第十六訓 ながらスマホはやめましょう
俺は、驚きで口を半開きにしたまま、鳴動するスマホの液晶画面に表示されている『沢渡未来』の名前を凝視する。
一応、電話番号は登録しているが、ミクから“電話”がかかってくるのは、かなり珍しい事だった。
(いつもはLANEメッセージでのやり取りなのに、何で今日に限って電話で連絡してきたんだろう……?)
と、俺は違和感を覚え、また、ミクが既に彼氏持ちだという事に思い当たり、一瞬電話を取るのを躊躇したが……気付いたら指が勝手に“通話”ボタンをタッチしていた。
「あ……」
俺は、無意識に電話を取ってしまった事に少しだけ後悔の念を抱いたが、取ってしまったものはしょうがない。……というか、何だかんだで、アイツの肉声を聞けるのは嬉しい……!
「……ゴホン」
俺は咳払いをして喉の調子を整えると、高鳴る鼓動を抑えながら、スマホを耳に押し付ける。
「も……もしもし、ミク? どうし――」
『あ、やっとつながった!』
俺の声を遮るように、耳元のスピーカーから可愛らしい声が上がった。
数日ぶりに聞くミクの声に、心臓が左胸から飛び出さんばかりに跳ねるが、それと同時に彼女の言葉に違和感を覚えた俺は、怪訝な顔をしながら訊き返す。
「……やっと? やっとって、どういう意味?」
『どういう意味って、そりゃ……』
俺の問いかけに、ミクの声のトーンが上がった。
『私、昨日から何度もそうちゃんにLANEしてたのに、そうちゃん、全然返してくれないんだもん。ていうか、既読にもならないしさ』
「え……?」
『今日も、夕方から何回かLANEを送ってたのに反応無いから、そうちゃんの身に何か起こったんじゃないかって、ものすごく心配になって……それで、今電話かけたんだよ?』
「あっ……そういう事か……」
ミクの言葉に、俺はようやく彼女が直接電話をかけてきた理由を理解し、思わず息を吐く。
そして、ミクの誤解を解くべく、これまでの状況を説明する。
「それは……ゴメン。でも、しょうがなかったんだよ。何せ、一昨日にお前からのLANEが来た後、俺のスマホがぶっ壊れちゃったから……」
『ええっ?』
スピーカー越しに伝わってきた、ミクの驚きに満ちた声を聴いて、思わず頬が緩むのを感じながら、更に釈明を続けた。
「それで……スマホは昨日買い替えたんだけど、LANEの引継ぎ操作が上手くいかなくてさ……。まあ、今日の昼間には使えるようになったんだけど、LANEって、引継ぎ前に届いたメッセージは見れない仕様なんだよな」
『あ……それで……』
「――そんで、夕方からはバイトに入ってて、スマホは電源切ってロッカーの中だったから、お前からメッセージが来てるのなんて、今の今まで全然知らなかったんだ」
『そうだったんだぁ……』
俺の説明を聞き終わったミクが小さく安堵の息を吐いたのが、電話越しからも分かった。
『良かったぁ……あ、ううん。スマホが壊れちゃったんだから、良くはないんだけど……。そうちゃん自身に何か悪い事が起こったんじゃなくって……安心したぁ』
「し……心配させちゃって、悪い」
俺は、ミクが自分の事を心配してくれていた事に無上の喜びを感じつつ、素直に謝った。
それに対し、ミクは『ううん! そうちゃんが謝る事じゃないよお』と返してきた。
そして、訝しげな声で俺に尋ねてくる。
『あれ? ……じゃあ、ひょっとして、今はバイト帰り?』
「え? あ、まあ、うん」
『えっ! ホントにッ?』
俺の答えを聞いたミクの声が、急に上ずる。
『ゴメン! だったら、まだ帰り道の途中だよね? 歩きながら喋ってたら危ないし、電車に乗り損ねちゃったら悪いから、一回切るね?』
「え? あ、いや、大丈夫大丈夫! 切らなくていいよ!」
俺は、慌てて電話口のミクを声で制しながら、周囲を見回し、手ごろな段差を見つけて腰を下ろした。
「今は道の脇に座ったし。それに、この時間じゃ電車もまだあるから、このまま話してて大丈夫だ」
『そう? でも……道端に座ってたら、また職質とかされない?』
「はは……だ、大丈夫だろ、多分……」
……確かに、数年前の冬、自販機の隣に座ってあんまん食ってただけなのに、巡回中の警察官に職質を受けた事があった。逃走中の空き巣犯と服装が似てたのが職質の理由で、すぐに容疑は晴れて解放されたのだが、その様子をクラスメイトに見られた俺は、しばらくの間“本郷容疑者w”って揶揄われてたっけ……。
ミクはその事を覚えていて、心配してくれたようだ。
俺は、ミクがそんな細かい事まで気にかけてくれている事が嬉しくて、思わず顔を綻ばせる。
――と、
『……でも、あんまり長引くと悪いから、本題に入るね』
「あ……う、うん」
ミクの声の調子が変わったのを感じ取った俺は、少し緊張しながら頷いた。
「本題……って、何?」
『あのさ……』
訊き返した俺に、ミクは一瞬口ごもった後、意を決したような声色で言葉を継ぐ。
『あの、そうちゃん? ……今度の土曜日って、何か予定入ってる?』
「え?」
ミクの問いかけに、俺はどこか引っ掛かりを感じながら、かぶりを振った。
「……いや。土曜日は、元々バイト入れてないから空いてるよ」
『そっか……じゃあ、何か出かける用事とかも?』
「無いよ。つるんで出かけるような奴もいないし……ははは」
重ねて問いかけるミクに、そう答えた俺は、乾いた笑いを上げる。はあ……何か、自分で言ってて哀しくなってきた……。
一方、俺の答えを聞いたミクは、電話口で『そうなんだ……』と、安堵したような声を漏らした。
その事が少し気になって、俺は尋ねる。
「……なに? 何でミクは、俺の予定なんかを訊いたんだ?」
『うん……あのね……』
「うん……」
ミクが何を口にしようとしているのか、無性に気になって焦れながら、俺は彼女を促す。
そして、次にミクが口にした言葉は、俺を大いに驚かせた。
『そうちゃん――今度の土曜日、一緒に出かけない?』




