第百九十八訓 不要なメッセージは消しましょう
髪を乾かし終わった俺たちは、寝る事にした。
……っていうか、もう午前三時近い。
明日もバイトで、しかも早番だから、一刻も早く寝ないとヤバい……。
ふと横を見ると、長座布団にタオルケットをかけただけの簡易的な寝床の上に座っているルリちゃんも、アクビを噛み殺しながらしきりに目を擦っている。どうやら、だいぶ限界に近いらしい。
「ふわぁ……」
……いかん、ルリちゃんの眠そうな顔を見たら、眠気が伝染したようだ。
こりゃ、目覚ましをかけておかないと、確実に寝過ごす……。
そう考えた俺は、目覚ましアプリを設定しようと、朝からずっと充電し続けていたスマホをケーブルから引っこ抜いた。
そして、スマホの電源ボタンを押して起動させる。
画面が明るくなり、メーカーのロゴマークが表示され、それから十数秒後――、
“ピロリンッ”“ピロリンッ”“ピロリンッ”“ピロリンッ”……
「う、うおっ?」
突然スマホがやかましく鳴り始めたのに驚いた俺は、思わず大きな声を上げた。
「えッ? な、何っ?」
俺の上ずった声に、半分寝落ちしてたらしいルリちゃんが、目を大きく見開きながらキョロキョロと部屋を見回す。
「あ、ゴメン。なんか、スマホの電源を入れたら、溜まってた通知が一気に流れてきたみたいで……」
そんな彼女に、俺は苦笑しながら謝った。
そして、スマホのホーム画面に表示された通知メッセージに目を通す。
「あぁ……ほとんどがLANEの通知みたい……君からの」
「……さっきも言ったじゃん。いっくらメッセージを送っても既読にもならなかったって。……だから、結構たくさん送っちゃったんだよ」
「そ、そっか……ホントゴメン……」
ルリちゃんの返事に罪悪感を覚えながら、俺は何気なくLANEを開き、内容を確認しようと――、
「ちょ、ちょッ? 何しようとしてんのッ?」
……したところで、ルリちゃんが素っ頓狂な声を上げて制止した。
彼女の剣幕にビックリした俺は、思わずスマホをいじる手を止めて、おずおずと答える。
「そ、そりゃあ……届いたメッセージの内容を見てみようって……」
「だ、ダメだよ、そんなのッ!」
なぜか、ルリちゃんはそう叫んで、首を激しく左右に振った。
「読んじゃダメ! 見んなぁッ!」
「へ?」
ルリちゃんの言葉に、俺はキョトンとしながら首を傾げる。
「いや、読むなって……そもそも、俺に読ませる為にメッセージ送ったんでしょ?」
「いや……そうだけど……」
「だったら、別に読んでいいもんなんじゃないの?」
「だ、だから……あの時――ソータが連絡つかなかった時はそうだったけど、今はソータが無事だって分かったから、もう必要無いの!」
そう言いながら、彼女は自分のスマホを取り出し、指で画面をスワイプしながら覗き込んだ。
「……うわ、いくらテンパってたからって、こんなん読ませるなんて絶対無理……!」
「え? どれがどれがぶらふぁあっ?」
「だから読むんじゃねーって言ってんだろーがッ!」
興味をそそられて“RULLY”のアカウントを開こうとした俺の顔面に、枕代わりに置いていたクッションを力任せにぶん投げたルリちゃんは、俺が鼻を押さえて悶絶している間に、素早くスマホの画面に指を走らせていく。
――そして、
「……よし、これでいっか」
ようやくスマホをなぞる指を止めたルリちゃんが、ホッと息を吐き、俺に向かって頷いた。
「もう見ていいよ」
「あ……う、うん」
ルリちゃんのお赦しを得た俺は、“RULLY”のアカウントを開く。
だが、俺の目に入ったのは……
“RULLYがメッセージの送信を取り消しました”
“RULLYがメッセージの送信を取り消しました”
“RULLYがメッセージの送信を取り消しました”
“RULLYがメッセージの送信を取り消しました”
“RULLYがメッセージの送信を取り消しました”
“RULLYがメッセージの送信を取り消しました”
“RULLYがメッセージの送信を取り消しました”
…………
「……いや、今日の……もう昨日か……メッセージ、全部消しちゃってんじゃん……」
「もう読ませる必要無いって言ったでしょ。だから消したよ」
俺の言葉に、ルリちゃんはすまし顔で答える。
……だが、読めないと言われると、なおさら内容が気になるのが人の性。
「……って、どんな事を書いてたのさ?」
「教えなーい」
なおも聞き出そうとする俺につれなく言い放ったルリちゃんは、壁のコンセントに刺さったまま床に転がっていたスマホの充電ケーブルの先端を取ると、当然のように自分のスマホのコネクタに挿した。
「あ、電池切れそうだから充電させて」
「そういうのは、挿す前に訊くよね、普通……まあ、別にいいけどさ」
図々しいルリちゃんの振る舞いに呆れながら、俺は頷く。
そして、思い出してスマホの目覚ましをセットしてから、先ほど投げつけられたクッションを彼女に手渡しながら言った。
「じゃあ……寝ますか」
「うん」
受け取ったクッションを寝床に置き、そのまま横になったルリちゃんの返事を聞いた俺は、枕元に置いてあったリモコンを手に取り、天井のシーリングを消す。
明かりが消えて真っ暗になった中、俺はベッドのすぐ隣に敷いた仮寝床の上に寝るルリちゃんに向かって声をかける。
「じゃ……おやすみ」
「……ん、おやすみぃ……」
俺の声に、ルリちゃんのいかにも眠そうな声が返って来た。
その声を聞きながら、俺もベッドの上に横たわり、掛け布団代わりのタオルケットを腹にかけ、ゆっくりと目を瞑る。
(……ルリちゃんが俺に送ったメッセージって、結局なんだったんだろう……?)
と、ぼんやり気になりながら。




