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第百五十八訓 やり過ぎは逆効果なのでやめましょう

 そんな訳で、立花さんが数時間を費やして作った料理を試食する事にした俺と立花さんだったが――。


「う~ん……」


 唐揚げを頬張った俺は、思わず眉を顰めて唸る。

 そして、ゴリゴリという音を立てて、堅い衣に包まれた唐揚げを噛み砕きながら首を傾げた。


「いや……やっぱり、揚げ過ぎでしょ。さっき食べたコロッケと同じで」

「えぇ? そう……かなぁ?」


 テーブルの向かいに座った立花さんは、俺の感想を聞くや、不満げに口を尖らせる。


「そ、そりゃあ、確かに衣の色がちょっと濃いかもしれないけど、唐揚げの衣ってこんなもんでしょ?」

「……限りなく黒に近い焦げ茶色が『ちょっと濃い』ねぇ……」


 俺は呆れ声を漏らしながら、平皿から唐揚げを箸でひとつ摘み上げ、立花さんの取り皿に載せた。


「そう思うなら、君も食べてみればいいさ。さあ、どうぞ」

「う……」


 取り皿の上に載せられた真っ黒な唐揚げを前に、一瞬躊躇する様子を見せた立花さんだったが、意を決して口に運ぶ。

 立花さんの口の中から、さっきの俺の口の中と同じ破砕音が鳴り、それと同時に、彼女はさっき俺が浮かべたのと同じであろう、何とも言えないという表情を浮かべた。


「うぅ……衣が刺さって口の中が痛い……あと、なんか苦い」

「でしょ?」


 俺は、彼女のコップにポットの麦茶を注いでやりながら頷いた。


「要するに、揚げの時間が長過ぎて、衣がカチカチに焦げちゃってんだよ。さっきのコロッケと同じでさ」

「うぅ……まあ、揚げる時間は、ミクさんが送ってくれたレシピに書いてある時間よりも少し長めにしたけどさ」

「少し長めって……具体的に何分くらい?」

「レシピには六分弱って書いてあったけど、トータルで……十五分くらい?」

「いや、長えって!」


 俺は驚いて、思わず声を裏返す。


「六分でいいのに十五分って……倍以上じゃん! 何でレシピ通りにしないんだよ?」

「だ、だって……」


 俺の問いかけに、立花さんは気まずげに視線を逸らしながら、小さな声で答える。


「と、鶏肉って、生だとヤバいっていうじゃん。だから、ちゃんと中まで火を通そうと思って……」

「それで、レシピの二倍以上の時間をかけて念入りに揚げたら、こんな感じになっちゃったって事か……」

「……そうみたい」


 立花さんは、しょげ返った顔で俯いた。

 一方の俺は、色々と腑に落ちて、大きく頷く。


「あぁ……なるほどね。全部そういう事か」

「そういう事かって……どういう事?」


 俺の呟きを耳にした立花さんが、訝しげに首を傾げた。

 そんな彼女に「それはね……」と言いながら、俺はテーブルの上を指し示す。


「何で、君が作った料理がこんな風になっちゃうのか、その理由だよ」

「え?」


 キョトンとする立花さんをよそに、俺はテーブルの真ん中に置かれた皿を持ち上げた。


「たとえば……このハンバーグ(黒焦げの挽き肉の塊)

「ちょっと! た、確かに事実だけど、そのルビはやめ……」

「あ、ゴメン。……ハンバーグ(はんばーぐ)も、唐揚げと同じでしょ? つまり――『中の挽き肉が生のままじゃヤバいから、念入りにじっくり焼きました』って」

「う……!」


 俺の言葉を聞いた立花さんは、ハッとした表情を浮かべ、おずおずと頷く。

 それを見て頷き返した俺は、今度は生姜焼きの載った皿を指さした。


「その生姜焼きもね。『豚肉が生のままじゃヤバいから、以下同文』――って感じだったんじゃね?」

「……うん」


 立花さんは、恥じ入るように顔を赤くしながら、コクコクと頷く。


「ソータの言う通り……かも。なんか、ちゃんと火が通ってないような気がして、ついつい長めに焼いたり揚げたりしちゃってたんだと思う……」


 そう言うと、彼女は真剣な表情を浮かべて、俺の顔をじっと見た。


「ほら……この前、ソータがあたしの作った生焼けのハンバーグを食べたら変になっちゃったじゃん。……だから、料理にはちゃんと火を通さなきゃっていう意識が行き過ぎて……」

「あ、そういう理由でか……」


 立花さんの言葉を聞いた俺は、思わず頭を抱える。

 なんてこった。

 前回はともかく、今回の失敗は、少なからず俺のせいでもあるって事か……。


「ええと……」


 俺は、気まずげに頭を掻きながら、立花さんに向けて切り出した。


「と、とりあえず、ここまで執拗に火を通さなくても大丈夫だよ。ちゃんとレシピに書いてある内容に従って下さい」

「え……でも、生だと、この前みたいに――」

「いや……前回のアレは、生焼けだったからだけじゃないし」


 不安げな表情を浮かべる立花さんに、俺は苦笑しながらかぶりを振る。


「まあ、確かにゼロじゃないけど、どっちかというと、味とか食感的な方が衝撃度高かったし」


 そう言いながら、俺は箸を取り、皿の上に残ったハンバーグを摘まんで口に入れた。


「あ――! ちょ、ちょっと! また、この前みたいになっちゃう……!」

大丈夫だよ(ふぁいふぉうふらお)


 煎餅を噛み砕くような音を立てて咀嚼しながら、俺は手を軽く振る。

 そして、口の中のものを呑み込んでから、にっこりと微笑んでみせた。


「ほら……。平気でしょ?」

「ほ、ホントに……?」

「うん」


 俺は、心配そうに顔を覗き込んでくる立花さんに頷き、言葉を続ける。


「この前は、焼き加減だけじゃなくて、味の方のインパクトもすごかったからあんな風になっちゃったけどさ。今回は、少なくとも味の方は普通に美味しいし」

「え? マジ?」


 俺の言葉を聞いた立花さんが、目を丸くした。


「美味しかった? あたしのハンバーグが?」

「あ……う、うん」


 俺は、顔を輝かせる立花さんにおずおずと頷く。

 まあ、ウチの母さんが作るものに比べるとまだまだといったところだが、前回食べた立花さんのハンバーグとは比較にならないくらいに美味しくなっているのは間違いない。

 俺は、頭に浮かんだ推測を確かめる為、今度は火を通し過ぎてボソボソになってしまったオムレツを食べ、それから大きく頷いた。


「……うん。やっぱり思った通りだ。今日立花さんが作った料理、味付けはちゃんと美味しいよ。ただ、火の通し加減がアレで台無しになっちゃってるけど」

「う……」

「だから、逆に言えば、火の通し方さえ良くなれば、完璧に美味しい料理が出来ると思うよ。――ミクの料理にも負けないくらいのね」

「ホントにッ?」


 立花さんは、俺の言葉を聞いて、パッと顔を輝かせたが、すぐに探るような目を向けながら、確かめるように俺に尋ねる。


「……嘘とかお世辞とかじゃないよね?」

「もちろん」


 はっきりと断言した俺は、ひとつだけ残ったいなり寿司を一口齧ると、力強く頷いた。


「だって、直接火を通さずに作ったいなり寿司は、誕生日会の時よりも美味しくなってるもん。つまり、今の立花さんは、レシピに従いさえすれば、ちゃんと料理を美味しく作れるって事だよ。だから自信持って」

「……っ!」


 俺の言葉に、立花さんは顔を真っ赤に染め、何度も首を縦に振る。


「分かった! ソータの言う通り、これからはレシピに従って料理する!」

「うんうん、それが良いと思うよ」

「その上で、あたし独自の味を出す為に、色々アレンジを加えて――」

「いやいやいや! だから、それはダメなんだってばッ!」


 激しい徒労感を抱きつつ、興奮して捲し立てる立花さんに慌ててツッコミを入れる俺であった……。

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