第百三十八訓 別の可能性を模索しましょう
「た……立花さんすか?」
四十万さんの口から出た意外な名前に、俺は思わず声を裏返す。
そんな俺に、四十万さんは漬物を頬張りながら、涼しい顔で頷いた。
「そっ。その娘もいいんじゃない? だって、そのタチバナちゃんって、今フリーなんでしょ?」
「い、いや、確かにそうっすけど……」
俺は、四十万さんの言葉に当惑しながら、訝しげに首を傾げる。
「……っていうか、なんで誰も彼もが、立花さんの事を俺に推してくるんすかね?」
「ん? 私以外にも居たの? その娘を薦めてきた人が?」
「え、ええ、まあ……」
四十万さんの問いかけに、俺はぎこちなく頷いた。
途端に目を輝かせながら、四十万さんはずいッと身を乗り出してくる。
「誰誰? 私以外に、誰からおススメされたの?」
「それは……ウチの母さ……母親とか……」
「とか?」
「……」
俺は、更なる四十万さんの追及に、一瞬躊躇したが、しぶしぶと続けた。
「その……他ならぬ俺の幼馴染のミク……です」
「ぷぷっ! あっ……ゴメン……」
「いや、噴き出した後に真顔で謝ってくるの、やめてもらえますッ? 笑えよ、存分に笑えばいいさあっ!」
真顔で頭を下げてきた四十万さんに、薄っすら涙目になりながらやけくそ気味に叫ぶ俺。
四十万さんは、そんな俺の口にすかさずフライドポテトの束を押し込んだ。
「どうどう。ほら、ポテトでも食べて落ち着いて!」
「んがぐぐ……ッ!」
急に口の中にポテトの束を突っ込まれて窒息しかけた俺は、慌ててグラスを飲み干して、パサついたポテトをカシスオレンジごと喉の奥へと流し込む。
幸い、ポテトは喉の途中で引っかかる事も無く、無事に胃袋へと落ちていき、アルコール度数の低いカシスオレンジだったおかげで、この前のワインのように一気に酔いが回って意識を飛ばす事も無かった。
「こ、殺す気か……ッ!」
「ごめんごめん。でも、落ち着いたでしょ? 狙い通り♪」
「いや、『狙い通り♪』じゃねえよ……!」
俺は、喉を押さえながら四十万さんの顔を恨めしげに睨む。
そんな俺におしぼりを差し出しながら、四十万さんは言った。
「そっかあ……好きな相手本人から、別の女の子を薦められちゃったのね。ちょっと面白いけど、本人的にはさすがにちょっとキツいね」
「ちょっとどころじゃないっすよ……」
四十万さんの言葉にゲッソリしながらボヤく俺。
と、彼女が目をキラキラ輝かせながら尋ねる。
「――で、どうなの? 正直、そのタチバナちゃんって娘、ホンゴーちゃんから見てどんな印象なの?」
「ど、どんな印象……って、どういう……?」
「ほら、“可愛らしい”とか“キレイ”とか、“性格が合う”とか」
「えぇ……と」
そう四十万さんに尋ねられ、俺は頭の中に立花さんの姿を浮かべてみた。
明るく染めたショートボブの髪。黒目がちで少し吊り目気味の大きな目。喜怒哀楽が激しく変わる顔立ち。俺よりもだいぶ背が低くて、年齢よりも少し幼く見える体つき……。
その上で、今までの彼女の言動や行動を踏まえると――。
「うーん……なんて言うか……一言で言うと、『猫っぽい』って感じっすね……」
「猫っぽい?」
俺の答えを聞いた四十万さんは、首を傾げる。
「それって、外見的に? それとも性格が?」
「まあ……両方っすね」
俺は、四十万さんの問いかけに、口元を僅かに綻ばせながら頷いた。
それに対し、四十万さんは分かったような解らないような顔つきで「ふ~ん……」と唸ると、おもむろに空のグラスをむんずと握り、マスコミが取材対象にマイクを向けるように俺の前に突き出す。
「じゃあ、お伺いします! ホンゴーちゃん的に、そのタチバナちゃんを彼女にするのはアリですか? ナシですか?」
「ふぇ、へっ?」
唐突な質問に戸惑う俺だったが、すぐに呆れ混じりの引き攣り笑いを浮かべながら首を左右に振った。
「いや……アリもナシも無いっすよ。だって……立花さんには、もう好きな男がいますから」
「あ、そうなんだ?」
俺の答えを聞いて、四十万さんはあからさまにガッカリした表情を浮かべる。……いや、この顔は……『ガッカリした』というよりは、むしろ『なんだ、ツマンネ』っていう顔だ。
四十万さんは、そんな失望を露わにした顔で、更に尋ねる。
「ホンゴーちゃんは、タチバナちゃんに好きな人がいるって事を知ってるんだ?」
「え、ええ、まあ」
俺は、ぎこちなく頷いた。
「は、話の流れで、本人から聞きました。ハイ」
本当は初対面の時点から知ってた訳だが、そのあたりの事情を一から説明するのも面倒なので、微妙にぼかしながら答える。
幸い、四十万さんは俺の答えを素直に信じてくれたようで、すぐに次の質問に移った。
「ホンゴーちゃんは、タチバナちゃんが好きな男の人の事を知ってるの?」
「まあ……一応」
俺は、少し躊躇しつつも言葉を継ぐ。
「俺の一つ上で、同じ大学生で……彼女の幼馴染です、ハイ」
「わあ、偶然!」
四十万さんは、俺の言葉に目を丸くした。
「じゃあ、タチバナちゃんもホンゴーちゃんと同じで、幼馴染の事が好きなんだ?」
「ま、まあ……そうみたいっすね……」
俺は、おずおずと頷くと、これ以上立花さんの片想いの相手――藤岡穂高の話題を深掘りされて、『立花さんが片想いしてる相手の彼女は、俺が片想いしてる幼馴染のミク』という不都合な事実を気取られる事がないように「そ、そういう訳なんで!」と声を張り上げて、話の矛先を逸らす。
「俺と立花さんがくっつく事は、まずありません、以上!」
「そっかぁ~……」
四十万さんは、俺がキッパリと言い切った事に少しガッカリした様子で肩を落とした。
そして、ウーロンハイをちびりと飲みながら、ぼそりと呟く。
「せっかく、ホンゴーちゃんをからかうネタが出来て面白くなりそうだったのになぁ……」
「いや、それが本心かい! なに他人のコイバナをからかって面白がろうとしとんねんッ!」
「ハハハ、イヤネェ。ジョーダンデスヨジョーダン」
ジト目で睨みながらツッコむ俺に、四十万さんは片言の日本語でおどけてみせるのだった。




