第百十七訓 “消火作業”は慎重に行いましょう
「「「はっぴ~ば~すで~ とぅ~ゆ~♪」」」
カーテンを閉めて暗くした部屋に、調子っ外れな歌声が響く。
「「「はっぴ~ば~すで~ とぅ~ゆ~♪」」」
楽しそうな声で歌っているのは、母さんとミク、そして一文字だ。
手拍子しながらノリノリで歌っているのは母さんで、ミクも楽しそうにニコニコ笑いながら綺麗な歌声を披露してくれている。
意外な事に、一文字の歌声も悪くなかった。やや大げさなビブラートを効かせた歌い方は、まるでオペラのテノール歌手……いや、某伝説のアニソン歌手アニキのようだった。
その横で、一文字の熱唱にドン引きして引き攣り笑いを浮かべながら、手を叩いているのは父さんだ。
「「「はっぴ~ばーすで~ でぃあ そうた~……」」」
……その一方で、立花さんは相変わらずの冷めた表情で、申し訳程度に口を動かしているだけだ。多分……というか、十中八九口パクだろう。
まあ……彼女に関しては、その気もないのに無理やり連れて来られたようなものなので、どんな態度でも文句は言えまい……。
と、
「「「はっぴ~ば~すで~ とぅ~ゆぅ~っ♪」」」
『ハッピーバースデー』の歌が終わると同時に、みんながパチパチと手を叩いた。
「颯く~ん、お誕生日おめでと~」
「颯大くん、おめでとう~!」
「おめでとう、颯大」
「まことに目出度う御座りまする、本郷氏!」
「……おめでと」
「あ……ども、あざっす」
五人五様の祝福の言葉を受けた俺は、少し照れながらペコリと頭を下げる。
と、満面の笑みを浮かべてスマホを横に構えた母さんが、テーブルの上を指さした。
「さあ、颯くん! 張り切ってロウソクを吹き消して~!」
「あ、うん……」
母さんに促され、俺は自分の前に置かれたバースデーケーキに目を落とす。
そして、煌々と輝く……もとい、轟々と音を立てて燃え盛るニ十本のロウソクたちを目の当たりにして、思わず頬を引き攣らせた。
「吹き消してって……吹いたくらいで消えるか、コレ……?」
俺は、思わずそうボヤキながら慎重に顔を近付け、顔に輻射熱が当たるのを感じながら、慎重に息を吹く。……が、密集したニ十本のロウソクに灯された火がまとまって巨大な火柱と化していて、俺の吹く息程度ではびくともしなかった。
まるで……『一つ一つは小さな火だが、二つ合わ――
「アレだね。まさに、『一つ一つは小さな火だが、二つ合わされば炎となる』ってヤツだねぇ。まあ、二つどころかニ十個だけど。ふひひ」
「……」
……なんて事だ。よりにもよって、一文字と同じ思考を抱いてしまうとは……。
本郷颯大一生の不覚だ。
「お!」
――と、一文字の声を聞きつけた父さんが、目を輝かせた。
「まさか、ガンバ〇ターを知ってるのか、ハジメくん! 古いアニメなのに、良く知ってたねぇ」
「ぶふうん! 別に驚く事ではありませぬぞ、御尊父様! 『トップをね〇え!』は、もはや漢の義務教育でありますゆえ!」
「おおっ! 確かに君の言う通りだ! なかなか分かってるじゃあないか、ははは!」
「ブフフフッ、そちらこそやりますなぁ。さすが、我が心友の御父上!」
一文字と父さんは、ガ〇バスターの話題ですっかり意気投合した様子で、爽やかな笑顔を浮かべてハイタッチする。
「……」
一方、心の中の思考を一文字に先取りされた俺は、すっかり打ち解けた様子の父さんと一文字に頭痛を覚えつつ、ロウソクの炎を吹き消す作業に苦戦していた。
あまり強く息を吹いてしまうと、煽られた炎があらぬ所に飛び火して小火騒ぎになりそうで怖かったし、だからといって息を弱め過ぎると、炎はユラユラとダンスを踊るばかりで一向に消えやしない。
ならばと、中間くらいの強さで息を吹きかければ、適度な酸素供給を受けたロウソクの炎は、更に生き生きと火勢を強めてしまう……。
いや……詰んでるだろ、コレ。
「何してんのさ? 早く火を消さないと、ケーキまで燃えちゃうよ?」
「いや、そう言われても……」
立花さんにせっつかれ、更に焦る俺。
前髪を焦がさないようにと、慎重にケーキに顔を近付けると、細心の注意を払って息を吹きかける。
……よし。
何とか、火の勢いを強める事無く、端っこの数本のロウソクの火を消し止める事に成功した。
この調子で、残りのロウソクも……!
そう考えて、口をすぼめて空気を肺に溜め込んだその時――、
「――もう、まだるっこしいなぁ! あたしが代わりに消してあげるから、ちょっと顔どけて!」
そう、立花さんが痺れを切らした様子で叫ぶや、ずいとテーブルの上に身を伸ばした。
そして、すうぅぅ……と音を立てて深く息を吸い、俺の眼前にあるバースデーケーキの上で踊り狂う炎たちに狙いを定める。
「あ……ちょ、ちょ、待――!」
「ふうぅぅぅぅぅぅぅっ!」
慌てて俺が上げた制止の声も間に合わず、立花さんはケーキのロウソクの炎に向かって思いっ切り息を吹きかけた。
身を乗り出した立花さんが息を吹きかけたケーキ。その対角線上には誕生日席があり、そこに座っていたのは俺で、俺もロウソクの炎を消す為に、ケーキと極めて近い位置に顔を出しており……後は分かるな?
――立花さんが吹きかけた息で大きく煽られた炎と熱気が、対角線上に位置していた俺の顔面を直撃したのだ。
「うわっちちちちちぃっ!」
ものすごい熱風と共に、顔面の皮膚がひりひりする感覚を覚えた俺は、思わず情けない悲鳴を上げてしまうのだった……。




