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第三百訓 大切な事は躊躇わずにしっかりと告げましょう

 「あ……」


 ベッドの上で四つん這いになった俺は、目の前五センチも無い距離まで近付いたルリちゃんの顔を見つめながら、上ずった声を漏らした。

 同時に、左胸の心臓がけたたましい鼓動を上げ始め、それによって送り出された血液によって、全身がカッと熱くなるのを感じる。


「あ……」


 一方のルリちゃんは、よろけた俺の体に押されてベッドに仰向けに横たわり、呆然とした様子でこっちを見上げていた。

 急な事で、まだ状況が良く呑み込めていないのか、まん丸にした目をパチクリと瞬かせている。

 ――と、彼女がおずおずと口を開いた。


「え……えっと……」

「……あ」


 当惑混じりで彼女の声が耳に入って、それまで石化したかのように全身が固まっていた俺は、ハッと我に返る。

 ――でも、彼女の口から漏れた吐息が自分の頬に触れた瞬間、俺の全身の体温は更に上がり、特に頭の中は、脳味噌が沸騰したかのように熱くなった。


「……」


 ビートを刻み過ぎて、もはやドラムロールのようになった鼓動の音を、熱に浮かされたようになった意識の片隅で聞きつつ、俺はルリちゃんの体の上で四つん這いになったまま、無言で彼女の顔を見つめる。


「……ソータ?」


 ようやく俺のただならぬ様子に気付いたらしいルリちゃんが、怪訝な声を上げた。


「ど、どうしたの……って、ていうか……ち、近くない……?」


 そう言って、彼女はドギマギした様子で目を逸らす。

 恥じらうようなルリちゃんの反応に、自分の身体の体温が更に上昇するのを感じながら、俺は細く長く息を吐いて気持ちを整えた。


『颯大……言うんだな? 今……! ここで!』


 頭の中で、超大型巨人の継承者(ベルなんとかさん)が、興奮した口ぶりで俺に問いかける。

 それに対し、


『あぁ! 勝負は今! ここで決めるッ!』


 と、脳内で男らしく吠えた俺は、目を横に逸らしているルリちゃんの顔を見つめ、ごくりと唾を飲み込んでから、出来るだけ落ち着かせた声で呼びかけた。


「……ルリちゃん」

「は、はいっ?」


 ルリちゃんは、俺の声を聞いた途端、ビクリと肩を震わせ、恐る恐るといった様子で俺の方に視線を戻す。


「な、何……ですか?」

「……」


 なぜか敬語で問いかける彼女の表情を見た瞬間、俺は思わずそのまま自分の顔を近づけてしまいたい衝動に駆られそうになったが、ギリギリのところで自制心のブレーキをかけて耐えた。

 俺は、頭に上り切った血を下げようと首を激しく左右に振りながら、もう一度深呼吸をして、何とか気持ちを落ち着かせる。

 そして、窓から入る微かな光を反射する彼女の大きな目を真っ直ぐに見つめながら、覚悟を決めて口を開いた。


「……実は、君に伝えなきゃいけない事があるんだ」

「つ、伝えなきゃいけない……事?」


 少しかすれた声で訊き返すルリちゃん。

 俺は「うん」と頷いて、途切れ途切れに言葉を継ぐ。


「その……お、俺さ……あの……」

「……う、うん」

「ええと……さ、さっき、気付いたんだけど……じ、自分の……気持ち? そ、そういうアレに……」

「き……もち……?」


 そう呟いて、訝しげに首を傾げかけたルリちゃんだったが、急に何か思い当たったような顔になって、目を大きく見張った。


「え? そ、それって……」

「……うん」


 上ずった彼女の問いかけに、俺は短く応えて、コクンと頷く。

 ぼんやりと表情が分かる程度しかない明るさでも分かるくらい、ルリちゃんの頬が紅くなっている……ような気がする。

 多分、それは俺の顔も同じ……いや、確実に彼女以上に真っ赤に染まっているに違いない。自分の頬が、バターを当てたらあっという間に溶けそうなくらいに熱く火照っているのが分かる。

 部屋が暗い上に逆光になってるから、ルリちゃんの方からは真っ赤になった俺の顔は良く見えていないと思いたい……見えてないといいな……。


「えーと……」


 頭の片隅でそんな希望的観測をしながら、俺はおずおずと口を開く。


「つ、つまり……お、俺は……き、君の事、が――」


 『好きになったんだ』と続けようとした――その時、

 玄関の方から“ガチン”という金属音がした。

 ――間違いなく、玄関ドアの鍵が回る音だ。


「「――っ!」」


 その音に完全に不意を衝かれた俺たちは、ベッドの上に乗ったまま、思わず体を硬直させる。

 すると――再び鍵の回る音が鳴り、それに続いて、微かに軋みながらドアが開いた気配がした。


『――ただいま~。ルリ、もう帰ってるの? 鍵開いてたけど』

「「っ!」」


 玄関口で靴を脱いでいるらしい物音と共に上がった声に、俺とルリちゃんは息を呑む。

 ……今の声には、聞き覚えがある。

 ルリちゃんが俺の家に泊まった時に電話で挨拶した、彼女のお母さんの声だ。

 それを悟った瞬間、俺は自分が今どこでどんな体勢でいるのかを思い出し、顔からサーッと血の気が引くのを感じた。


 ――暗い部屋。

 ベッドの上に横たわる娘。

 その上にのしかかる見知らぬ怪しい男――。


 ……はい。どこからどう見てもお母さん即通報コースです本当にありがとうございました。


(や、ヤバい……! い、今すぐどこかに身を隠さないと……!)


 と考えるものの、あまりの急展開についていけていない体は、まるで石化したかのように動かない。

 そんなことをしている間に、廊下を歩く足音がこちらの方に向かって近づいてきた。


『っていうか、すごい雷だったけど大丈夫だった? アンタ、雷苦手でしょ?』


 問いかける声と共に、ドアのノブを回す音が聞こえ、俺の心臓は縮み上がる。

 ……だが、ルリちゃんの部屋のドアは開かなかった。


『……アレ、いない?』


 どうやら、今お母さんが開けたのは、リビングのドアらしい。

 ホッと胸を撫で下ろした俺だったが、『こっちかな?』という声と共に、凝視していたルリちゃんの部屋のドアノブが“ガチャリ”と音を立てて回るのを見て、今度こそ万事休すを悟った。

 真っ暗闇に浮かぶ『You Died』の血文字を幻視して絶望する俺。

 ――だが、


「ちょ、ちょっと待って、ママッ!」

「ぶべぇっ!」


 激しく上ずったルリちゃんの声が上がると同時に、“ごつんっ!”という強い衝撃を鼻柱に受けた俺は、目の前に激しい火花が散るのを感じながら、そのままベッドから転がり落ちたのだった……。

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