第百七十六訓 思い出話は明るくしましょう
「毎度ありがとうございます。ウーマーイーツです。ご注文品のお届けに参りました」
「ふふ、何よ、ウーマーイーツって」
ブランコに腰かけて待っていたミクは、おどけた俺の言葉に噴き出す。
そんなミクの笑顔に和んだ俺も、顔を綻ばせながら、持っていた缶を渡した。
「わ~! ありがと、そうちゃん!」
俺の手から缶を受け取ったミクは、嬉しそうに声を弾ませる。
そして、『いちごおしるこ』の缶をまじまじと見つめながら、少しびっくりした声色で言った。
「……ていうか、まだ売ってたんだ、『いちごおしるこ』。懐かしいなぁ」
「売ってるって事は、需要があるって事だよな……。誰がこんなモン買ってるんだろう?」
俺は、はしゃぐミクにそう言いながら、彼女の隣のブランコに腰を下ろす。
と、そんな俺の手元を覗き込んだミクが、訝しげに首を傾げた。
「……って、そうちゃんも『いちごおしるこ』じゃない? そんな事言いながら、そうちゃんも飲みたかったの?」
「いや……そんなんじゃねえって」
俺は、ミクの言葉に憮然としながら、首を横に振った。
「ホントは別のジュースを買おうと思ってたのに、そういう時に限ってもう一本当たっちゃったんだよ。だから、しょうがなく……さ」
そうぼやくように答えながら、俺は『いちごおしるこ』の缶を開ける。
ミクは、俺の答えを聞いて、嬉しそうに笑った。
「わぁ~、あのルーレットで当たりが出るなんてすごいね! そうちゃん、ラッキーじゃん!」
「ラッキー……なのかなぁ……?」
俺は、ミクの楽天的な言葉に困惑しながら、恐る恐る缶の口に鼻を近付けた。
「うっ……」
缶の中から漂ってきた仄かな小豆とイチゴの混ざった甘ったるい香りが鼻孔をくすぐり、俺は顔を歪める。
その一方、
「それじゃ……いただきまーす」
横のミクは、少しも躊躇うことなく缶に口を付け、コクコクと喉を鳴らして飲んだ。
そして、缶から口を離すや、満面の笑みを浮かべる。
「あーっ、懐かしい味で、やっぱり美味し~!」
「そ、そうか……?」
感動しているミクの隣で、彼女から少し遅れて飲んだ俺は、顔を顰めていた。
うーん……初めて飲んだけど、そこまで美味いかと言われると……うーん……。
思ったよりは飲みやすいけど……やっぱり、小豆の甘味とイチゴの甘味を混ぜるのはちょっと……うーん。
「ねっ? 美味しいと思うでしょ、そうちゃん?」
「え? あ……えと……う、うん……」
ミクに問いかけられた俺は、心の中とは裏腹に、ぎこちなく頷いてみせた。
ていうか、そんな可愛らしい笑顔を向けられながら訊ねられたら、ネガティブなリアクションなんて取れる訳ないじゃん……。
「お、オイシイ……デスネ」
俺は、どこかの外国人タレントみたいな片言で感想を述べ、場繋ぎでもう一口『いちごおしるこ』を口に含んだ。
……うう、やっぱり慣れんっす……。
「……本当に久しぶりだよね。ふたりでこの公園に来たのって」
「……へ?」
口の中のいちごおしるこを飲み込もうと悪戦苦闘していた俺は、急にぽつりと呟いたミクの言葉に不意を衝かれ、間の抜けた声を上げた。
「あ、ああ……確かにそうかもな」
俺は、ようやく口中のいちごおしるこを喉の奥に流し込むと、ぎこちなく頷く。
「中学に上がってからは、一緒に公園で遊ぶ事なんて無くなったもんな……。そうなると――この公園でお前といるのは、かれこれ八年ぶりくらいか……」
「……そうだね」
ミクは、俺の言葉に頷くと、乗っていたブランコを前後に揺らし、少し俯きながら、ポツリと言った。
「あの頃は、毎日楽しかったよね……。毎日、学校から帰ったらすぐここに集合して、日が暮れるまで色んな事して遊んで……」
「……そうだな」
俺は、ミクの言葉におずおずと頷き、もう一度公園の中を見回した。
――ミクの言う通り、あの頃は本当に楽しかった。
目に入る景色の全てに、ミクとの思い出が宿っていて、懐かしいような寂しいような……そんな奇妙な感覚を覚えた。
……と、その時、
「……ずっと、あの時の……小学生のままだったら良かったのにね」
「え……?」
俺は、唐突に耳へ入って来たミクの声に当惑し、思わず訊き返す。
だが、彼女は俺の声が耳に入らなかったようで、少し俯いたままでぽつぽつと言葉を継いだ。
「あの頃のままの私とそうちゃんだったら、いつまでも楽しく遊んでられたのかな……?」
「ミク? どうし――」
「……あのね」
尋ねかけた俺の言葉を遮るように声を上げたミクは、ゆっくりと顔を上げると、じっと俺を見つめる。
「あ……」
その真剣な瞳を見た俺は、即座に悟った。
――ミクは、遂にあの事を口にするつもりだ、と。
そう――この前の俺の告白に対する答えを。
「……」
「――そうちゃん」
身体と声帯と舌が石化したかのように動かなくなった俺の顔を真っ直ぐに見据えながら、ミクは口を開いた。
「この前の誕生日会での事……覚えてる?」
「……」
「そうちゃんがお酒に酔っちゃって、部屋の布団に寝かそうとした時の……あの事を」
「え……あ……う……」
ミクの問いかけに、俺は何と答えればいいか分からず、目を白黒させながら意味不明な呻き声を上げる。
だが、ミクはそんな俺の奇行にも気付いていない様子で、更に言葉を継いだ。
「あの時……そうちゃんのこく……言葉を聞いた私は、めちゃくちゃビックリしちゃって……逃げるみたいにしてそうちゃんの家を出てっちゃったんだよね……」
そう言うと、彼女は複雑な感情が入り混じったような顔をして、俺に向かって謝る。
「ごめんね。あの時、そうちゃんの真剣な言葉にちゃんと答えてあげられなくて……」
「あ……い、いや……」
頭を下げたミクに、俺は慌ててかぶりを振った。
というか、あの時の事をミクが謝る必要なんて無いんだ。
むしろ、土下座でもして誠心誠意謝るべきなのは俺の方だ。
何せ……あまりにも酔っぱらいすぎてたせいで、未だにあの時ミクに想いを告げた(らしい)時の記憶が無いんだから……。
「……それでね」
そんな俺の心の中など知る由もないミクは、少し躊躇いを見せながら言葉を継ぐ。
「実は……今日、あの時の返事をちゃんとしよう……そう思ってたの。だから――」
「……ちょ!」
俺は、ミクの言葉を遮るように、上ずった声で叫びながら立ち上がった。
そして、ビックリして目を丸くしたミクの顔を見下ろしながら、必死の形相で懇願する。
「た、頼む、ミク! そ……その返事をする前に……もう一回、俺にあの時のやり直しをさせてくれ!」




