第百八十八訓 名曲は静かにして聴きましょう
『……今週の邦楽ランキングで二位にランクインしたのは、ノーザンオールスターズ話題のニューシングル“遺体安置所でエレジーを”! かつて「トレンディドラマの貴公子」と呼ばれ、一世を風靡した亀有拓也が久しぶりの主演を務めた事で話題のドラマ『大阪アベンジャーズ』の主題歌として――』
点けっぱなしにしているテレビからは、早口で捲し立てるディスクジョッキー風のナレーションと共に、アップテンポな前奏が流れてくる。
その骨太なギターサウンドに興味を惹かれた俺は、ローテーブルに頬杖をついたまま、目だけをテレビの方に向けた。
画面の中では、誰もが知る国民的バンドであるノーザンオールスターズのメンバーたちが、さすがの演奏技術と歌声を披露している。
俺は、ほんの少しの間だけ彼らの奏でる音楽に聞き惚れたものの、すぐ我に返って表情を曇らせた。
「はぁ……」
大きな溜息を吐きながら、俺は視線を窓際に向ける。
そして、ベッドの上でこんもりと盛り上がったタオルケットを見るや、絶望的な気分になりながら途方に暮れた。
「あぁ……どうしよう……」
「すぅ……すぅ……」
タオルケットの中身は、そんな俺の嘆きなど知る由もなく、呑気な寝息を立てている……。
――あれから俺は、ベッドの上で丸まってしまったルリちゃんを何とか起こそうと、出来る限りの手を尽くした。
……だが、俺がどんなに大声で呼びかけても、強く肩を揺すっても、彼女は頑として目を覚まさない。
ただ、「むにゃあ……うるさいなぁ。あと五分だからぁって言ってんじゃんかぁ……」と寝言混じりの文句を垂れながら、きつくタオルケットを体に巻きつけ、まるでミイラか蛹のようになるばかりだった……。
どうあっても目を覚まさない彼女に根負けした俺は、もう半分ヤケクソで彼女を放置する事にし、永遠に宇宙を漂う某究極生命体よろしく考えるのをやめ――今に至る。
「……」
俺は、テレビ画面の左上に視線を移した。
そして、そこに記された現在時刻を見て、再び「はぁ……」と溜息を吐く。
――と、その時、流れていた曲が終わりを迎え、再びDJ風のナレーションが聴こえてきた。
『――お聴き頂きました曲は、今週の邦楽ランキング二位“遺体安置所でエレジーを”でした。ノーザンオールスターズの皆さん、ありがとうございました~!』
そう言ったナレーションの声と共に、それまで演奏を終えて汗だくのノーザンオールスターズのメンバーたちを映していた画面が、CGアニメ調の映像に切り替わる。
おさらいをするように今週ランキング入りした曲のダイジェスト映像に合わせて、期待を煽るようなドラムロールが流れ始めた。
そして、ついさっき見たノーザンオールスターズの『遺体安置所でエレジーを』の映像が流れ、勿体つけるようなナレーションの声が上がる。
『そして――ご覧頂いた名曲・新曲たちを抑えて、今週の邦楽ランキングのトップになったのは――この曲!』
「…………ん?」
ナレーションのアオリに続いて流れてきた曲のイントロに、上の空だった俺は思わず耳を欹てた。
「このイントロ……まさか」
『発売以降、ジリジリと順位を上げ続けてきた話題の曲が、遂に邦楽ランキングの頂点に昇りつめました! テレビアニメ「ハンマーマン」の主題歌としてもお馴染み、ボカロP出身のシンガーソングライター・八十八ケンジのメジャーデビューシングル――』
『「「――“TAKE-BACK”ッ!」」』
ナレーションのタイトルコールに、ふたりの絶叫が重なる。
俺と――
「る、ルリちゃんッ? お、起きたの?」
あんなに固く巻きつけていたはずのタオルケットを、まるで重装甲ロボが増加装甲をパージする時のような勢いで跳ね除けながら飛び起きたルリちゃんにビックリ仰天した俺は、上ずった声で尋ねた。
「そりゃ、起きるに決まってんじゃん! だって、ヤソケンだよ!」
そんな俺の問いかけに、興奮で弾ませた声で答えたルリちゃんは、満面の笑みを浮かべながら、テレビから流れてくる“TAKE-BACK”のメロディに合わせて、ベッドの上で体を小刻みに揺らしている。
そんな彼女に、俺は思わず呆れ声を上げた。
「いや……さっき、あれだけやっても全然起きなかったのに、“TAKE-BACK”のイントロを聴いた途端に――」
「シーッ! ちょっと静かにして!」
「あっスンマセン……」
唇の前で人差し指を立てたルリちゃんに怖い顔で睨まれた俺は、慌てて口を手で覆って黙る。
そして、一先ず彼女に倣って、テレビ画面から流れてくる音楽に集中する事にした。
『「「思い出そうぜTAKE-BACK! そしたら行こうぜTAKE-OFF! 無限大の大空へ向かってNOSE-UP~ッ!」」』
もちろん、一番盛り上がる大サビは、テレビの中の八十八ケンジと一緒に熱唱する――俺も、ルリちゃんも。
あ~っ、やっぱりテンション上がるよなぁ、このサビ!
「いやぁ……遂にランキング一位かぁ。そりゃ、こんなに名曲だったら、一位にならなきゃおかしいよなぁ……」
「だよねぇ……。まあ、ヤソケンの事をボカロP時代から知ってたあたしに言わせたら、『気付くのが二年遅いッ!』って感じだけどね、ふっふっふっ」
「出たよ、古参マウント……って! いや、そうじゃなくって!」
曲が終わった後の余韻に浸りながら、ドヤ顔のルリちゃんにツッコミを入れかけた俺だったが、再び現実を思い出して、慌てて声を荒げた。
「そ、それどころじゃないよ! どうするんだよ!」
「……? どうするって……何の事?」
「いや、だから――!」
寝ぼけ眼を擦りながら、キョトンとした顔で首を傾げるルリちゃんに呆れながら、俺は今観ていた音楽番組のエンドロールが流れるテレビを指さしてみせる。
画面の左上に表示された現在時刻は――“0:25”。
「……君が乗らなきゃいけなかった終電――もう行っちゃったよ……」




