような事を、俺は以前に聞いた覚えがあった。
――『颯大くんの事は好きだよ。でも……その“好き”は、家族みたいな関係の“好き”で……ホダカさんに対するような……男の人としての“好き”とは、やっぱり違うの……』
ルリちゃんとミクの通話を横で聞いていた時に……。
亜樹子さんは、俺の呟きに小さく頷いた。
「ルリの『ホダカくんが好き」って感情は、異性に対するものというより、家族に対するものに近いと思うわ」
「家族……って事は、つまり……ルリちゃんが藤岡さんに抱いているのは、妹がお兄さんに向けるような……兄妹愛だと?」
「ううん」
俺の言葉にかぶりを振った亜樹子さんは、フッと表情を曇らせる。
「……多分、父親に対するものの方が近いと思う」
「父親……」
「――本郷くんは、もう知ってるかもしれないけど」
そう言うと、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。
「実は私、ルリがまだ小さい頃に旦那と別れてて、それから女手ひとつであの子を育ててきたの。いわゆるシングルマザーってやつね」
「あ……」
亜樹子さんの言葉に、俺はハッとする。……そういえば、ルリちゃんの口からお父さんの話を聞いた事が無かった。
「あの子、口では平気って言ってたけど、やっぱりお父さんがいなくて寂しい思いをしていたと思うの。自分でも知らず知らずのうちに、心のどこかで“父親”を求めてて……」
「……一番身近にいた藤岡さんの優しさに“父親”を感じて、それで惹かれていた……と」
「そんな感じだと思うわ……」
俺の言葉に頷いた亜樹子さんは、小さく息を吐く。
「まあ……相手の父性や母性に惹かれて、そこから男女への恋愛感情に発展する事もあるけど……ホダカくんの方がルリの事を完全に“妹”として見てるから、あの子の想いが報われる事は……無いでしょうね」
「……」
――『……そうちゃんの事は好きだよ。最初に会った時から、ずっと。――でも、その“好き”は、そうちゃんの“好き”とは意味合いが違うの……』
俺の脳裏に、ひと月半前に大好きだった女性から告げられた言葉が蘇った。
自分の気持ちにケリをつけられたとはいえ、あの時の事を思い出すと、今でも心の奥がズキズキと疼く。
亜樹子さんの言う通り、もしルリちゃんが藤岡さんに想いを打ち明けたとしても、あの時の俺と同じ辛い結果になる事は避けられないだろう。
残念な結果に終わる事は変わらなかったとはいえ、ルリちゃんが藤岡さんに気持ちを伝える事を思いとどまった事で、俺のようなキツい思いを味わわずに済んだのは良かったのかもしれない――。
……と、
「ふふ……」
「な……何ですか? 人の顔を覗き込んで急に笑ったりして……」
「べつにー。何でもないわ」
たじろぐ俺に首を横に振った亜樹子さんは、「だからね……」と続けた。
「私は、本郷くんに期待してるのよ。――ホダカくんじゃなくて君となら、ルリもちゃんとした“恋愛”が出来るんじゃないか……ってね」




