表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/380

第百三十一訓 沈んだ気持ちは切り替えていきましょう

 『と……とにかくさ』


 心の底から悔やみに悔やむ俺に、スピーカーの向こうから立花さんがおずおずと声をかけてきた。


『何はともあれ、やっちゃったモンはしょうがないよ! 切り替えていこ!』

「……そうだね」


 床の上を転げまわっていた俺は、立花さんの声に力無く頷きながら、ヨロヨロと立ち上がる。


「ここは……切り替えて()()しかないか……」

『ちょ? なんか、漢字の変換がおかしくない?』


 微妙なアクセントの違いに気が付いて、慌てたように声を上ずらせた立花さんに「冗談だよ」と答えながら、俺はリビングの窓に目を向けた。

 レースカーテンの向こうに見えるクリーム色の壁の家。そここそが、他ならぬミクの家だ。

 今、家の中にミクが居るのか、それとも留守なのか……窓越しでは分からない。

 俺は、心の中で激しく悩みながら、スマホの向こうの立花さんに問いかけた。


「なあ……会いに行った方がいいと思う?」

『会いにって……ひょっとして、ミクさんに?』


 立花さんに問い返された俺は、弱々しく「……うん」と頷き、それから慌てて首を左右に振った。


「あ! べ、別に、昨日の告白の返事を聞きにいこうとか、そんなんじゃなくって……。そういうのを抜きにして、まずは昨日の事を謝りに行こうかな……って、うん」


 それを聞いた彼女は、『う~ん……』と考え込むように唸り、それから迷うように曖昧な口調で答える。


『……ううん。さすがに、昨日の今日じゃ早いと思うよ。ミクさんも、まだ心の整理がついてないと思うし……』

「そっか……そうかもな」


 俺は、立花さんの言葉に納得し、ウンウンと頷いた。

 確かに、顔を合わせるのはもう少し後にした方がいいような気がする。向こうも気まずいだろうし、告白した(らしい)俺自身の覚悟もまだ全然決まってない。ここは『巧遅は拙速に勝る』のことわざに従って……って、あれ? 『巧遅は拙速に如かず』だっけ? それだと真逆の意味になるんだけど……。

 うぅん、もう、どっちだか分からなくなってきた……。

 と、混乱して訳が分からなくなっている俺に、立花さんが言った。


『アレだったら、後であたしがLANEか電話してみて、それとなくミクさんの様子を探ってみようか?』

「え? いいの?」


 立花さんからの提案に、俺は驚きながら訊き返す。

 俺の問いかけに、立花さんは気安く『いいよ』と返し、言葉を継いだ。


『ミクさんにとっても、その方がいいと思うからね、気分的に。夜くらいにLANEしてみるよ。結果が分かったら連絡するね』

「おお……それは助かる」


 俺は、立花さんの言葉に、陰鬱な闇に覆われた心がぱあっと明るくなるのを感じながら、何度も頷く。


「あ、でも、今日は五時からバイトだから、連絡はLANEメッセージでお願いします。通話だと多分出られないからさ」

『うん、分かった。つか、二日酔いなのにバイトに行って大丈夫なの?』

「まあ……風邪じゃないんだから大丈夫だよ……多分」


 立花さんに気遣われた俺は、思わず苦笑した。可笑しくもあり、何だか嬉しくもある……少し奇妙な感覚だ……。

 と、今の会話で時間が気になった俺は、ふと壁にかかった時計を見上げる。

 そして、時計の短針が『2』の文字を過ぎたところを指しているのを見て、慌てて立ち上がった。


「やべっ! もうこんな時間じゃん! そろそろここを出てアパートに戻らないと、バイトに遅れちまう!」

『え? マジ? でも、まだ二時過ぎだよ?』

「いや……元々昨日は日帰りするつもりだったから、バイト用のワイシャツとか持ってきてないんだよ! 一回アパートに戻って、着替えてかないと……」

『あ、そうなんだ』


 俺の説明を聞いて、立花さんも納得したようだった。

 俺は、食べ終わった食器を台所のシンクに置きながら、早口で彼女に言う。


「じゃ、じゃあ、そんな訳だから、そろそろ切るよ。……ミクの件、ヨロシク!」

『あ、うん、分かった~……って、あ! ちょっと待って!』

「……え?」


 スマホを切ろうと耳から離しかけた俺は、スピーカーから上がった制止の声に、首を傾げた。

 そして、時計を気にしつつ、もう一度スマホを耳に当てる。


「……何? どうしたの?」

『ゴメン! 最後に一個だけ……。ソータさ、今週、空いてる日ってある?』

「え……?」


 俺は、立花さんの問いかけに怪訝な顔をしながら、来週の予定を思い出してみた。


「ええと……今週は、水木と日曜日が休み……だったはずだけど。それが何?」

『じゃあ……木曜日空けといて!』

「はぁ?」


 急に立花さんから曜日指定予約された理由が分からず、俺は更に当惑する。


「な、なに? 何で木曜日を空けとかなきゃいけないのさ?」

『決まってるでしょ。あたしがアンタん家に行くからだよ!』

「はぁっ? な、なんでぇ?」


 立花さんの答えを聞いた俺は、思わず声をひっくり返して訊き返した。

 それに対して、彼女はムッとした声色で答える。


『何でって……。前に約束したじゃん。ソータん家の台所で料理の特訓させてくれるって』

「ふぁっ? あ、あれか?」


 立花さんに言われて思い出した。

 確かに、前に俺のアパートに立花さんとミクと藤岡の三人で泊まりに来た時に、そんな約束をした……させられたんだった。


「た、確かにそんな事もあったけど……でも、何でこのタイミング?」

『このタイミングだからだよ!』


 俺の問いに、立花さんはキッパリとした声で答える。


『昨日、ソータがミクさんに想いを伝えたじゃん。だから、今度はあたしがホダカに告る番でしょ?』

「い、いや……確かにそうだけど、何も、そんな競うように告白を急がなくても……」

『別に競ってなんかないよ』


 立花さんは、俺の言葉を否定すると、『チャンスだからだよ』と続けた。


『昨日のソータの告白が不意打ちになって、ミクさんの心は結構揺れちゃってると思うんだ。だから、同じようにあたしが告白する事でホダカの心を揺らして……その相乗効果でふたりが別れて、あたしたちと付き合ってくれる事になるかもしれないじゃん。――いや、絶対にそうなるって!』

「そ、そうかなぁ……?」


 訝しげに首を傾げつつも、俺は彼女の声の勢いに流されて、心のどこかでちょっとだけ『そうかも……』と思いつつあった。

 確かに、片方だけが告白されるよりも、両方がそれぞれの近しい異性に告白をされたりしていたら、或いは玉突き現象的な心境の変化が起こって、立花さんが力説する通りになる……かもしれない。

 だんだんとその気になりつつある俺の耳に、立花さんが更に捲し立てる声が響く。


『だから……そうなりかけた時、確実にホダカの心を掴めるように、もっと得意料理のバリエーションを増やしておきたいんだ』

「も……『もっと』って……言うほどあるか、得意料――」

『何さ!』


 思わずツッコミを入れた俺に、立花さんはあからさまに不機嫌そうに声を荒げた。


『あるじゃん! 昨日のおいなりさん!』

「あぁ……」


 立花さんの答えに、俺は昨日の事を思い出しながら頷く。


「まあ、昨日のいなり寿司は確かに美味しかったけど……」

『でしょでしょっ? うっふっふ……』

「でも、アレはミクが傍に居たから美味しく出来たって……」

『う……た、確かにそうだけど……!』


 俺の言葉に一瞬言い淀んだ立花さんだったが、すぐに元の調子で声を荒げた。


『で、でも、もう大丈夫だよ! 作り方は完全に覚えたから、もうミクさんが居なくても美味しく作れます~ッ!』

「あ、そ、そっすか……」


 スマホ越しでも勝ち誇るような顔が見えそうな立花さんの声に、俺は抗う事を諦め、雑に賛同する。

 その声に、立花さんは喜色を湛えた声で言った。


『じゃ、木曜日ね! おいなりさんだけじゃなくて、他にも美味しい料理をたくさん作ってあげるから、楽しみにしててね~♪』

「あっ……ハイ……」


 楽しげな立花さんの声を聞き流しながら、俺は自分の胃がキリキリと痛み出すのを感じるのだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ