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第百十五訓 主役は遠慮せず上座に座りましょう

 「ふう……これでおしまいっと」


 そう言いながら、母さんが揚げたての唐揚げが山と盛られた大皿をリビングテーブルの真ん中に置いた。

 テーブルの上には、唐揚げ以外に、いなりずしや焼き立てのピザなど、俺の好物ばかりが所狭しと並び、その隙間を埋めるように、コップと取り皿、それにお茶のペットボトルが置かれている。


「はーい、お待たせ! さあ、みんな座って座って~」


 母さんの呼び声に応じて、部屋にいたみんながリビングテーブルの周りに集まった。

 俺は、いつも自分が座っている、テーブルの角の席に腰を下ろそうとしたが――、


「ダメダメ! 颯くんの席はそこじゃないわよ!」


 なぜか、母さんに止められた。

 制止された俺は、戸惑いながら首を傾げる。


「え……? 『そこじゃない』って言っても、俺、いっつもここに座ってんじゃん?」

「だって、今日は“いつも”とは違うでしょ?」


 そう言いながら、母さんは半ば強引に俺の背中を押し、長方形のリビングテーブルの短い方の辺の席に座らせようとする。

 当然ながら、一番目立つ席に座らされそうになって、俺は慌てて拒否の意を示す。


「い、いや、いいよ、俺はいつもの席で!」

「良くないわよ。颯くんのお誕生日会なんだから、颯くんが“お誕生日席”に座るのは当然でしょ?」

「た……確かにそうかもしれないけど……でも、そういうガラじゃねえから、俺――!」


 母さんの言葉に圧されながらも、俺は断固として首を横に振った。

 そんな俺の頑なな態度に、母さんも諦め――る訳が無い。


「もう……わがままねえ」


 そう呆れ声で呟いた母さんは、おもむろに首を巡らせ、中腰で取り皿をめいめいの前に並べていたミクに手招きをしながら、


「ミクちゃ~ん。悪いけど、こっちに座ってもらっていいかしら?」


 と呼びかけて、“お誕生日席”の斜め右隣のクッションを指さした。

 ……当然、ミクはキョトンとした顔をして首を傾げる。


「え……? どうしてですか?」

「今日の主役なのに、颯くんがお誕生日席に座りたくないって駄々こねちゃってね。でも、ミクちゃんが隣に座ってくれるなら文句言わないと思うのよぉ」

「ちょ! ちょっと待て! 何言ってんだよ、あんたはッ!」


 母さんが口にしたとんでもない答えを聞いて、俺は慌てて声を荒げた。


「お、俺は別にそんな事言ってないだろうが! へ、変な想像で勝手な事を言うなよ!」

「……あら、そう?」


 俺の怒声に、母さんは意外そうに目を丸くし、それから残念そうな表情を浮かべる。


「そっかぁ。颯くんは、そんなにお誕生日席に座りたくないのかぁ……」

「そ……そりゃ、もちろん……」

「たとえ、ミクちゃんが隣に座ってくれたとしても……?」

「う……!」


 母さんの言葉に、俺は思わず言葉に詰まった。

 しょ……正直、ミクが隣 (……まあ、正確には“右斜め隣”だけど)に座ってくれるんだったら、お誕生日席に座ってやる事もやぶさかではないというか何と言うか……。

 だが……、あれだけ頑強に拒否してしまった以上、今更正直に「ミクが隣なら誕生日席でもいいですいやむしろ是非ともオナシャス!」と言う訳にもいかないよなぁ……。

 つか、下手したら、ミクに対する俺の気持ちが、ミク自身にバレかねないし……。

 そう考えた俺は、断腸の思いで首を縦に振る。


「そっか……分かったわ。じゃあ、しょうがないわね……」


 それを見た母さんは、ようやく納得してくれた様子で小さく息を吐くと――今度は立花さんの方に顔を向け、


「――じゃあ、ルリちゃんはこっちに座って~!」


 と声をかけながら、誕生日席の左斜め隣を指さした。

 ――当然の事ながら、急に母さんからそんな指示をされた立花さんは、虚を衝かれた様子で口を半開きにして、訝しげに首を傾げる。


「……は? 何でですか……?」

「颯くんたら、ミクちゃんだけじゃ満足できないっていうのよぉ。だから、ルリちゃんにも向かいの席に座ってもらって、『両手に花』ならぬ『両脇に可愛い女の子』状態になれば、颯くんも喜んでお誕生日席に座ってくれるかなって――」

「ちょ! ちょっと待てええええい!」


 俺は血相を変えて、再び声を荒げた。


「な、何でそうなるんだよぉ! だから……俺はそんな事、一言も言ってねえっつーの!」

「あら? 違った?」

「全然……じゃないけど、だいぶ違うっつーの!」


 俺は、『じゃないけど』のところだけ心持ちトーンを落として怒鳴る。


「……はぁ」


 それから、俺は大きな溜息を吐いてから、わざとらしく肩を竦め、微妙に視線を逸らしながら言った。


「……分かったよ。そこまで言うなら、誕生日席に座ってやるよ。しょ、しょうがないからな」

「あら、ホントにっ?」


 俺の言葉を聞いて、母さんはパッと顔を輝かせる。そして、まるで俺の事を逃がすまいとするようにガシッと両肩を掴むと、半ば強引に誕生日席のクッションに座らせた。


「痛たたた!」

「もう~、座るなら座るで、変な意地を張らないで最初から言う通りにしてよね~」


 思い切り掴まれた肩がミシミシと軋む音を聞きながら苦痛の声を上げる俺に、母さんは呆れ声をかけた。

 と、


「……えーと」


 ミクが、困惑顔で母さんに問いかける。


「結局、私たちはどこに座ればいいですか、真里さん?」

「あー、そうねぇ」


 ミクの問いかけに、母さんはチラリと俺の方を見て、ニヤリと微笑みながら答えた。


「じゃあ、せっかくだから、ふたりともさっき言った通りに座ってもらえるかしら? その方が颯くんも喜ぶから」

「だ、だから……そんな事は――」


 『無い』とは言い切れず、俺の声は途中でフェードアウトする。


(ま、まあ……誕生日席は嫌だけど、右斜め隣にミクが座ってくれるのなら最高だな。……左斜め隣の方も、暴力的で気性は荒いとはいえ、一応は現役のJK(女子高生)だし……まあ、悪くはない――かな?)


 と、秘かに考えながら、少し機嫌を良くする俺――だったが、


「……あのぉ」


 という、当惑に満ちた立花さんの声が耳に入って、ハッと我に返った。

 声のした方に目を遣ると、立花さんが困ったような表情を浮かべて突っ立っている。

 そして、本来彼女が座るはずだった俺の左斜め隣の席に涼しい顔をして座っていたのは、


「ブッフッフ。本郷氏の隣に座るべきは、無二の心友たるこのボクなのだよ。申し訳ないが、今回は席を譲ってくれたまえ!」


 ――その下膨れた顔に満面の笑みを浮かべたDD(男子大学生)だった……。

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