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第百二十七訓 文章はきちんと推敲しましょう

 ――『ドンマイ』


 RULLY(立花さん)のトーク画面に表示された、たった四文字のシンプルなメッセージ。

 それを見た俺は、ただただ当惑するしかなかった。


「ど、『ドンマイ』って……何に対して?」


 ……昨日の誕生日会に対してかけられる言葉なら、同じ四文字でも、『おつかれ』とかになるんじゃないだろうか?

 でも、届いたメッセージは『ドンマイ』……。

 言うまでもなく、“ドンマイ”とは、野球でエラーをしたり、サッカーのペナルティキックを外したりした時に、失敗した選手を慰めたり励ましたりする時に使う言葉だ。

 ……つまり、立花さんが俺に『ドンマイ』という慰めのメッセージを送ったという事は、昨日の俺が、慰められるほどの失敗をしたからに違いない。


「失敗……いつ? どこで? ……誰に?」


 呆然としながら、そう呟いた俺だったが……答えはほとんど分かっていた。

 俺の脳裏で、さっき母さんが口にしていた言葉が再生される。


 ――『昨日は大変だったのよぉ。颯くんの酒癖が悪くて、めちゃくちゃやってたから』

 ――『そんなこんなで時間が過ぎて、とうとうあなたは一階の床の上に寝転がってウトウトし始めちゃったのよ』

 ――『一文字くんとミクちゃんとルリちゃんが、ダウンした颯くんを抱えて二階に運んでいったの』

 ――『颯くんを、三人で二階に運んでいってから十分くらいしてから、何か慌てた様子でミクちゃんが階段を駆け下りてきたのよ。で、そのまま挨拶もそこそこに……帰っちゃったの』


 ……間違いない。絶対、その時に起こった……いや、俺が()()()()“何か”に対しての『ドンマイ』だ。

 そう確信した俺は、思わず頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「だ――ッ! 一体、何を仕出かしたんだよ、俺はっ!」


 そう喚きながら、髪の毛に指を突っ込んでワシワシする。

 こうすれば、アルコール洗浄されて真っ白になった昨日の記憶がひょっこり顔を出すかもしれないと、何となく期待したのだが――当然ながら、いくら頭を掻き毟っても、記憶は何一つ蘇ってはこなかった。


「はぁ……」


 ウンウンと唸りながら五分ほど苦闘していた俺だったが、遂に思い出す事を諦めて、大きな溜息を吐く。

 昨日の事は思い出せないクセに、どこぞの調査兵団の団長が『何の成果も! 得られませんでした!』と絶叫する迷場面の映像は即座に再生するポンコツな脳味噌を恨みながら、俺はもう一度スマホを手に取った。

 そして、トーク画面の一番上に表示されている“RULLY”という文字(アカウント名)を見据えながら、覚悟を()める。


「よし……」


 俺は、完全に酔いボケした自分の海馬に見切りをつけ、昨日起こった顛末を知っているであろう立花さんに直接訊ねる事にしたのだ。

 俺は、トーク画面のメッセージ入力欄をタップし、文字入力キーボードを立ち上げる。

 そして、メッセージを打とうとしたところで――俺の親指はピタリと止まった。


「えっと……ま、まず何を打ち込もう……?」


 いざ返信しようとしたところで、肝心の文面をどう書くか、まるで考えていなかった事に気付いた俺は、激しく戸惑った。


「や、やっぱり、最初は普通に挨拶から入った方がいいよな……。『おはようございます』……いや、さすがに『ございます』は他人行儀か? ――ていうか、もう昼過ぎだから、『おはよう』はおかしいか……。なら、『こんにちは』かな? ……あれ、『こんにちは』だっけ? それとも『こんにちわ』? うぅん……もうこれ分かんねえな……」


 そうブツブツと呟きながら、文章を書いては消し、また書いては消しを繰り返した俺だったが――なんか、急に面倒になってしまう。


「……いや、もういいや。こうなったら、挨拶無しで、直接本文から入っちゃおう。――つか、よくよく見たら、立花さんも挨拶とかすっ飛ばしてるわ」


 今更ながら、立花さんのメッセージが『ドンマイ』から始まっている事に気が付いた俺は、ホッとしながら頷いた。

 向こうが挨拶無しで話しかけてるんだったら、こっちも虚礼廃止でオッケーだろう。うん、そうに違いない!


「じゃあ……本題は……と」


 そう強引に結論づけて、一気に気が楽になった俺は、早速立花さんに問いかける文章を考え始める……が、


「……う~ん」


 すぐに指が止まり、また暫しの間、考え込む俺。

 よくよく考えてみれば、本題の文章を考える方が、挨拶なんかよりもずっと大変だ。


「どう書けばいいかな……? あんまりこまごま書いちゃうと、さっきの一文字のメッセージみたいになっちゃうし……」


 かと言って、あまりに簡潔すぎても、立花さんの心証が良くないだろうし……と、俺は頭を悩ませる。

 日頃、LANEメッセージのやり取りに馴染んでいないせいか、こういう時にどんな感じでメッセージを送ればいいのか分からないのだ。

 そんなこんなで、液晶画面を相手に苦闘する事十数分――。

 ようやく納得できる文面を入力し終えた俺は、首を縦に振ったり横に傾げたりする。


「……これでいい……かな?」


 そう呟く俺の目に映るLANEのメッセージ入力欄には、こんな文章が入力されていた。


『またオレなんかやっちゃいました?』


 ……うん。

 なんか……ものすごく色々と、各方面によろしくない気がする……。


「や、やっぱ、今の無し!」


 不穏なものを感じた俺は、慌てて一度入力した文章を消そうと指を動かす。

 ――が、


「あ――ッ!」


 ……間違えた。


 メッセージを消去しようとして押したボタンは……送信ボタンだった。

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