第二十八訓 呼ばれたら元気よく応えましょう
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「では早速、この『第25回・最高のカップルは誰だ? チキチキ! 走って答えてクイズ大会』に挑戦してくれるチャレンジャーの皆さんをご紹介いたしまーす!」
という司会のお姉さんの声を耳が耳に入り、それまでさっきのやり取りの事をぼんやり思い返していた俺は、ハッと我に返った。
そんな俺の事などお構いなしに、早速お姉さんは参加者紹介に移る。
「今回は、三組のお客様に参加して頂きました! まず一組目! 三か月前にご結婚されたばかりの新婚さん! 弦田さんご夫妻で~す!」
「あ……宜しくお願いします」
「が……頑張ります」
司会のお姉さんの紹介に応えるように、横一列に並んだ俺たちのうち、右側に立っていたお揃いのTシャツ姿の若い男女が、照れ笑いを浮かべながらおずおずと手を振った。
お揃いなのは服装だけじゃなく、厚みのある黒縁メガネといい、少し丸みを帯びた顔といい、纏う雰囲気といい、ビックリするくらいに似ている夫婦だ。
「夫婦は似てくるもの」とはよく言うが、この二人の場合、たったの三か月の新婚生活で急激に似てきたのか、それとも元々自分に似ている相手をお互いに選んだのか……果たしてどっちなのだろうか?
俺がそんなしょうもない事を考えている間に、弦田さん夫妻に向けて、観客の間からパチパチと拍手が上がった。
司会のお姉さんは、そんな和気藹々とした会場の雰囲気に対し、満足げに軽く会釈をすると、次の参加者の紹介を始める。
「え~、では、続きまして二組目! お仕事の繋がりでお知り合いになり、今日が初めてのデートだという、こちらも出来たてホヤホヤのアツアツカップル! SAY☆YAさんと美紗姫さんでーす!」
「「チョリーッス!」」
司会のお姉さんの声に続いて、やたらと胸元の露出が激しいノースリーブと腰回りに貼りつくようなピッチリとしたミニスカがエロ……魅力的な茶髪の女性と、スパンコールが入ってやたらとキラキラしているド紫のスーツ姿のロン毛の男性が、事前に打ち合わせでもしていたかのように、変顔とダブルピースをしながら奇声を発した。
やたらと濃い女性のメイクと、良い子の皆さんが多数訪れるお昼の水族館にはおよそ似つかわしくないケバい格好から、ふたりが知り合ったという“お仕事”が何なのかは容易に想像がつく……。
ギャラリーの皆さんも俺と同じ結論に達したのか、ふたりに温かい拍手を送りながらも、その顔はどことなく強張っていた。
司会のお姉さんも、微妙に頬を引き攣らせかけたものの、接客業のプロ意識を総動員して営業スマイルを維持する。
彼女は、気を取り直すようにゴホンと咳払いをすると、チラリと俺たちの方に視線を向けた。
――そうだ。次に呼ばれるのは、俺たちだ……。
そう考えた俺は、やにわにこの場から逃げ出したくなる。
だが、行動に移るには、既に遅かった……。
司会のお姉さんは、俺と立花さんに向けて、合図をするように小さく頷きかけると、観客の方に向けて声を上げる。
「そして、最後の三組目! 本日、幼馴染といっしょにご来館頂きましたおふたり! 本郷さんとルリさんの学生さんカップルでーす!」
「ど……ど、どうも~……」
お姉さんのコールに応え、俺は頭を掻きながら、ぎこちなく会釈した。にこやかな笑みを浮かべようとしたのだが、表情筋が全く仕事しておらず、まるで範馬勇〇郎の背中に浮かぶ“鬼の貌”になってしまっているような気がする……。
あ……ほら、一番前に座った幼児が、俺の顔を見て泣き出しそうになってる……。
いたたまれなくなった俺は、助けを求めようと、傍らの立花さんの方をチラリと見た。
だが――、
「あ……あ、あの……あの……え、えっと……よ、宜しくお……お願い……します……ハイ……」
いつもの、俺に対する傲岸不遜で尊大な態度はどこへやら。彼女は俺よりもずっとガチガチに緊張した様子で、顔全体を茹でダコのように真っ赤にして、まるで海底に生えているワカメのように、ユラユラと不規則に身体を揺らしながら、蚊の鳴くような声で言った。
(……え、ひょっとしてこの娘、実は物凄い緊張しいな人……?)
いつもとはまるで違う立花さんの姿に、俺は秘かにビックリする。
そんな立花さんの様子を見た観客たちの間から、ひそひそと囁き声が漏れ聞こえてきた。
「……大丈夫かな、あの娘? なんか、熱でもあるんじゃない?」
「でも、結構可愛い……いてっ! ご、ゴメンゴメン、君の方が可愛いって!」
「小さい子よね。まだ中学生くらいなんじゃない?」
「え……? じゃあ……あの大学生っぽい彼氏、ひょっとしてロリコ――」
おおおいっ! 誰がロリコンじゃあああああっ!
いわれの無い疑いをかけられた俺は、声の上がった方を睨……むほどの勇気はなく、聞こえぬフリをした。
そして、おそるおそる横を見る。
こんな事を立花さんが耳にしたら、彼女はどんなに怒り狂うか……。
……だが、緊張の極みにあるらしい彼女の耳には、ギャラリーのヒソヒソ声は全く届いていないようだ。
立花さんは、相変わらず喜怒哀楽を濃縮還元したような表情を俯かせて、ひたすらモジモジとしている。
「……」
……っていうか、「大会に参加して、優勝賞品をゲットしたい!」と、強引に他人の事を巻き込んだ言い出しっぺがこんな有様で、果たして優勝なんてできるのだろうか……?
「はあ……」
これから始まる激闘の前途多難を予感した俺は、青く澄み晴れた初夏の空を見上げ、深く深く嘆息したのだった……。




