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第百二十四訓 親の小言は適当に聞き流しましょう

 その後、俺は母さんに、そのまま風呂場に直行してシャワーを浴びるよう促された。

 トイレで吐けるだけ吐いたおかげか、胃のムカつきはだいぶマシになっていたが、それとは別にぐっしょりと全身にかいた寝汗の気持ち悪さを感じていた俺は、母さんの言葉に一も二も無く飛びついたのだった。


「ふぅ……」


 熱いシャワーを浴びてサッパリした俺は、濡れた髪をバスタオルで拭きながら、Tシャツとパンツという寛いだ格好で深く息を吐く。

 と、その時、脱衣所のドアの向こうから、母さんの声が聞こえてきた。


「颯くん! お母さん、これからパートに行ってくるからね」

「あ、うん。行ってらっしゃい」


 俺は、首をドアの方に捻りながら、母さんの声に応える。

 すると、母さんが更に問いかけてきた。


「今日は泊まらないんだっけ?」

「あ、そうだね」


 母さんの問いかけに、俺はドライヤーのコンセントを繋ぎながら答える。


「今日は夕方からバイトなんだ。だから、もう少ししたら帰るよ」

「二日酔いなんでしょ? だったら、『具合が悪い』って言って休めばいいのに……」

「いやぁ……そういう訳にもいかないんだよ。ウチのコーナー、人が少ないから……。特に平日は」


 俺は、母さんの言葉に苦笑しながら言った。

 母さんは、「人が少ないって……颯くんはただのバイトじゃん……」とかブツブツぼやいていたが、ドア越しにも聞こえるような大きな溜息を吐いてから、再び俺に声をかけてくる。


「……じゃあ、気を付けて帰るのよ。あんまり無理しちゃダメよ」

「はいはい。分かったよ」

「お昼ご飯――って言っても、二日酔いだからお粥にしたけど……鍋にあるからね。少し温めてから食べなさいよ」

「うん、サンキュ」

「あと、昨日の残りが少しだけあったから、タッパーに詰めて冷蔵庫に入れておいたわ。帰る時に持ってって」

「お、マジで?」


 母さんの言葉に、俺のテンションは一気に上がった。

 正直、昨日は何を食べたのかすらうろ覚えで、ましてや味なんてほとんど記憶が無いのだ。

 つまり、昨日の誕生日会のテーブルに並んでいたあのごちそうたちを食べてないのと実質的に同じという事である。

 ついさっきまで、俺はシャワーを浴びながら、その事を心底悔やんでいたところだったのだ。

 ――その、一度は諦めた幻のごちそうが一部でも残っているという……こんなに嬉しい事は無い……!

 と、ドライヤーの温かい風に髪を靡かせながらめぐりあい宇宙(そら)っていた俺は、期待に胸を高鳴らせながらドアの向こうに尋ねる。


「じゃあ、あのいなり寿司もある?」

「え? おいなりさんは、もう無いわよ」


 ……だが、その問いに対する答えは非情なもので、俺は愕然とした。


「マジで? あ、あんなにあったのに、無くなっちゃったの?」

「いや……半分以上平らげてたのは颯くんでしょ? ひょっとして、それも忘れちゃったの?」

「何……だと……?」


 呆れ混じりの母さんの言葉を聞いた俺は、思わず絶句し、自分の腹を見下ろす。

 と、その時、ドア越しに母さんの慌てた声が聞こえた。


「あ、いっけない! もうこんな時間じゃない! 早く出ないと!」

「あ、行ってらっしゃい」

「じゃ、お母さん行くからね。お昼食べたら、食器を流しに置いておいてね」

「うん」

「ガスの元栓も閉めなさいね」

「うん」

「出る時は、ちゃんと鍵を閉めるのよ」

「分かってるって」

「タッパーは、帰ったらすぐに冷蔵庫に入れるのよ。もう夏なんだから、放っておいたらすぐに傷んじゃうからね」

「いや、だから、分かってるって!」


 執拗な母さんの注意に、俺は業を煮やして声を荒げる。


「しつこいなぁ! もうガキじゃねえんだから、言われなくてもちゃんとやるって!」

「あー、そうだったわねぇ。颯くんは、もう立派な成人さんだもんねぇ」

「な、なんか、そこはかとない嫌味を感じる……って、あぁ~っ! もう早く行けよ! 時間無えんだろっ?」


 俺は、更に苛立ちながら怒鳴った。

 その怒声に「はいはい」と軽い調子で答えた母さんが立ち去ろうとする気配を感じ、俺は大きな溜息を吐く。

 と、その時、


「あ、そうそう、颯くん」

「まだ何かあんのかよ?」


 再び上がった母さんの声に、俺はウンザリしながら応えた。

 母さんは、「言い忘れてたけど」と前置きしてから、さらりと言う。


「さっき、二回くらいスマホが鳴ってたわよ」

「……え?」

「ピロリンピロリンってね。代わりに出てあげようかと思ったけど、なんかすぐに切れちゃって出られなかったの」

「……いや、それは電話の着信じゃなくて、LANEのメッセージの音だよ! つか、それを早く言えやあああっ!」


 そう叫んだ俺は、慌ててドライヤーのコードをまとめると、髪を梳かす間も惜しんで脱衣所を飛び出した。

 俺のLANEアカウントを知ってて、メッセージを送ってきそうな人間は限られている。

 ひょっとして、メッセージを送ってきたのはミクかもしれない……そう考えると、居ても立ってもいられなくなったのだ。

 俺は急いでリビングに入ると、ダイニングテーブルの上に置かれたスマホを急いで取り上げ、スリープを解除する。

 そして、『新着メッセージがあります』というポップアップ表示を指で叩き、LANEを立ち上げた。

 緑の起動画面から数秒かかって起ち上がったホーム画面。

 確かに、新着メッセージのバッジが付いたアイコンがあった。――しかも、ふたつ。

 だが、バッジが付いているのは、“一文字一”という実名丸出しの一文字のアイコンと“RULLY(立花さん)”のアイコンだけで……“MIKU-chan(ミク)”のアイコンには、何の表示も付いていなかった……。

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