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第二十七訓 人の事をつねるのは地味に痛いのでやめましょう

 「ご来場の皆さーん、こ~んに~ちは~!」


 サンライズ水族館の屋外エリア。可愛らしいペンギンたちがのんびりと泳いだり日向ぼっこをしているプール横のイベントスペースに、やたらハイトーンのお姉さんの声がスピーカー越しに響き渡った。

 ワイヤレスインカムマイクを着けた、青いスタッフジャンパー姿の小柄な茶髪のお姉さんは、イベントスペースに集まったお客さんたちに向かって営業スマイルを振りまく。

 俺は、そんなお姉さんの横顔をぼんやりと眺めながら、


(あのインカムの形……ケンドット製か。スピーカーはBOUZだし……結構いい機種使ってんじゃん)


 などと、家電量販店のバイトらしい視点で水族館の財政状況についてぼんやりと考えていた。

 お姉さんは、俺にこっそりそんな事を考えられている事など知る由も無く、大きく息を吸い込んで、更に言葉を続ける。


「本日は、サンライズ水族館にお越し頂きまして、ありがとうございま~す! これより、休日限定スペシャルイベント『第25回・最高のカップルは誰だ? チキチキ! 走って答えてクイズ大会』を開催いたしま~す!」


 やたらとテンションの高いお姉さんのタイトルコールに応じるように、周りに集まった観客たちからパチパチと拍手が上がった。

 ニコニコと笑いながら、楽しそうに拍手している小さい子どもたちの顔を()()()()見た俺は思わず頬を引き攣らせ、ダメ元で自分の横に立つ小柄な少女に向かって小声で囁きかける。


「あ……あの~。や……やっぱり俺、棄権してもいいっすか……?」

「は? ダメに決まってんでしょ」


 予想通り、俺の懇願に対し、立花さんはにべもなく首を横に振った。

 そして、俺の事を横目でジロリと睨みながら、抑えた声で言葉を継ぐ。


「このイベントは、カップルじゃないと参加できないんだから。アンタが居なくなったら、あたしまで棄権になっちゃうじゃん。絶対ダメ」

「とほほ……」


 立花さんの答えを聞いた俺は、まるでマンガみたいな嘆声を上げながら、晴れ渡った空を見上げるのだった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ――なぜ、俺 (と立花さん)が、この『第25回・最高のカップルは誰だ? チキチキ! 走って答えてクイズ大会』に参加する羽目になったのか……それは、十五分ほど前まで遡る。


 トイレ前の通路で言い争いをしていた俺たちに声をかけてきた男性スタッフが、「もし、お時間があるようでしたら……」という言葉とともに差し出してきたのが、このクイズ大会の開催を告知した二色刷りのチラシだった。

 男性スタッフは、明らかにトラブっている俺たちに声をかけてきた彼の無神け……もとい、強心臓っぷりに驚き、呆気に取られている俺たちに向け、早口でクイズ大会の内容の説明を行い、更に「宜しければ参加してくれませんか?」と誘ってきた。

 もちろん、俺はすぐに断ろうとした。

 生粋の陰キャである俺にとって、沢山の人が見ている前でクイズに答えるなんて、ハードルが高すぎる。

 それに……今、俺の横にいる女の子は、彼女でも何でもない。

 つまり、そもそも俺たちは、大会のタイトルにある“カップル”という参加条件(レギュレーション)を満たしていないのだ。


「あ、あの……。すみませんが、俺と彼女は別にカップルとかで――痛でっ!」


 誘いを断ろうと、男性スタッフに向けて口を開きかけた俺は、思い切り腕をつねられて、堪らず悲鳴を上げた。

 すると、俺の腕をつねり上げた()()が、大きな目をキラキラと輝かせながら叫ぶ。


「はいはーい! 参加します、あたしたちッ!」

「ふぁ、ファッ?」


 予想外の立花さんの声に、俺は仰天して声を裏返した。

 一方、男性スタッフは、歓喜と安堵が入り混じった表情を浮かべる。


「おおっ! 本当ですかぁ! いや~、良かった。ぶっちゃけ、なかなか参加して頂ける方が見つからなくて困ってたんですよ~」


 そう言いながら、早速クイズ大会の参加手続きの書類を用意をし始める男性スタッフをよそに、俺は傍らの立花さんに小声で抗議の声を上げた。


「……って、何でオッケーしたのさっ? だ、だって……俺たち、カップルでも何でもないじゃんか!」

「うっさいなぁ。んなの、黙ってればバレないって!」

「いや……そういう事じゃなくて……」


 俺は、立花さんにギロリと睨まれてたじろぐ。

 と、彼女は俺の顔を見上げながら、大きく溜息を吐いた。


「そりゃ……あたしも、アンタみたいなヤツとカップルだなんて思われたくないよ。出来れば、ホダカと一緒に参加したかったよ。あ~あ、()()()()()()()()が勝手な事をしなきゃなあ~」

「うっ……」


 立花さんに嫌味たっぷりに言われた俺は、居心地悪げに身を竦ませるしかない。

 ……でも、それを言うなら、俺も同じだ。もし、この場にミクがいて、あいつと“カップル”としてクイズ大会に参加できるのだったら、俺は喜んで男性スタッフの誘いを受けていた事だろう。

 ホントに何やってんだ、俺のアホ……。

 ……と、その時、

 俺の頭にひとつの疑問が浮かび、俺は立花さんに尋ねた。


「でも……だったら俺と参加しなきゃいいじゃん……。何で参加するって言ったし」

「……だって、しょうがないじゃん」


 立花さんはブスッと頬を膨らませながら、先ほど男性スタッフから手渡されたチラシの『開催時間』の箇所を指さした。


「ほら、あと十五分くらいで始まっちゃうんだもん。ホダカが側にいない以上、アンタで妥協するしか無いじゃん。……ものすごく不満だけどさ」

「いや……妥協て」


 歯に衣着せぬ彼女の容赦ない言いぶりに、俺は頬を引き攣らせる。

 そして、訝しげに首を傾げた。


「でも……何でそこまでして参加したがるんだよ? 断ればいいじゃないか、別にさ」

「参加しない訳にはいかないでしょ、コレを見たらさ!」


 俺の言葉に激しくかぶりを振った立花さんは、目を輝かせながら、チラシの下の方を指さした。

 彼女の興奮っぷりにたじろぎながら、俺は彼女の指が示した部分に目を落とす。


「なになに……優勝賞品? ええと、『サンライズ水族館限定・実物大ケープペンギンぬいぐるみ(非売品)』……ひょっとして、これが欲しいから?」


 そう俺が訊ねると、立花さんはコクンと頷いた。


「……ププッ!」


 意外と女の子らしい彼女の参加動機に、俺は思わず吹き出しかけ――、


「――痛ってえっ!」


 憤然とした表情になった立花さんに、手の甲を思い切りつねられた。

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