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第百七十四訓 大事な話は早めに切り出しましょう

 「綺麗だったね、花火」


 花火大会が終わり、土手に腰を下ろしていた観客たちが続々と帰り始めた中で、ミクが夜空を見上げながらうっとりとした顔で言った。


「あ、うん……そうだな」


 俺は、食べ終わった焼きそばとタコ焼きの入れ物をレジ袋の中に入れながら、曖昧に頷く。

 ……正直、俺は夜空に上がる花火より、その光に照らされたミクの横顔ばかり見ていたから、花火が綺麗だったかどうかは良く分からなかった。

 でも……浴衣姿のミクは、文句なしに綺麗だったのは自信を持って言える。


「じゃ……そろそろ行こうか」


 俺は、ようやく空き始めた土手の上を見上げながら、ミクを促した。


「あ、うん」


 ミクも俺の声に頷き、そそくさと立ち上がり、それまで下に敷いていたパーカーに手を伸ばす。

 そして、パーカーに付いた雑草や土埃を手で丹念に叩き落としながら、俺に向かって微笑みかけた。


「これ、ありがとね。後で洗って返すから」

「いや……いいよ、別に」


 俺は、ミクの言葉に苦笑しながら、彼女の手からパーカーを素早く受け取る。


「あ……でも」

「さっきも言ったじゃん。そんな大したもんじゃないって。気にすんなって」


 慌てた様子で手を伸ばしかけるミクにそう言いながら、俺はさっさとパーカーを羽織った。

 ……微かに草の青臭い匂いが移っていて、夜露か何かで若干湿っぽい気もするが、そんなに不快感は無い。

 それよりも……仄かに残るこの温もりは、ミクのお尻の――!


「どうしたの? なんか、変な顔しちゃって……」

「ふぇっ? アッイエ! な、何でもないっす!」


 怪訝な顔をして尋ねてくるミクに、不埒な想像で思わずだらしない顔になっていた俺は、慌ててかぶりを振った。

 そして、これ以上ミクに顔を見られないように背中を向け、先に立って歩き出す。


「と、取り敢えず行こうぜ、うん」

「あ、う、うん。そうだね……」


 誤魔化し混じりに俺が促すと、ミクも戸惑い混じりに答えたのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「……」

「……」


 帰りのバスを降りてから、家まで歩く間ずっと、俺とミクの間には重苦しい沈黙が垂れ込めていた。

 俺は――そして、恐らくミクも、()()()を切り出すタイミングを計りつつ、なかなか口に出せない状況に陥っているのだ。

 ……そう、それは他でもない。

 この前の俺の告白についての事だ。

 あの日、酔った勢いで俺が口走ってしまったミクへの想い。その事をハッキリさせなければならない。

 元々、俺が今日ミクと一緒に花火大会へ行った一番の目的は、花火を見る事なんかじゃなくて、その答えをミクの口から直接聞く事だ。

 多分、ミクの方も、俺にその答えを告げる為にここへ来ているはずだ。

 そして――この前、ルリちゃんとのLANE通話でのやり取りを横でこっそり聞いていたから、その答えが何なのかも大体分かっている……と言いつつ、今日のいくつかのやり取りで、覚悟していた答え以外の可能性もあり得るんじゃないかという楽観的な予測が首をもたげはじめているのだけれど……。


 ――とにかく、その答えがどっちなのかは、実際に本人の口から聞いてみないと解らないのだが……どうしても、自分からその事を切り出す勇気が出ない。

 恐らく、俺の少し後ろを無言で歩いているミクも、同じ気持ちなんだろう。

 そりゃそうだろう。

 ミクは、昔から優しい女の子だった。いくら子どもの頃から気心を知っている俺が相手だとはいえ、向けられた好意を断るのにはものすごい勇気が要るに違いない……。


(……となると、やっぱり、男というか、言い出しっぺの俺の方から話を振らなきゃだろうな……)


 俺は、帰りのバスの中からここまでで、何十回も繰り返した結論を頭の中で反芻する。

 ……でも、


「……」


 ……ダメだ。やっぱり、どうしても口を開く勇気が出ない。

 そんな感じでマゴマゴしている間に、俺たちの家まであと数分という所まで来てしまった。

 この角にある小さな公園を右に曲がれば、家はすぐそこだ。

 ――と、その時、


「……そうちゃん」


 それまでずっと黙って俺の後に付いて歩くだけだったミクが、久しぶりに声を発した。

 その声を聞いた俺は、ビクリと背を震わせて立ち止まり、恐る恐る振り返る。


「ど……どうした?」

「あ、あのね……」


 俺の問いかけに、ミクは少し硬い表情で、角の公園を指さした。


「私……ちょっと疲れちゃったみたい。だから……ちょっとそこで休んでも……いいかな?」

「あ……」


 ――来た。

 俺は、ミクの言葉の隠された意図を悟って、思わず息を呑む。

 言うまでも無く、『疲れた』というのは方便だろう。

 多分、ミクはここで――。

 そう考えた途端、左胸がやにわに激しく鼓動を鳴らし始める。

 まったく……とっくの昔に覚悟を決めていたはずなのに、ざまあない。


「……おお、そっか」


 俺は、心の中で自嘲しながら、ミクに向かって微笑みかけた。


「確かに、浴衣姿でバス停から歩いてれば、そりゃ疲れるよな」


 素知らぬ顔でミクの嘘に乗っかりながら、俺は公園の中に設置された街灯に照らし出されたベンチを指さす。


「分かった……。じゃあ、あそこで休憩しようぜ。……色々と積もる話でもしながら……さ」

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