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第百八十九訓 親の同意無しに未成年者を泊めるのはやめましょう

 「えっ? どういう事?」


 俺の言葉を聞いたルリちゃんは、キョトンとした顔で首を傾げた。

 そんな彼女のトボけたリアクションに呆れながら、俺はもう一度テレビ画面の左上を指さす。


「どういう事も何もないよ……。今何時何分って書いてある?」

「何時何分って……ちょうど“0:26”になったけど……それがどうしたの?」

「……君、終電はいつだって言ってたっけ?」

「え? 確か……0時25分だったはず……って、あっ」


 訝しげに答えたルリちゃんだったが、それからすぐに俺の問いかけの意味を理解したようで、ハッとした表情を浮かべた。

 彼女は、ベッドの横に転がっていた自分のショルダーバッグからスマホを取り出し、スリープを解除して画面を覗き込む。

 そして、顔を顰めながら舌を出した。


「……ヤバッ、終電の時間過ぎちゃってんじゃん」

「おわかりいただけただろうか……」


 ようやく事の重大さを理解したらしいルリちゃんに少し呆れながら、俺は溜息を吐く。

 そんな俺を睨みながら、ルリちゃんはぷうと頬を膨らませた。


「ソータ、ひどいよ! 何で起こしてくれなかったのさ!」

「い、いや、めちゃくちゃ起こそうとしたって!」


 文句を言ってくるルリちゃんに、俺は慌てて言い返す。


「でも……いっくら声をかけても肩を揺すっても、全然起きなかったんだよ、君……」

「あっ……そう言われれば……」


 ルリちゃんは、俺の反論を聞くと、何かを思い出したように目を見開いた。


「確かに……夢の途中で、なんか聞こえてたような気がする……。そう……牧場みたいなところで、馬に乗ってる夢を見てる時に……豚の鳴き声みたいな」

「おいいいいいっ! 誰の声が豚の鳴き声だってええええっ?」


 俺は、ルリちゃんの言葉に目を剥く。

 ルリちゃんは、苦笑いを浮かべて「ごめんごめん」と言いながら、困ったように頭を掻いた。


「でも……どうしよっかなぁ……」

「そ、そうだよっ!」


 俺は、ルリちゃんの声に顔を引き攣らせる。


「終電が無くなっちゃったら、どうやって帰ればいいんだろ? タクシー……は、ちょっとお金が……。かと言って、若い女の子をひとりで家まで歩かせる訳にもいかないし……」

「は? 何言ってんの?」


 俺の言葉に、ルリちゃんは怪訝な顔をした。


「あたしがどうしようかって言ったのは、歯ブラシとか着替えとか、そういう事だよ」

「……はい?」


 ルリちゃんの言葉に、俺は目を点にする。


「歯ブラシ? 着替え? え……えっと、ど……どういう事?」

「どういう事って……分かんない?」


 俺の問いかけに、ルリちゃんは意外そうな顔をしながら、自分の座っているベッドを指さした。


「さすがに、このカッコで歯も磨かないで寝る訳にもいかないじゃん。今日も暑かったから、お風呂とまでは言わないけど、シャワーくらいは浴びたいし……」

「は? え? はい?」


 ルリちゃんの答えを聞いた俺の脳味噌に深刻なエラーが発生し、言葉の意味を理解するのに遅延が発生する。

 俺は混乱したまま、おずおずとルリちゃんに問いかけた。


「え、ええと……そ、それってつまり……どういう事?」

「だぁかぁらぁ……」


 そんな俺の事を呆れ顔で見ながら、ルリちゃんはあっさりと答える。


「今日は、ここ(ソータん家)に泊まるから、着替えとかどうしようかなぁって言ってんの」

「とッ! ととととと泊まるぅっ?」


 ルリちゃんの答えを聞いた俺は、思わず声を裏返し、それから慌てて首を激しく左右に振った。


「だ! だだだだだダメだよッ! と、泊まるなんて……ダメ、絶対ッ!」

「何でさ?」


 激しい俺の拒絶に、ルリちゃんはムッとした顔で声を荒げる。


「だって、終電が行っちゃったんじゃ、ここに泊まる他に方法無いじゃん! それとも何さ? ソータは、あたしに野宿しろって言うの?」

「い、いや! そういう訳じゃないけどさ……」


 俺は、ルリちゃんの剣幕の前にしどろもどろになりながら、それでも首を横に振った。


「で、でも、だからって言って、俺ん家に泊まるなんてダメだって!」

「はぁ? 意味が解んない! なんであたしがソータん家に泊まっちゃダメなのさっ?」

「い、いや、ダメでしょ!」


 頬を膨らませながら首を傾げるルリちゃんに、俺は思わず叫ぶ。


「若い女の子が、タダの友達でしかない若い男の家に泊まるなんて、その……り、倫理的に……」

「あぁ……そういう事」


 ようやく俺の言わんとする事を察したらしいルリちゃんは、小さく頷くと――ニヤリと微笑(わら)った。


「いやぁ、大丈夫だよ。確かに、普通の男の人だとヤバいかもだけど、ソータだもん」

「何だよ、それ……」


 ルリちゃんの答えに、俺は釈然としないものを感じて渋い顔をする。


「それじゃ、まるで俺が普通の男じゃないみたいじゃん」

「あ、ゴメン。そういう意味じゃなくって……」


 そう言って、ルリちゃんはムスッとする俺に苦笑を向けた。


「でも、ソータはそういう……女の子にひどい事はしないよ、絶対」

「い、いや、そりゃもちろん、そんな事はしないけどさ。……でも、『絶対』って言い切っちゃうほど無防備に信じちゃうのはどうかと……」

「言い切れるよ」


 そう断言したルリちゃんは、ニイッといたずらっぽい笑みを浮かべて、「だってさ――」と更に言葉を継ぐ。


「この前、あのシジマさんがここに泊まった時も、何もしなかったんでしょ?」

「う……そ、それは確かにそうだけど……」

「それに、もしソータにそういう気があるんだったら、さっきあたしが眠ってた時に手を出してたはずだよ。でも、何もしてないじゃん。だから、『大丈夫』って言い切れるよ」

「……」


 ルリちゃんの言葉にどう答えればいいか分からず、俺は困った顔で頬を掻いた。

 ここは、素直に信頼されている事を喜ぶべきなのか、異性の“男”と見られていない事を嘆くべきなのか……。

 ――と、


「……って、そ、そうだっ!」


 俺は、『ルリちゃんを泊めてはいけない』もうひとつの理由を思い出して、慌ててかぶりを振った。


「や、やっぱりダメだよ! いくら俺自身に信用があっても、法律的にNGだから!」

「法律的にNG? 何それ?」

「し、知らないんかい!」


 キョトンとした顔で訊き返したルリちゃんに、俺は上ずった声で説明する。


「今は法律で、未成年者を親の同意無しで泊めたら犯罪になっちゃうんだよ! 確か……未成年者誘拐罪だか何だかって罪があって――」

「あぁ、そういうこと」


 俺の説明に合点がいったとばかりに頷いたルリちゃんは、「んん?」と首を傾げた。


「でも、あたしは別にソータに誘拐なんかされてないよ? 自分の意志で勝手にソータん家に上がり込んだだけだもん」

「……いや、そういうの関係無いんだって」


 俺は沈痛な顔をして、首を横に振る。


「ルリちゃんの意志とかに関わらず、未成年の子を親に無断で泊めちゃったらアウトっぽい……。だから――」

「じゃあさ」


 突然、俺の言葉を遮ったルリちゃんは、顎に指を当てながら言った。


「……つまり、親がオッケー出してれば大丈夫って事だよね?」

「え? あ、ああ……うん」


 俺は、ルリちゃんの言葉の意味を測りかねながら、ぎこちなく頷く。


「ま、まあ確かに、『親の同意無しで泊めたら』だから、親の同意があればいいの……かな?」

「だったら、カンタンな話じゃん」

「はい……?」


 当惑する俺をよそに、ルリちゃんはおもむろにスマホを手に取り、通話アプリを開いた。

 それを見た俺は、テキメンに慌てながら叫ぶ。


「ああっ! ちょ、ちょっと待って! 通報は……通報(110番)するのは勘弁して下さい! お、俺は無実だ!」

「……何言ってんの? 別に、警察に電話するわけじゃないよ」


 狼狽する俺を冷ややかな目で見ながら、ルリちゃんはスマホを耳に当てた。

 通報じゃないと聞いて安堵しながらも、彼女がどこに電話しようとしているのかが気になった俺は、おずおずと尋ねる。


「あ、あの……じゃあ、誰にかけようとしてるの?」

「え? そんなの決まってんじゃん」


 スマホを耳に当てながら、ルリちゃんはあっさりと言った。


「あたしのママ」

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