第二十五訓 「ここは俺が食い止める」は死亡フラグだからやめましょう
「え……?」
唐突に俺が口走った『立花さんがトイレに行ってる隙に、ふたりでこの場を離れて下さい!』という言葉に、ミクと藤岡はビックリした顔をして目を丸くする。
そんなふたりに、俺はトイレの方を気にしつつ、声を顰めて言った。
「で……デートなんだから、本当はふたりきりで回りたいんでしょ? 俺や立花さんに邪魔されないで」
「い……いや、別に邪魔だなんて……」
「そ、そうだよ、颯大くん。ふたりを連れてきたのは、私たちの方だし……」
俺の言葉に、慌てて首を横に振るふたり。
だが、俺は小刻みに首を左右に振り、胸の痛みを誤魔化すように、意識して薄笑みを浮かべながら言葉を継ぐ。
「……いや、見え見えだっつーの。ミクはさっきから上の空だし、藤岡さんも、立花さんの目を盗んでこっちの方をチラチラ見てたしさ」
「……」
俺の言葉に、ミクと藤岡さんは僅かに顔を赤らめて、互いの顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべた。……それを見た俺の胸の痛みが一段と増す。
……やっぱり、こんな事を言うんじゃなかった。
頭の中に後悔の念が満ちるが、言ってしまったものはしょうがない。
“覆水盆に返らず”“後悔先に立たず”“賽は投げられた”……今の俺を表すとすれば、そんな感じだろう。
「――つー事だから!」
俺は、心に蔓延り始めた靄のような負の感情を振り払うように、声のボリュームを一段階上げて言った。
そして、通路の先を指さす。
「今のうちに、ふたりで行っちゃってください! 立花さんがいたら、絶対にふたりきりにされてくれないっすよ!」
「……確かに、そうかも」
俺の言葉に、藤岡はおずおずと頷いた。
そして、ミクの方に顔を向け、ニコリと笑いかけながら言う。
「――未来ちゃん、ここは本郷くんの厚意に甘えようか」
「で、でも……それじゃルリちゃんが……」
藤岡の提案に心惹かれた様子だったが、それでもミクは躊躇を見せた。
そんなミクに、俺は強がり混じりの笑みを向けながら言ってやる。
「大丈夫だって。あの娘は俺が食い止めるから、ふたりは心配しないで」
「“食い止める”って、それじゃまるで……」
ミクは、ドヤ顔で胸を張りながらの俺の言葉に苦笑した。
……確かに、今のは、ラスボス戦で窮地に陥った主人公を逃がそうと、時間稼ぎの楯になるサブキャラのセリフみたいだ。
――いや、それって死亡フラグやんけ!
と、
「……分かった」
心の中で頭を抱えて懊悩している俺に、ミクは小さく頷く。
「じゃあ、颯大くんの言う通りにしちゃおうかな……」
「お……おう! そうしろそうしろ!」
ミクの答えに、俺は大袈裟に頷き返しながら言った。
「立花さんの方は、俺にドーンと任せておけ! ミクたちは、ふたりきりの、で……デートを楽しんできな!」
「……うん!」
力強い俺の言葉を聞いて、ミクが満面の笑みを浮かべながら、今度は大きく頷く。
……と、藤岡も、穏やかな笑みを湛えた顔を俺に向けながら、軽く頭を下げてきた。
「……ありがとう、本郷くん。僕たちの事を気遣ってくれて。ルリの事……頼んだよ」
「……別に、アンタの為じゃないっすよ」
藤岡に感謝の言葉をかけられた俺は、複雑な心境になりながら、聞こえないように呟く。
「俺は……寂しそうなミクの事が放っておけなくて……」
「ん? 何だい?」
「あ……な、何でもないっす!」
訝しげな顔をした藤岡に訊き返された俺は、慌てて誤魔化した。
そして、再び連絡通路の方を指さして、ふたりの事を促す。
「……ほら! そうと決まったら、早く行って!」
「あ……うん」
俺の言葉に、ミクはハッとして答え、それから俺の顔をジッと見つめながら、もう一度微笑みかけてきた。
「ありがとうね、そうちゃん!」
「あ……うん……」
彼女の可愛らしい笑顔を見た俺は、タジタジとなりながら、ぎこちなく頷く。
「いいから、早く行けって……。あ、あと、人前で“そうちゃん”呼びはやめろって、いつも言ってんだろうが……」
「あ、ゴメン……」
照れ隠しの俺の言葉に、ミクは苦笑しながらぺろりと舌を出した。……うん、そんな表情も可愛い。
――と、微笑みを浮かべた藤岡が、ミクの方に手を差し出した。
「じゃあ……い、行こうか、未来ちゃん……」
「あ……はい」
僅かに頬を赤らめた藤岡の差し出した手を見て、その意図を察したミクの頬っぺたも林檎みたいな色に染まった。
そして、おずおずと自分の手を伸ばす――。
「――ああああっ! ちょ、ちょっとタンマッ!」
俺は慌てて声を荒げ、手を繋ぎかけたふたりの事を制した。
そして、目を飛び出さんばかりに見開いて、鼻息を荒くしながらふたりに釘を刺す。
「て、手をつなぐのは禁止ッ! ほ、他の人の目もあるんだから、そんなはしたない真似をしちゃいけませんッ! 破廉恥行為は許しまへんでぇ!」
「えぇ……?」
ふたりとは違う理由で顔を真っ赤にした俺の叫び声を聞いたミクは、当惑の表情を浮かべた。
「手を繋いだだけで破廉恥行為って……そんな、昔のPTAみたいな……」
「と……とにかくっ!」
俺は、どこか不満げな様子のミクに向かって、更に声のトーンを上げ、断固として絶叫する。
「ま……まだ、付き合って一週間くらいしか経ってないのに、手を繋ぐなんて早すぎるッ! だ……誰が何と言おうと、誰が許そうとも、この俺が許しませんッ! お……おさわりダメ、絶対ッ!」




