第二十九訓 役割は適材適所で分担しましょう
『第25回・最高のカップルは誰だ? チキチキ! 走って答えてクイズ大会』に参加する、俺たちを含んだ三組のカップルの紹介が終わり、それに続けて、司会のお姉さんの口からクイズのルール説明が行われた。
それによると――このクイズは、
ふたりの内のひとりが“解答席”に座り、出題されたペンギンに関するクイズの答えが分かったら、机の上に置かれた解答ボタンを押す。
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その傍らに置かれたランニングマシーンが連動して動きだし、その上に乗ったもうひとりが二百メートル分を全力疾走し、走り切ったらそこで初めて解答権を得られる。
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クイズに見事正解すると1ポイント獲得。
↓
先に5ポイントを獲得したカップルが優勝。
――というルールらしい。
というか……何だか、某人気バラエティ番組の名物コーナーで、よく似た形式のクイズを見たような気がするのだが……。
俺と同じようなデジャヴを感じた人は他にもいるようで、詰めかけた観客たちの間から、「それって、あの番組の……?」「東フレのアレじゃね……?」「たわしのやつだ……」「パジェ〇……!」というひそひそ声があちこちから上がった。
「はーい! クイズの説明は、これでおしまいでーす!」
司会のお姉さんも観客席からの声を耳にしたのか、心なしか少し上ずった声を張り上げて、居合わせた人々の注意を引く。
そして、俺たち参加者たちの方にニッコリと笑いかけると、発泡スチロールのボードで粗末なデコレーションを施した三卓の机と、その傍らに置かれた三台のランニングマシーンを指さした。
「では、チャレンジャーの皆さん! クイズに答える方と走る方を決めて頂いたら、早速解答席へどうぞ~!」
司会のお姉さんの声に、俺たち三組のカップルたちは、思わず互いの顔を見合わせる。
俺も、戸惑いの表情を浮かべながら、未だガチガチに顔を強張らせている立花さんの方に顔を向け、おずおずと尋ねた。
「えっと……ど、どうしよっか? どっちが解答する?」
「そりゃあ……決まってるでしょ?」
俺の問いかけに、立花さんはさも当然そうに解答席を指さし、言葉を継ぐ。
「――あたしが解答席。あんたは走る方だよ」
「……デスヨネー」
彼女の答えを聞いた俺は、僅かに頬を引き攣らせた。
すると、目ざとくそれに気付いた立花さんが、眉間に皺を寄せる。
「何よ? 何か不満でも?」
「あ……いや、そういう訳じゃないんだけど……」
彼女に睨みつけられた俺は、タジタジとなりながら首を横に振り、「ただ……」と続ける。
「いやぁ、俺、最近マジに走ってないから……。それでいきなり二百メートル走らされるって、脚とか大丈夫かなって思ったり思わなかったり……」
「何、オッサンみたいな心配してんのさ?」
俺の言葉に、立花さんはジト目で俺の顔を見上げながらそう言うと、はあと大きな溜息を吐くと、小さく頷いた。
「まあ……別に、あたしが走る方をやってもいいんだけど。――あんたが、あたし以上にペンギンの事を知り尽くしてて、出題されるクイズを完璧に答えられるって言うのなら、ね」
「う……」
立花さんに痛いところを衝かれ、俺は言葉を詰まらせる。
彼女は、そんな俺に冷たい目で向けながら、低い声で「その代わり……」と言葉を継いだ。
「万が一……クイズに答えられずに、優勝を逃すような事があったら……どうなるか分かってるよね?」
「……喜んで、馬車馬のように走りまくらせて頂きます!」
俺は、自分に向けられた立花さんのジト目の奥に身の危険を感じ、慌ててピンと背筋を伸ばしながら叫んだ。
彼女は、そんな俺に向かって大きな溜息を吐くと、
「はじめっから、そう言いなよ。まったく……」
と言い捨て、ぷいっと顔を背けると、解答席に向かった。
「……」
俺も彼女と同じように大きく嘆息してから、ランニングマシーンの方へと向かい、軽く屈伸運動をしてから、黒いランニングベルトの上に乗る。
チラリと横を見ると、他の二組も、男性の方が走る方向で話が纏まったようだった。
「オナシャース!」
「あ……よろしく」
視線に気付いたふたりからにこやかに挨拶された俺は、コミュ障っぷりをいかんなく発揮しながら、ペコリと頭を下げる。
「あ……よ、宜しくオナシャス……」
……微妙にSAY☆YAさんの口調が移ってしまい、バツ悪げに頭を掻きながら、照れ笑いを浮かべる俺。
そんな俺の事を見て、弦田さんとSAY☆YAさんも相好を崩した。
と、その時、
「ではッ! 早速第一問っ!」
「は、早ッ!」
司会のお姉さんの元気のいい声が耳に入り、ルームランナーの上で慌てて体勢を整える俺たち。
そんな俺たちにも構わず、視界のお姉さんは手にした紙に書かれた問題を読み上げる。
「――現在、地球上に生息しているペンギンの種類を、全部答えて下さい!」
「……え、ええええええっ?」
出された問題を聞いた俺は、思わず驚愕と当惑が入り混じった声を上げた。
……いや、『地球上のペンギンの種類を全部答えろ』って。第一問から随分と難易度高くねえか……?
てっきり、『ペンギンが棲んでいるのはどこでしょう?』みたいな、ファミリー向けの緩い問題が出題されるとばかり思ってたので、完全に虚を衝かれた。
――もっとも、それは俺だけじゃなかったらしい。
弦田さんもSAY☆YAさんも、解答席に座る弦田さんの奥さん美沙姫さんも……いや、会場に居合わせた観客たちのほとんどが、ペンギン……もとい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、目をパチクリとさせている。
――ただ一人を除いては。
“ピンポ~ン”
唐突に、お馴染みのチャイムの音が会場に響き渡った。
それと同時に、俺が乗っていたルームランナーがゆっくりと動き始める。
「う、うおおおっ?」
突然動き始めたルームランナーの上で、完全に油断していた俺はバランスを崩し、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
その時、
「――何やってんの! 早く走って!」
「アッ……ハイッ!」
隣から飛んできた鋭い叱咤で我に返った俺は、慌ててルームランナーの横の手すりを掴んで、全速力で走り始める。
そして、ルームランナーの操作パネルに嵌め込まれた液晶の表示がどんどんと増えていき、やがて『200』になった。
と同時に、司会のお姉さんの弾んだ声が上がる。
「ハイッ! 本郷さんチーム、解答権獲得です! 答えをどうぞ~!」
「ぜえっ! ぜえっ! ぜえっ……!」
急な全力疾走で、すっかり息が切れた俺は、ルームランナーの手すりに寄りかかりながら、傍らの解答席に目を向ける。
そして、真っ直ぐに前を見つめている立花さんの真剣な横顔を見ながら、(本当に答え分かってるのかな、この娘……?)と少し不安になった。
もし不正解なら、今の俺の体力と努力がまるまる無駄になる訳なんですが、それは……。
そんな俺の心配をよそに、立花さんは大きく息を吸い込むと、それから一息で捲し立てた。
「――はいっ! エンペラーペンギン・キングペンギン・アデリーペンギン・ジェンツーペンギン・ヒゲペンギン・ガラパゴスペンギン・ケープペンギン・フンボルトペンギン・マゼランペンギン・フィヨルドランドペンギン・シュレーターペンギン・スネアーズペンギン・マカロニペンギン・ロイヤルペンギン・キタイワトビペンギン・ミナミイワトビペンギン・キガシラペンギン・コガタペンギンの全十八種類ですッ!」
「……ッ!」
一切の言い淀みも無く、まさに立て板に水を流すように答えた立花さんに、会場にいた全ての人々が驚きの眼差しを向けた。もちろん、俺も例外ではない。
そして、全員の注目が、正否を告げようとする視界のお姉さんの口元に移る。
「え~…………………」
司会のお姉さんは、会場を焦らせるように、溜めに溜めた末に――
「……ハイッ! 見事正解で~っす!」
と満面の笑みを浮かべて、両手で大きな丸を作ってみせた。
「「「「「「おおおおおおお~っ!」」」」」」
それを見て、観客たちが大きくどよめきながら、手を叩いて立花さんを喝采する。
「マジか! 当たりだってよ!」
「あのおねえちゃん、すごーい!」
「ペンギン全種類の名前なんて知らねえぞ、普通……!」
「え、えへへ……」
観客席から上がる称賛と驚嘆の声を受けて、立花さんは照れ笑いを浮かべながら、ペコペコと頭を下げているのだった。




