第百六十六訓 送られたメッセージにはきちんと返信しましょう
それから三十分後。
「はぁ……」
バイト先のビックリカメラから駅に直行し、赤発条駅に着いてからやはり自宅アパートまで寄り道せずに直帰した俺は、担いでいたバッグをリビングの床の上に放り出しながらベッドの上にどっかと腰を下ろすと、天を仰いで嘆息した。
そして、おもむろにズボンのポケットをまさぐって、スマホを取り出す。
「さて……と」
そう呟きながら、俺はスマホの電源ボタンを押し、明るくなった液晶画面に目を落とした。
液晶画面は、LANEのアカウント一覧画面――さっき、店の業務口前で開いた時のままだったが、並んだアイコンの上三つに赤い新着バッジが付いているのも変わっていない。
「ええと……誰のから見ようかな……?」
俺は、新着バッジの付いた“一文字一”、“RULLY”、“MIKU-chan”のアイコンをじっと見つめながら、しばし悩んだ。
そして、おずおずと指を伸ばし――“一文字一”のアイコンをタッチする。
一文字のならば、どんな内容だろうと、ミクやルリちゃんのメッセージよりも気楽に読めるだろうと踏んだからだ。
だが……指が触れると同時に切り替わった一文字とのトーク画面を見た次の瞬間、
「いや、だから長えって……」
数日前に奴が初めて送ってきた時と同じようなクソ長文メッセージを目にした俺は、思わず呆れ声を上げていた。
一文字が送ってきたメッセージが、前回と同じく「拝啓」と時候の挨拶から始まり、画面を三回ほどスクロールしなければならない程の長文だったからだ……って、三回スクロールって、この前のメッセージよりも更に長くなってるじゃねえか!
「まったく……」
俺はうんざりした気分で毒づき、それでも律儀に上から読み進める。
たっぷり五分ほどかけて、一文字が送ってきたやたら大げさで回りくどくて難読漢字を多用しまくった自己陶酔マシマシの悪文を最後まで読み、それから十分ほどをかけて文章の内容を“解読”した俺は、
「……これだけ文字数使って、内容は『今期のアニメが神作ばかりで嬉しいです』だけかよおおおおおっ!」
と、絶叫した。
「むしろ、そんな薄い内容を、良くここまで水増しできたなオイ! 講義の課題レポートじゃねえんだぞクソッタレが!」
こんな内容なら、真面目に読まず、適当に流し読みしときゃ良かった――と心の底から後悔しながらも、俺は律儀に『イイね!』と言いながら親指を立てる熊のスタンプを押してやる。
本音は中指を立てるか親指を下に向けるスタンプを進呈してやりたい気分なのだが、あいにくとそんな気の利いたスタンプが手持ちに無かったので、しょうがなくだ。
「まったく……!」
俺はそう呟きながら、苛立たしげに画面を戻す。
再び表示されたアカウント一覧に残る新着バッジの数は、あとふたつだ。
「ええ……と……」
俺は、バッジの付いた“RULLY”と“MIKU-chan”のアイコンを凝視しながら、何度も指を上下にせわしなく動かす。
ルリちゃんとミク、どちらのメッセージを先に見ようか……と、たっぷり五分ほどもかけて激しく迷った末――俺が選んだのは、“RULLY”のアイコンだった。
「……」
アイコンをタッチしてトーク画面が開くまでの数秒の間、固唾を呑んで俺は待つ。
そして、表示されたトーク画面で最初に目に入ったのは――ハンバーグにコロッケに野菜炒めといった、いたって普通の料理の画像数点だった。
「……?」
それを見た俺は、一瞬どんな意図でルリちゃんが画像を送って来たのか理解らずに首を傾げる――が、そのすぐ後に続いた『今日作った料理~♪』という短いメッセージを見て思わず目を丸くし、
「え、ウソ? ……マジで?」
と、思わず声を上げた。
「まさか……これ、ルリちゃんが作った……マジ?」
にわかには信じられない。
だって、つい昨日、この部屋で作った時には、火の通し過ぎで炭一歩手前になった暗黒物質ばかり生成していたというのに、画像に写っているのは、見慣れた形と色をした普通の料理ばかりなのだ。
一瞬、俺は「実は見栄を張ってて、ネットで拾った画像をコピペして、自分が作ったと言ってるだけなんじゃ……?」と、失礼にもルリちゃんの事を疑いかけた。
だが、更にトーク画面をスクロールすると出て来た、普通に美味しそうな焦げ色が付いたハンバーグを載せた皿を誇らしげに掲げながらニッコリと笑っているルリちゃんの自撮り写真を見て、その疑いが間違っている事を悟る。
『昨日ソータが言ったみたいに、レシピに書いてある通りに作ったら超うまくいった~!』
『ママに味見してもらったら、とってもおいしいって言われたよ~(*^▽^*)』
更に続くメッセージからも、ルリちゃんの喜びがありありと伝わってきて、それを読む俺もつられて顔を綻ばせた。
そして、最後には、
『これなら、ホダカの胃袋と心をつかむ事もできそうだよ。今度、ホダカにごちそうしてあげるんだᕦ(ò_óˇ)ᕤ!』
『その時には、またソータに教えるね!』
というメッセージと、『がんばります!』と吹き出しが付いた、力こぶを作るネコのスタンプが押されている。
「そっか……」
俺は、それらを見つめながら何とも言えない満ち足りた気持ちになりながら、
『めっちゃうまそう! 昨日の特訓の成果が出たようで、「人柱」として嬉しいですw』
『藤岡さんに御馳走する時もガンバレ!』
『【重要】くれぐれも火加減には注意!』
と、返信文を次々と打ち込み、最後に『Good Luck!』とサムズアップするウサギのスタンプを押した。
そして、送ったメッセージをもう一度見直してから小さく頷くと、キッチンの方に目を向ける。
「良かったな……」
俺は、キッチンの片隅に置かれた冷蔵庫――正確には、その冷蔵室の中に向け、感慨を込めて囁きかけた。
「お前たちの犠牲は、無駄にならなかったみたいだぞ。暗黒物質たちよ……」
――(追記)作成された暗黒物質たちは、後日スタッフが美味しく (?)頂きました。




