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第百三十五訓 とりあえず生中を頼みましょう

 「じゃあ、さっそく……カンパ~イ!」


 向かいの席に座った四十万さんが、満面の笑みを浮かべながら、高らかに乾杯の音頭を取り、ビールの泡が溢れそうなほどいっぱいに注がれたジョッキを持つ手を俺の方に伸ばした。


「あ、か、カンパ~イ……」


 その声に続いて、俺も手にしたジョッキを持ち上げ、四十万さんのジョッキに軽くぶつける。

 ふたつのジョッキがぶつかって、控えめな高音が鳴る。

 すると、四十万さんが不満げに口を尖らせた。


「何だよぉ、ホンゴーちゃん。ノリが悪いなぁ。こういうのは、勢いよくガチーンっていかないと!」

「あ……す、スミマセン。こ、こういう場所に慣れてなくって……」


 四十万さんの文句に、俺は理不尽を感じつつも謝る。

 そんな俺の言い訳を聞いた四十万さんは、ジョッキを口元に持っていきつつ苦笑いを浮かべた。


「ああ、ホンゴーちゃんは、こういう居酒屋さんに来るの初めてなんだっけ? それで緊張しちゃってんの?」

「まあ……そんな感じっすかね……」


 俺は、四十万さんの言葉に頷きながら、周りを見回す。

 ここは、赤発条駅から歩いて三分くらいの所にある居酒屋チェーン店『烏義賊(からすぎぞく)』赤発条駅前店だ。

 四十万さんは、もっと雰囲気のあるバーに行きたいと言っていたのだが、そんなお洒落な“大人の社交場”的な場所にTシャツにジーパン姿の自分なんかが行ったら場違いにも程があると、俺が必死で抵抗した結果、妥協案的な居酒屋チェーン(ここ)に落ち着いたという訳だ。

 なんか、四十万さんが「まあ、()()()()ここでいいでしょ」と呟いていたのが気になるところではあるけど……。


「ぷはぁあ~っ! 五臓六腑に染み渡らぁ!」


 俺が、初めて見る居酒屋の中を珍しそうに見回していると、ジョッキに入っていたビールを一気に飲み干した四十万さんが、まるでドラマに出てくる中年サラリーマンみたいな声を上げた。


「いや、オッサンっすか……」

「だーれがオッサンよ。ビール飲んだら、老若男女問わず、誰でもこうなるモンよ!」


 俺の呆れ混じりのツッコミに頬を膨らませながら言い返した四十万さんは、俺が持っているジョッキに目を向けると、その形の良い眉を顰める。


「……って、ホンゴーちゃん、まだ全然飲んでないじゃない。どうしたの?」

「あ……いや」


 咎めるように問いかける四十万さんに、俺は困り笑いを浮かべながら答えた。


「その……やっぱり、お酒を飲むのがちょっと怖くって。この前みたいに記憶とか飛んじゃったり、理性のタガが外れて四十万さんに迷惑をかけたりしないかって……」

「あはは、大げさだなぁ、ホンゴーちゃんは」


 四十万さんは、箸でお通しの漬物を摘まみ上げながら、苦笑いを浮かべる。


「この前君が飲んだのって、赤ワインだったんでしょ? ビールは、それよりも全然アルコール度数低いもん」

「いや、でも……」

「大丈夫だって。もしもホンゴーちゃんが酔いつぶれちゃったとしても、私がちゃあんと介抱してあげるからさ。安心してドーンと飲みなさい!」

「四十万さんに介抱されるのは、ちょっと不安だなぁ……」

「え、なんか言った?」

「アッイエ! 何でもないっす!」


 ぼそりと呟いた独り言を耳聡く聞きつけた四十万さんに睨まれた俺は、慌ててジョッキに口を付けて勢いよく傾けた。

 口の中に独特の香りとピリピリする炭酸の気泡を感じながら、一口飲み込む。

 そして、ぶるりと全身を震わせた。


「に、苦ああっ!」

「あはははははは!」


 俺の反応を見た四十万さんが、大きな口を開けて爆笑する。

 そして、身を乗り出して、興味津々といった様子で俺に尋ねてきた。


「どう? 初めて飲んだビールの味は? 美味しくない?」

「い、いや……」


 俺は、口直しに漬物を頬張りながら顔を顰める。


「美味しいとか美味しくないとか以前に、ただただ苦くって……良く分かんねえっす」

「そっかぁ。ま、最初はそうかもね」


 俺の感想を聞いた四十万さんは、苦笑いを浮かべながら頷いた。


「そういえば、私もビールを初めて飲んだ時は、ホンゴーちゃんと同じ感想だったなぁ。でも、慣れてくると美味しく感じるようになるんだよ」

「美味く感じ……ますかね、コレ?」


 俺は、四十万さんの言葉に懐疑的になりながらも、恐る恐るビールをもう一口飲んでみる。

 ……うえぇ、やっぱり苦いだけだよ、コレ。


「いやぁ……俺、この味には永久に慣れる気がしないっす。ビール飲むより、コーラを飲んでた方がずっといいっすわ」

「まだまだお子様舌だなぁ、ホンゴーちゃん」


 顔を顰める俺をからかうようにそう言った四十万さんは、テーブルの端に立てかけてあった注文用タブレットを手に取った。

 そして、指で画面をポチポチ押しながら、俺に言う。


「じゃあ……今度はジュースみたいな味のお酒を頼もっか」

「え? ジュースみたいな味のもあるんすか?」

「うん、もちろんあるよ~」


 そう頷きながら、四十万さんはタブレットを俺の方に向け、そこに並んでいるグラスの画像をいくつか指さした。


「たとえば……このカシスオレンジとか? 味はほとんどオレンジジュースだから、初めてでも飲みやすいと思うよ」

「ホントだ……。ぱっと見、まんまっすね」

「あとは……カルーアミルクとかも美味しいよ。コーヒーリキュールを牛乳で割ったカクテルで、そんなに度数も高くないし」

「コーヒーを牛乳で割った? それって、まるでコーヒー牛乳じゃ……」

「うん、味はコーヒー牛乳みたいに甘くて飲みやすいよ。女の子で好きな子多いしね~」


 そう言うと、四十万さんは俺にニヤリと笑いかける。


「……だから、ホンゴーちゃんも気に入るんじゃないかなぁ?」

「いや……『だから』って、なんか引っかかる言い方っすね……。それじゃ、まるで俺の味覚が女の子と同じだって言ってるみたいじゃないっすか?」

「いやいや、そんな事は言ってないって」


 ムッとする俺にニヤニヤしながら、四十万さんは首を左右に振った。

 そんな彼女に疑わしげな目を向けながら、俺はタブレットの画面に表示されているオレンジ色のカクテルを指さす。


「じゃあ……その、カシスオレンジでお願いします」

「あれ? カルーアミルクじゃないんだ? やっぱり『女の子に人気』っていうのが引っかかっちゃった感じ?」

「そ、そんなんじゃないっす! た、ただ、今の俺はオレンジ系が飲みたい気分なんですっ!」


 四十万さんの言葉に内心でドキリとしながら、俺は激しくかぶりを振るのだった。

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